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第一章 Ⅴ 聖剣?

 一晩明けて。

 まだ空が白みだし始めたばかりの早朝、傭兵団オルトロスの隠れ家の一角でホルス・クレインは眠気覚ましのために頭から水をかぶっていた。井戸から汲みあげたばかりの冷たい山水が彼の頭を急速に冷やす。

 まだ寒さの残る朝方である。ホルスにとってその行為は苦行にも等しいものだったが、その甲斐もなく彼の表情は冴えることが無かった。原因は一つ。――夜になると襲い来る、あの謎の激痛である。そして、それもどうやらさらに深刻化しているようだった。


「……結局、朝になっても収まらない、か。参ったな。……いてて」


 昨日までならこの時間にはすでに収まっていたその症状が、今なお彼を悩ませていたのである。昨晩も体力が尽きてから気を失うように眠ったのだが、今回はそれでもなお痛みに耐えきれずに目が覚めてしまったのだ。一時間以上は起き上がる事すらできずに与えられたテントの中でのたうち回り、ようやく歩けるようになったのはつい先ほどの事だ。

 のろのろとした動きで頭の水滴をふき取るホルス。その彼の背に声をかけるものがいた。


「――よう。もう起きたのか、早いな」


 それは上半身をさらけだした姿のフォルカであった。昨日とはうって変わって軽装の彼は、そのままホルスの隣に立って井戸から水を汲むと頭から水をかぶる。それが日課なのだろう、ホルスと違ってすっきりとした顔になったフォルカ。彼の赤髪と鍛え上げられた肉体が濡れて、何とも言えない色気がある。

 ――水も滴るなんとやら、かな。まだ呆けた頭でホルスはそんな風に思っていた。

 その場でフォルカは柔軟体操を始める。と、そこでホルスの様子がおかしいことに気付いたのか、顔の顔を覗き込んだ。


「なんだ、顔色が悪いぞ、お前。ちゃんと寝たのか?」

「……そんなにおかしいかな?」

「ああ。白いというか土気色というか。まるで死体みたいだな」

「まあ、ちょっと体が痛むだけだよ。心配してくれてありがとう」

「――ハッ。誰が野郎の事を気に掛けるかよ」


 そううそぶくと、フォルカは自身の肉体のメンテナンスに戻った。彼の真剣そのものの表情に、邪魔をしないようにとホルスは立ち去ることにした。もう一眠りすれば、痛みも引くかな――。そしてフォルカに背を向けた途端、


「……まあ、待てよ」


 その肩をぐいとつかまれる。――フォルカがとてもいい笑顔をホルスへと向けていた。彼のもう片方の手にはどこから取り出したのか木製の剣が2本、握られている。

 ――嫌な予感。ホルスの身体が危険信号を発していた。


「ええと、私、具合が悪いのでもう一眠りしようかと……」

「ほうほう。それはきっと運動不足だな。ちょうどいい、朝の鍛錬だ。お前も付き合え」

「せっかくだけど遠慮――」

「やかましい」


 肩をつかんでいた手がホルスの軍服の襟をつかんだ。

 逃げられない!

 ――ハッハッハ。フォルカは豪快に笑いながらホルスを引きずるようにして移動を始めた。


「この先に練兵場がある。――あの剣なしでどこまでやれるのか、見てやろうじゃねえか」

「ま、またの機会で」

「つべこべ言うな!」


 ズルズルと。抵抗できないホルスは練兵場(しょけいだい)へと連れられて行った。




「――――ガハハハハ! さあ食え。遠慮するな!」

「疲れた……」


 太陽がすっかり姿を現した頃。フォルカにさんざん叩きのめされたホルスは彼の家で共に朝食を囲んでいた。昨日、例の剣の力に敗れた鬱憤を晴らしたフォルカはとても上機嫌である。

 痛む身体をおして臨んだ一流の剣士であるフォルカとの模擬戦闘。木剣なのにまるで当たったら斬られるかように思えた彼の剣閃が脳裏に何度も蘇ってくる。どうにかこうにか食らいつくことができたものの、ホルスは既に疲労困憊だった。


