表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

序章 Ⅱ 剣

 ホルスは係官に連れられて、ハンサ要塞の一角にある倉庫区画へ来ていた。


「ハンサ要塞には六つの倉庫があり、通常第一から第四が使用される。第五、第六倉庫は有事の際に取り寄せた物資の保管に使われるので、基本は空の状態だ」

「なるほど」


 思っていたより規模の大きい倉庫だ。煉瓦でつくられた建物に、大きな扉。

 二、三十人連れてくればいいかと考えていたが、許されるならその倍は欲しいところだ。


「普段は誰が管理してるの?」

「個々の隊に委任されている状態だ。要塞の稼働当初は専門の部署があったそうだが、司令部の意向でその人員を別にまわしたらしい。人員不足が祟ったわけだ」


 司令部も大変だな、とホルスはあったこともないその面々に同情した。




 フィニクス王国の軍隊は、実は国土の大きさに対して十分な数の兵士がいない。というのも、ここ100年余りは明確な敵国が近隣に存在しなかったことによる。

 まず東と南は海に面していて侵攻され難い。

 西にはフィニクス王国のほぼ倍という広大な国土を持つガルトマン王国があるが、この国はそのさらに西にあるシームルグ帝国とのにらみ合っている。

 後顧の憂いを断つため、大陸歴2263年に不可侵条約を申し入れてきたほどだ。

 北はスレンドガルド王国が興るまでは大小の都市国家が乱立しているだけに過ぎない土地で、さらにルロイ山脈によってゼス山のハンサ高原付近以外は行軍できず、守りやすい。

 戦う相手のない軍隊は不要とばかりに縮小され続け、現在の兵数は100年前の半数とも言われている。

 四年前のハンサの戦いが終わったのち、ゼノバン一世は常備軍を増強すべく徴兵令を発布しようとしたが、これは貴族たちの猛烈な反対にあった。

 ――要塞がある以上、現状の戦力で十分に対抗できる。

 徴兵令で労働者が奪われた時の経済的損失は計り知れない。

 スレンドガルドの土地は痩せており、もう一度軍を動かせるようになるまでにはかなりの時間がかかる。

 足りないのなら傭兵で補えばよい……などなど。

 あまりに反対の声が大きかったため、ゼノバン一世は発布を断念。代わりに傭兵を雇うことになった場合には貴族がその資金を提供することを約束させた。

 こうした背景から、この最前線であるハンサ要塞でも平時の人員不足は悩みの種であり、ギリギリまで切り詰められているのだった。




「――よし、じゃあ第一倉庫から順番に見ていこうか。鍵は?」

「預かってきている」


 分厚い木の大扉には鎖が巻かれ、それを錠前がしっかりと固定していた。

 係官が錠を外し、声を掛け合ってホルスと係官は大扉を開けていく。

 鉄製ではないが、それでも重い。

 ――完全に扉を開け放つと、中の様子がよく見えた。第一倉庫内はある程度整頓されていた。


「これなら簡単に整理して、目録を作るだけで済みそうだね」

「そうか。では次に行くぞ」


 二人は第二、三、四と順に開けていった。

 第一倉庫と比べて使われていないようで、どの倉庫内も物が乱雑に置かれている状態だ。中にはびっしりと埃がこびりついているものもある。

 特に第四倉庫は大扉の蝶番が錆びきっており、扉を開けるだけでも一苦労だった。

 


「あー、こりゃひどいな。扉の蝶番もこの機会に交換したほうがいいと思うよ」

「そ、そうだな。そのあたりはクレイン中尉に任せよう。ブルック監督官には私からお伝えしておく」

「ああ、よろしく」


 係官はあまり重労働とは縁がないのか、息を切らしている。

 ――これは大工の仕事になるだろうな。

 ホルスが頭の中のリストに腕のいい大工を加えた頃、ようやく息を整えた係官が彼に声をかけた。


「そろそろ日が沈む。クレイン中尉、そろそろ引き上げるか」

「うん、第五、第六ものぞいたらね」


 む?、と係官が不思議そうな顔をした。


「第四、第五には何も入っていないぞ。それに今回の整理対象にも含まれていない」

「知ってるよ。

 でもいざ使うとなった時に乱雑になってしまえば、行動に支障が出るかもしれない。せっかく専門の人間が揃う機会なんだから、何を入れて、どこに置くかを決めておいた方がいい。