「しかし、驚いた。あの変な剣に頼り切っただけの男かと思ったが、なかなかどうして剣の腕も悪くねえ。兵站部隊だっていうからあまり期待してなかったんだが、正直見直したぜ」

「……まぐれ、だよ」

「謙遜するな。確かに俺も手加減はしたが、それでも何度かは本気の剣筋を見せた。――それを悉く防いで見せたんだからな。あれは部下にだってできる奴はそういない」

「それはどうも」


 フォルカが手放しでほめるが、実はホルス自身にとってもそれは不思議なことであった。彼は確かに兵学校時代に毎日訓練し、剣術については中の上と評されたこともある。だが、それは決して目の前の男のような凄腕に太刀打ちできるレベルではないと、自分でもよく分かっている。

 しかし。今朝の訓練では身体が反応した。――当たったらまずい、そう思った攻撃に対して無意識のうちに防御の手を繰り出しているのである。

 まるで、自分の身体を他の誰かが(・・・・・)動かしているかのように。

 いつのまに、私はそんな技術を身に着けたんだろう――。


「ま、それでも俺の方が強かったな! 俺が昨日お前に負けたのは、やっぱりあの剣のせいだったってことが証明されたわけだ。うはははは!」


 もう一度機嫌よく笑ったフォルカは目の前の皿から骨付き肉を取ると思い切りかじりついた。ホルスもそこで思考を中断し、彼に倣って近くの皿へと手を伸ばす。――美味い!

 昨日の晩と、今。振る舞われたこれらの料理はすべてフォルカの妻、エルヴィの手料理だという。ゼス山でとれた獣や山菜を存分に生かして作られた品々。ダリルの狩人料理も美味だったが、これらはさらにその上を行くだろう。

 ――みんな、大丈夫かな。


「……エルヴィ! おかわりだ!」


 自分の分をあっという間に平らげたフォルカが、調理場の妻に向かって声をかけた。――ややあって、エルヴィがニコニコとして大量の料理が乗った皿をもってやってきた。そして、向こうでの仕事は一段落したのだろう彼女は、そのまま夫の後ろに回って抱き着いた。フォルカの後頭部に当てられた彼女の豊満な胸が、柔らかく変形する。抱き着かれているフォルカもわざと頭を彼女に預け、その感触を楽しんでいるようだ。

 彼らの辞書に熱が冷めるという言葉は載っていないのだろう。2人の様子を見たホルスは料理に舌鼓を打つことに集中しようとした。新たな料理に手を付けようとした、そのときである。


「――フォルカくぅん!! クレイン君はこちらにいますかぁ!!?」


 ホルスにとっても聞き覚えのある声が、大音量のおたけびのように玄関の方から響いてきた。それに呼ばれた男は、かちゃんと自分のナイフをテーブルに置いた。


「……この声は先生だな、朝から騒がしい奴だ。――エルヴィ」

「ええ。何の用かしらね」


 エルヴィは名残惜しそうにフォルカから離れると、玄関の方へ向かった。


「フリーデル先生も朝ごはんを食べに来たのかな」

「さて、な。……だが、あの人が俺の家まで来るのは相当珍しいぜ。普段はテントから出てこないからな」


 残った男2人がそんなことを言っていると、ドタドタと騒がしい音がして件の学者、エドアルトが姿を現した。――随分と息が荒い。眼も爛々と輝いている。


「おはよう先生。けさは特に騒がしいな」

「おはようございます、フォルカ君。そして、クレイン君。――ああ、クレイン君!!」


 まるでそれは疾風のごとく。ホルスの姿を目にしたエドアルトは一瞬でそのそばへと移動すると、ホルスの両肩をこれでもかとばかりに揺らし始めた。


「クレイン君! あの、あの、あれ! あの剣!! いったいどこで手に入れたんですか!!?」

「ふ、ふ、ふ、フリーデル、先生い、い、い。やめ、やめ――」


 高速で揺られるままのホルスが制止を試みるも、エドアルトは耳を貸す様子がない。


「あれは! あの剣は! ……ああ! あれは世界を揺るがす発見ですよ!!」

「落ち着け先生! 今揺るがされてるのはホルスだ!」


 見かねたフォルカが声をかけると、ようやくその手が止まる。ぐったりとうなだれるホルス。だが、エドアルトの興奮はとどまるところを知らないようだった。


「あの剣は! あの剣はアアアア!!」

「剣がどうした!?」


 エドアルトが叫んだ。


「あれは! 間違いなくガルディライト鉱石で形造られた剣! すなわち“聖剣”なんですよ!」




 ホルスとフォルカは興奮するエドアルトに急かされるままに彼のテントへと足を運んだ。剣は昨日と変わらずに作業台の上に置いてあるが、その周りの散らかり様は昨日よりひどい有様で、何かの液体が入っているビンや工具、大量のメモ書きやらが散乱している。


「――で、先生。“聖剣”ってのは何なんだい?」


 フォルカが問うと、待ってましたとばかりにエドアルトの片眼鏡が輝いた。


「そうですね……ではまず、お二方に質問を。“最初の王様”の伝説はご存知ですよね?」

「当たり前だろ。この大陸で知らないのは、それこそ生まれたばかりの赤ん坊ぐらいだ」


 赤毛の剣士の言葉にホルスも同意するように頷いて見せた。

 “最初の王様”とは、この大陸で語られる神話の中で最も古い時代に紡がれたとされる伝説である。

 白き鳥の神ガルディアが、自らの爪を人間に与えて武器を作らせ、世界を奪おうとした黒き鳥の神ヴィゾフィニアを倒させた。その時ヴィゾフィニアと戦った勇者に惚れ込んだガルディアは、人間へと姿を変えて勇者と結婚し最初の人間の国を興したという。

 現在このラーヴァネスト大陸で最も信者が多い宗教であるガルディア教、その教義はこの伝説を下地にして作られたものであり、その総本山である神聖国ガルディオンはこれは正しい伝説であると発表している。それに基づいて、現在存在するすべての国の王は神の血を継いでおり、それらの王が統べる国の国民はすべてガルディア教の信者である――という声明を出し、ガルディア教は大量の信者を獲得することに成功したという歴史がある。

 いまや世界のだれもが子供の時にはこれを読み聞かせられているだろう。


「――それで、その伝説がどうしたんですか?」


 話を促すホルスに頷いて、エドアルトが続ける。


「ええ。この中でガルディアは自らの爪を人間に与えました。……伝説ならそれでいいのですが、我々学者というものは『それはどういうものだったのか』を考えます。往々にして伝説とは、実際にあった出来事を物語のようにすることで誕生することが多い。では、神という存在を抜きにして考えたとき、この話はどういった話を描いたものなのか!」

「神を抜きに、って。ガルディオンの連中が聞いたら口から火を吹くぞ……」

「ははは、どうせフォルカ君は敬虔な信者なんかじゃないでしょう」


 エドアルトは眼鏡の位置を直した。


「まあ、とにかく。現在我々研究者の間で最も熱い説は、外部からやってきた“何か”に対して人間が初めて結束し、打ち破った――、という考えです。この“何か”――伝説でヴィゾフィニアとして唄われているものは、例えば異民族だったり、もしくは何か未知の病気だったのではという考えもあります。私としては武器、と残されている点から異民族の襲来だったのではないかと思いますし、その説をとる学者の方が多いですね」

「……神秘も何もない話になりますね」

「学者とはそういうものですよ、クレイン君。――そして! ここからが重要ですよ」


 もったいぶるように間を取るエドアルト。まるで演説のようになってきた彼の言動に、あきれたフォルカが「早くしろ」と急かし始めた。まあまあ、とホルスがなだめる。

 2人が自分の話の先を聞きたがっていることに満足したエドアルトは、わざとらしく咳を入れた。


「コホン。……話の中で武器の材料とされている神の爪。この正体は長年研究されてきましたが、これだという確証がある物はありませんでした。ですがここ最近、ある歴史の研究から従来とは別の可能性が浮かび上がってきましたんです」