 だからこの際、全部の倉庫で決めてしまおうかと思ってるんだ」

「ほう、思ったより働き者なのだな、クレイン中尉は」

「倉庫整理の度に呼び出されたらたまったものじゃないからね」


 冗談めかしてホルスは笑った。係官もつられて微笑む。


「そういうことならもうひと頑張りしよう」

「悪いね」


 ――辺りはいよいよ暗くなって来ていた。

 ホルスと係官はまず第五倉庫の扉を開けようとしたが、叶わなかった。長く使われていなかったため、扉の蝶番が動かないほどに固まってしまっていたからだ。


「まあ、こういうこともあるんじゃないかとは思ってたんだ」

「恐れ入ったよクレイン中尉。気づかなければ有事の際に使えないところだったな」

「さて、第六倉庫だけど」

「うむ、この分だと第五と同じように開かなくなっている可能性があるな」

「一応確かめよう」


 錠前を外し、二人で扉に手をかけ、力を入れて引いてみる。

 ――すると、拍子抜けするほどに簡単に扉が動いた。


「ほう、こちらの扉は大丈夫のようだな」

「……おかしいな?」


 胸をなでおろす係官をよそに、ホルスは怪訝な表情だ。

 ――なぜこちらの扉はこうも簡単に開いたんだろう。ひょっとすると、第二から第四の倉庫より手ごたえは軽かった。

 蝶番を調べたホルスは思わずあっ、と声を上げた。

 

「どうした?」

「見てみなよ、金具がすごく綺麗だ。よく手入れされてるんだよ」


 第六倉庫の扉の蝶番は、他の倉庫とは雲泥の差だった。綺麗に錆がとられ、油がさしてある。最近にも何度か開閉されているようだ。

 ――何のために?

 考え込みそうになりつつも、ホルスは倉庫の中をのぞいてみた。

 夕闇に包まれ始めているため倉庫の中は暗くてよく見えないが、目視できる範囲には何もないように見える。


「ね、ランプか松明持ってきてくれない?」


 係官も興味をひかれたのだろう、ほどなくしてランプを持ってきた。それを受け取ったホルスは中を照らしながら倉庫に入っていく。

 ――そして、倉庫の隅にあったそれ(・・)を見つけた。


「クレイン中尉、何かあったか」

「……箱、かな?