「それは?」

「あなたの国のお話ですよ、クレイン君。――ドルガン・フィニクスの建国という、ね」


 エドアルトはウィンクをひとつして見せた。

 ドルガン・フィニクス――。500年前にフィニクス王国をうちたてた英雄である。当時のガルトマン王国出身の一冒険家にしか過ぎなかった彼は、あるとき王国の東、当時はまだ未開の地とされていた現フィニクス王国の国土へ旅立つ。そこで神からの啓示を受けたとされ、そこに住んでいた原住民たちをまとめ上げ、大きな都市をつくり、やがて国としたのだった。


「ドルガンは神から啓示を受けたことを証明するものとして、ある物を身に着けていました。フィニクス王家に伝わる秘宝、『神授の鎧』です。――クレイン君、見たことは?」


 訊かれたホルスはかぶりを振った。秘宝『神授の鎧』の存在は確かに耳にしたことがある。だが、それはフィニクス王国の最も重要な宝。一般の人間が目にする機会はないのだ。――あるいは彼女(アリシア)なら、目にしたことがあるのかもしれないが。


「でしょうねえ。ですが、その鎧が何故神からの贈り物と言われるのか、その理由は知っているでしょう。――それは、その鎧がいかなる方法でも傷つけられなかったから。鉄でたたいても、炎に晒しても、その輝きは決して陰らなかった。……まさに神の鎧、というわけですね」

「……なるほどな。どんな物でも傷つけられないほど固いなら、逆に言えばどうやって作ったのかという話になる。神が作ったとしか言えないわな」


 フォルカの言葉にその通り、とエドアルトは手を叩いた。


「さて、ここでドルガンの話に戻りましょう。彼の建国に最も反対したのは何を隠そう、ガルディア教です。何しろ彼は王族ではなかった。ですが教えでは、すべての王は“最初の王様”の血を引いている必要がありますからね。認めれば自らその教義を破ったことになり、教会の権威が薄れてしまう。

 ……しかし。事実ドルガンは故国ガルトマンの姫を娶り、その子孫である現在のフィニクス王家は正式に最初の王の血を引いていると認可されています」

「はあ? ドルガンはどうやって認められたんだよ」


 エドアルトは、今度はパチンと指を鳴らした。


「この時にドルガンがどうしたのか。実は、つい最近までガルディア教はその方法を秘匿していました。曰く、教皇が神にお伺いを立て、認めることを赦された。だからこそ、当時のガルトマン王国の姫との婚姻を勧めたのだ、とね。

 ――ところが今から24年前、ある神具の存在が明るみに出てしまったのです。それが『破魔の盾』。教会によれば、かつて最初の王が身に着けた防具であるとの事。そして、その特性は――」

「――何物にも、傷つけられない?」

「そうです、クレイン君! 歴史学者たちは目の色を変えたそうですよ。まるで特性の同じ、『神授の鎧』と『破魔の盾』。これらは同じ素材で作られているに違いない、と。そして、それが真実であるからこそ、ドルガンは王として認められたのだ、とね」


 ひとり盛り上がる学者。彼の眼は増して爛々と輝いていた。


「ここで一つの仮説が生まれるわけです。鎧と盾が同じ所有者、すなわち最初の王の物であったのならば。彼は剣か槍を武器として所持していたはずだ、と。そしてそれは、同じ金属でつくられているはずだ、ともね。その金属を便宜上“ガルディライト鉱”と命名しました。――そして!」


 エドアルトはさっと身をひるがえし作業台に駆け寄ると、剣を指さして、


「この剣は、私が知るあらゆる方法で傷をつけようとしても、そのすべてをを撥ね退けた! 現在知られている金属ならば、かならずどこかで折れてしまうというのに。――となれば、答えは一つしかありません。この剣はガルディライト鉱か、それに限りなく近い金属でつくられた物。すなわち、最初の王が手にしたとされる武器。神から授けられた爪――“聖剣”であるのだと」


 そう断言した。




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