 黒い布をかけて暗い隅に置いてるから、外から見てもわかりにくくなってたんだ」


 ――ずいぶんと大きい。自分の胸までの高さがある。横幅もそれぐらいだろう。

 ガバッと勢いよくホルスが布を外す。

 現れたのは、大きな“箱”。それも一般的な木ではなく、石でできているようだ。


「なんだろうな、これは」

「開けてみようか」


 係官と二人で箱を開けようと試みる。

 だが相当重いのか、蓋は全く動く気配がない。


「ふぅ、駄目だね。何が入っているのやら」

「この倉庫が最後に使われたのはハンサの戦いの際のはずだ。その時の忘れものか?」

「あるいは勝手にこの倉庫を使っている誰かさん()の持ち物、だね」


 蝶番の件から見てもこっちの可能性が高いな、とホルスは思っていた。

 それにこの大きさの箱を一人で運び込むのは無理がある。複数の人間がかかわっているのは間違いないだろう、とも。


「どうする、クレイン中尉。今からでも人を集めて運び出すか?」

「いや、とりあえずこのままにしておこう。

 そうだ、大掃除の時なら運ぶのもそう手間じゃないから、その時に。でも、扉の錠前は交換しておいた方がいいね。予備はあるかな」

「無論だ。すぐに持って来よう」


 係官は駆け出して行った。一人残ったホルスは、改めて石箱を観察する。

 ふと手で石箱をたたいてみるが、ぺしぺしと乾いた音がするだけだった。

 ――中に何が入っているのかは置いておいて、問題は誰が持ち込んだか、だ。

 ハンサ要塞の警備をかいくぐって、複数の人間が気づかれずにこれだけの大きさの物を運び込む。

 まあ、無理がある。

 と、なれば内部の人間、それも倉庫を使用している痕跡を隠ぺいできる力を持った人物。

 ……司令部の誰か、それも上層部である可能性が高い。なんで隠さなければいけないのかはわからないが。

 やっぱり中身が重要なんだろうか。それにしては倉庫の中に放置してあるのも不思議だが……。


 箱の蓋もただ乗せられているのではなく、はめ込み式になっているように見える。

 これでは工具がないと開けられないだろう。

 ホルスはふと、自分の足元を見た。

 ここの利用者の足跡でも残ってないかと目を凝らしてみる。だが、石造りの床には何も残っていない。

 ――いや、違う。これは、残っていなさすぎる(・・・・・・・・・)


「倉庫全体に埃ひとつないのはいくらなんでも不自然だ。

 これは痕跡を消すために掃除したんじゃないかな?」


 自分の考えを確かめるように彼は呟いた。

 おそらく他にも何か入れていて、割と人の出入りもあったんだろう。それが今回、臨時の倉庫の整理が決まったものだから、慌てて物を持ち出した。

 ところがこの石の箱は人手が足りなかったか何かの理由で動かせず、仕方なく布でカモフラージュしておいたというところ、か――。

 これ以上はわからないな。




 ホルスは倉庫の外に出た。

 太陽は既に落ち、空には星が瞬いているなかで、足音が近づいてきていることに気付く。

 見ると、先程新しい錠前を取りに行った係官がちょうど戻ってきたところだった。


「クレイン中尉、またせてしまったな」

「いやいや、ゆっくり考え事ができてよかったよ」


 係員は手早く扉に鎖を巻き付けると、新しい錠前を取り付けた。

 辺りは暗い。

 長居は無用とばかりにホルスと係官は要塞内部に向かって歩き始める。


「クレイン中尉とアルマイヤー少佐は、今日はこちらに宿泊するのか」

「うん、明日の朝早くには帰るけどね。

 あ、向こうに戻ったらすぐに草案と見積書をつくって送る、ってブルック監督官に伝えておいてくれる?」

「軍議室には顔を出さないのか? まだアルマイヤー少佐もブルック監督官もいらっしゃると思うが」

「日が落ちてからの仕事は極力しないようにしているんだ。このまま宿舎に行くよ」


 係官はなんともいえない顔をして見送った。

 ホルスは宿舎への道をてくてくと歩いていく。今日の仕事が終わったらすぐに休めるように、宿舎の場所はあらかじめ調べておいていたのである。

 睡眠時間の確保には余念がないのがホルス・クラインという男であった。




 ――あとに残った係官はひとり呟いた。


「職務に対して誠実なのか、そうでないのか。よくわからん男だな、彼は」


 自分も今日は早めに帰ることにしようか。

 ふっと一息ついたのち、係官はブルックのいる軍議室へと足を早めた。




 一週間後、兵站部隊約六十名が副長ホルス・クレインと共にハンサ要塞へ到着した。

 中には近隣の町で募集した大工などの民間人も混じっている。

 彼らはこれから三日間を費やし、倉庫区画の大掃除に当たる予定だ。


 ――よし、さっさと始めてさっさと帰ろう!


 監督官であるブルックに到着の報告をしてすぐに、ホルスはそう一声かけて任務の開始を宣言。

 号令とともに隊員たちは自分に割り当てられた仕事をこなすべく、早足で散っていく。


 ホルスはと言えば、他の隊員に交じって荷物を運ぶ、物品の仕分けに指示を飛ばすなど、忙しく動き回っていた。

 彼は確かに遅刻の常習であり、自分の役割以上の仕事を引き受けることは稀である。それはアルマイヤーだけでなく、隊員たちの誰もが知っていた。

 しかし、意外にも部隊の中でのホルスの評価は決して低くはなく、むしろ高い方なのだ。


「副長、これはどこに置けばよろしいでしょうか?」

「第二の右奥のスペース、ロープとかの隣。……あ、金属部品は面倒だけど油を適当にさしておいて」


「クレインふくちょー!これはー?」

「第一の左、その真ん中ぐらい。割れやすいから気を付けてー!」


「副長、第三のこれなんですけど、こっちに置いた方が良くないですか?」

「……いいね、そうしようか。これは私が運ぶから、君はそれを班長に伝えてきて」


 普段ののんびり屋の面影は今のホルスには見受けられない。

 通算十六回もの遅刻をしているにかかわらず、彼がクビになるどころか副長の座に納まっていられるのは、その管理能力が重宝されているためである。

 そして彼が業務を極限まで効率化することにより、日々の仕事に要する時間を短縮した結果部隊全体の休憩時間が増えていったことも評価されていた。

 これは彼にとっては自分が昼寝をする時間を確保したいが故の行動だったが、これは隊員たちにも当然歓迎される。

 この功績によって、若干24歳のホルス・クレインが中尉および副長であることを部隊内で揶揄するものは大幅に減少したのであった。

 無論、ホルスがその能力を活かせるような役職に就けたアルマイヤーの尽力も大きかったのだが。




 兵站部隊は順調に任務をこなしていった。

 一日目こそ多少の作業の遅れが見られたものの、二日目にはホルスが問題点を改善して作業のスピードを上げたため、総合的には予定より早く進んでいた。

 三日目の午後には、倉庫区画は大きく改善され彼らの任務はその工程をほぼ終わらせていた。自らの担当箇所が終わった隊員は、思い思いの場所で談笑したりしている。

 ホルスはといえば、数名の部下と共にある場所にいた。

 ――第六倉庫。

 例の石箱が入っている倉庫だ。彼らは謎の箱を目の前になにやら作業をしている。


「よし、じゃあ適当によろしく」

「了解っす!何が入ってんのか、ちょっとワクワクするっすね!」


 闊達に答えたのは、ダリル・ウェルトン曹長。

 ホルスが部隊に配属になった時に部下となって以来、その大きな体を生かした仕事をよく任されていた。今も腕をぐるぐると回してやる気を見せている。


「ダリル、やりすぎて中身を壊すなよ、っと。副長、工具の準備できました」


 手元の工具の調整を行っていたのは、グレアム・クィン准尉。

 31歳の彼は、部隊の中では比較的年長者で、職務経験が長い人間を集めた第一班の班長を務めており、部隊内での信頼も厚い。

 実際、ほとんどの隊員が副長に任命されるのは彼であると思っていたのだ。


「……あ、あの。なんでわたしここにいるんでしょうか。何かお役に立てるんでしょうか」


 と、部隊内でも数少ない女性であるルシア・リリー伍長がややおどおどした調子で所在なさげにしていた。

 兵站部隊に来てまだ半月の新人である彼女はホルスと同じ年齢だが、平均より背が低いせいか幼く見られるのが常であった。

 しかし、輝くような金色の髪と十分整った顔立ち、そして外見の割に豊満な身体によって、ただでさえ女性が少ないこの部隊においてはひそかなアイドルとしての地位を確立しつつある。


 この三名は、ホルスによって開かずの石箱を開けるべく集められていた。

 この案件は何か怪しいと睨んでいるホルスが、部隊内でも特に自分が信頼している人間に声をかけたのである。それがダリルとグレアムの2人であった。

 ちなみに、ルシアをこの場に連れてきたのは別の理由がある。

 ホルスがルシアに向かって言った。


「いやいや、リリー伍長。君は私が選んだ精鋭のひとりなのだよ」

「わ、わたしが、ですか?」

「うむ。いまから我々はあの箱をこじ開けるわけだが、見てごらん、あの蓋を。

 ……相当な重量がありそうだね?」

「はい。そう見えます」

「うん。ウェルトン曹長と私、それとクィン准尉が三人がかりでもあの蓋を持ち上げるのには相当苦労するのは間違いない。

 ……わかるね?」


 神妙な顔をして頷くルシア。

 そんな彼女の肩に手を置き、ホルスは思い切り真面目に言いはなった。


「そこで君の出番だ。君が加わればあの蓋を持ち上げるのなんて造作もない。そうだろう?」

「はい。その通りで…………ぇええええええ!?」


 素っ頓狂な声を上げるルシア。しかし、他の二人の部下たちはうんうんと同意している。

 ダリルが言った。


「ルシア、お前と半年仕事をして、わかってる。お前はすごい」


 グレアムが続ける。


「まったく、すごい。常人の倍の重さの荷を持っても平然としている。

 そして、なんと言ってもダリルを腕相撲で負かせることができるのは、この隊ではお前ぐらいだろう」

「あ、あれは偶然です! たまたまです! 奇跡が起きたんです!

 ――それに勝ってません、引き分けでした!」

 先輩たちにルシアは顔を真っ赤にして反論した。

 ホルスは他の部下から又聞きしただけなのでその事件が真実であるかどうかは知らないが、おそらく限りなく事実に近いのだろう、と推測している。


「まあ、そういうわけだからリリー伍長。諦めてひとつ協力してくれ」

「ふくちょおー……」


 ルシアが情けない声を上げる。

 一方、ダリルとグレアムはいつの間にやらせっせと石箱の蓋と箱本体の隙間にノミを打ち込んでいた。

 はめ込みの蓋を持ち上げて開封するのは至難の業なので、いっそ切り離してしまおうというわけである。ホルスも工具の中からノミと槌を拾い上げ、作業に加わる。また、ルシアも諦めたような表情で彼らに続いた。

 ――ノミを打ち込むこと一時間。


「……開いたようですね、副長」

「そのようだね。じゃあ、蓋を外してみようか」


 ごくり、と誰かののどが鳴った。皆、どこか緊張した面持ちである。

 四人は蓋にそれぞれ手をかけた。


「もし蓋を動かした瞬間何かが噴き出したり、変なにおいを感じたりした場合はすぐに倉庫内から避難する事。

 いいね?」


 ホルスの忠告に部下たちも頷き返す。

 毒ガスや硫酸のトラップなどは警戒しておくに越したことはない。


「――よし。じゃあ、いち、にの……さんっ!」


 号令と同時に、四人が力を入れた。

 蓋がわずかに持ち上がる。

 とりあえず、何かが噴き出してくる様子はない。次いでホルスは自分の嗅覚に神経を集中させたが、何か変わった匂いがすることもなかった。


「ああ、緊張したっす!」

「無臭毒の可能性もありますが」

「もう、クィン准尉!怖いこと言わないでください!」

「みんな、このままゆっくり蓋をどけよう。もう大丈夫だとは思うけど、気を抜かずにね」


 蓋がゆっくりと地面に置かれる。

 ホルスが開かれた箱に近寄って、中をのぞき込んだ。


「ん? これは……」

「お宝っすか!?」

「実は何かの棺で、中には得体のしれない生物のミイラが――」

「グレアムさぁん!!」


 好き勝手な想像をする部下を後目に、ホルスは右腕を箱に突っ込んだ。ひゃあ、とルシアが悲鳴をあげる。

 再び腕が箱から姿を現すと、その手には長い何かが握られていた。

 彼はそれをそのまま目の前に掲げる。


「……剣、かな。これは」


 それは錆びてボロボロになった棒状の何か、だった。

 それでもホルスが剣だと思ったのは、かろうじて柄と刀身に見える部分があったからである。

 刀身に相当する部分はもはや朽ちており、素人であるホルスから見ても、とても打ち直せるとは思えないシロモノだ。


「それだけっすかぁ? 緊張してソンしたっす」


 あからさまにがっかりしているダリル。

 グレアムなどは無言で肩をすくめただけだ。

 ルシアに至っては、呪いの剣なんじゃ……と言って近づきもしない。

 しばらくその剣らしきものをひとしきり眺めていたホルスだが、やがて首を左右に振ったかと思うと、手近にあった布でくるんだ。


「私もてっきり大事なものが入っていると思ってたんだけどね。

 ……どうみてもガラクタだな。これは他の不用品とまとめて廃棄してしまおう」


 と、そこでグレアムが口を挟む。


「副長、不用品は正午の時点ですでに運び出されております」

「あれ、そうなの?」

「はい。『帰りの荷物は少ないほうが楽だよね』と昨日副長ご自身がおっしゃっていたのですが」


 そういえばそんなことを言った気もする。

 我がことながら覚えていないのは問題だろう、と反省したホルスだった。


「まあ、しかたない。これは私が処分しよう。

 ……皆、ありがとう。もう持ち場に戻ってもいいよ」




 三人の部下を見送った後、ホルスは倉庫でひとり考えていた。

 ――第六倉庫は何らかの目的で秘密裏に使われていたのは明白だ。

 石の箱の中身がこのボロであることを知っていたのなら、緊急の撤収で価値のない物を置いて行ったという理由も、まあ納得できる。

 ただ、そうなるとなぜこの箱をわざわざ持ち込む必要があったのか、という疑問が生まれるのだが……。


「んー。やっぱり中身が重要だったとしか思えないんだよなぁ」


 剣の長さは130センチほど。王国軍の正式剣は90センチ前後だから、ずっと長い。

 ツーハンドソードというよりはバスタードソードに分類される剣だったのではないだろうか。

 ――布をほどいてみる。

 改めて見てもやはりボロボロだ。

 だが、裏を返せばこの剣はここまでボロボロになるほどに長い年月を経てきていることになる。


「……意外と価値ある骨董品とか、美術品とかだったりして」


 とりあえず隊長に見せてから処分しよう。

 そう結論して、ホルスもまた倉庫を離れた。アルマイヤーらがいるはずであるブルックの執務室へ向かうためだ。

 ――と、その道中でホルスは思い出した。


「あ、空になった箱を運び出すの、忘れてた」


 一瞬足を止めて考える。

 もう一度部下たちを集めようか?


「……ま、いいか。第六倉庫据え付けの入れ物として役に立ててもらおう」


 再び歩き出した。ホルス・クレインは基本、手間を惜しむ男なのである。




 アルマイヤーはブルックと共に、執務室ではない別の場所にいた。

 ブルックの執務室より大きめの造りであるその部屋は、ハンサ要塞の司令官室。

 部屋にはブルックとアルマイヤーの他に複数の人間が居た。そのほとんどは要塞の司令部に属している高い階級の軍人たちである。

 中でもひときわ存在感を放っているのは、部屋の主であるアリスター・ランス将軍。四十歳で王国軍大将にまで上り詰めた非常に優秀な軍人だ。

 そして、ハンサ要塞に常駐する佐官クラスの軍人たちが、長机を前に並んで座っている。アルマイヤーらはその後ろに控えて立っていた。

 ……気の弱い者なら気を失いかねない厳めしい顔をした男たち。

 そんな彼らと机を挟んで座っているのは、たった一人の女性だった。


「再三の中止要請に応えていただくどころか、我々に一切の連絡もなく予定を繰り上げての到着とは。

 ……わがままが過ぎるのではありませんか、アリシア様?」


 要塞司令官のアリスターが目の前に座る女性に皮肉を述べる。

 言われた当の本人である女性――アリシア・フィニクスは、ゆっくりと紅茶に口をつけていた。

 ……やがて、音を立てずにカップを置くと、彼女はまっすぐにアリスターを見つめる。


「ごめんなさいね、ランス将軍。

 ……ですが私には時間がなかったのです。一日でも早く、要塞の司令官である貴方にお会いしなくてはと思っておりましたので」


 アリスターの眉が一瞬ピクリと動いた。


「失礼ながら姫様。貴女は今回前線の視察ということでおいでになったのでは?」

「ええ。そういう名目でもなければこのハンサ要塞まで来ることができませんでしたから」


 室内がにわかにざわついた。視察でないならば、いったいこの女性は何をしに来たというのであろうか。


「御身は陛下の唯一のご息女にして、王家直系の血を次代に残す使命を持つお方。

 ――よほどの理由が有るのでしょうが、お聞かせ願えますかな?」


 アリスターの問いに、アリシアは一瞬目を閉じる。まるで逡巡しているようなしぐさ。

 だが再び目を開いた時、その瞳には決意の色があった。


「ランス司令官。ハンサ要塞の兵を一時的に半数、退かせてください。私、アリシア・フィニクスの名においての命令ということで受け取っていただいても構いません」




誠に勝手ながら、一話当たりの文字数調整のため序章Ⅱ、Ⅲを統合しました。

若干の修正を加えましたが、内容に変更はありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