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第一章 Ⅳ 傭兵の隠れ家へ

 深い森を抜けた先にそれはあった。

 小さくとも立派な木造の家が森を切り拓いて立ち並ぶ。カモフラージュのためか、それらの壁は木の葉や枝で覆われており、遠目から見ただけではそこに家屋があることはわからないだろう。家以外にも緑一色で染められたテントもあり、出入りする数人の男たちの姿が見えた。


「見えたぞ、ホルス。あれが“我が家”だ」

「……そうかい。じゃあ早いとこ馬から降ろしてくれ」


 乗馬には慣れているとはいえ木々の間をすり抜けるように疾走する経験など無かったホルスにとって、フォルカの操る馬の背は決して快適なものではなく、肉体的ならまだしも精神的にはすでに疲労困憊である。

 軟弱なやつめ、とフォルカはカラカラ笑った。

 

 彼の愛馬が立てる蹄の音を聞きつけたのか、フォルカの部下と思しき男たちが駆け寄ってくる。フォルカが馬を下りたので、ホルスもそれに倣った。


(かしら)! お帰りなさいませ!」


 恭しく頭を下げる彼らの姿に、ホルスはフォルカが相当徹底された規律をしいている事を感じた。

 

「おう。エルヴィはもう来たか?」

「はい、先程。お部屋でお待ちです」

「そうか。――聞いているとは思うが、この男があの兵隊どもの頭だそうだ。俺の客人だから丁重にな」

「はっ!」


 フォルカがホルスを紹介すると、部下たちが一斉に彼に向かって敬礼する。


「あ、どうも」


 あわててホルスも頭を下げた。その様子に満足したのかフォルカが頷く。


「よし。……さて、“先生”に用があるんだが、どこにいる」

「ああ、あの人なら今日もテントに籠もりっきりですよ。飯もまだ食ってないんじゃあないですか」

「いつもと同じ、か。――俺はコイツと先生の所へ行く。お前らも仕事に戻れ」

「はっ! 失礼します!」


 言うや否や、さっと散っていく部下たち。ひとりはフォルカの愛馬エステリを牽いていった。それを見届けたフォルカがホルスを手招きする。


「さあ、こっちだ」


 ホルスは頷いて、その背についていった。




「“先生”は変わった人でな。数年前にいきなりここに現れて、この近くに歴史的に価値のある遺跡が眠っているからここに置いてくれ、と言ってきた。最初は怪しんだもんだが、どんだけ見張っても本当に発掘のようなことしかしない。――今はもう好きにさせてるんだ」


 フォルカが歩きながらこれから会う人物の事を話す。それを聞きながらも、ホルスはまるで軍の駐屯地のような彼の住処を見学していた。

 ――兵数はざっと見ても100人以上。山賊としてはかなり大規模である。どこから仕入れているのか、食料保存用であろう小屋の中には穀物の袋も見える。食料が充実しているので、男たちの士気も高そうだ。そして極め付けに、


「馬、たくさんいるんだね」

「まあな。ざっと50頭。エステリほどじゃあないが、みな名馬さ。……なんだ、ここを攻める時の事でも考えてるのか?」


 フォルカが悪戯っぽく言った。ホルスは苦笑しながら首を振る。

 そう、ホルスが特に注目したのは、ここに不釣り合いなほど大きな(うまや)である。馬は戦力として非常に強力ではあるが、その育成、維持には多大な費用を必要とする。この山の中に身を潜めるような山賊が、50もの馬を養っていることに彼は驚いたのだった。

 

「そら、あれが先生のテントだ」


 フォルカの言葉に思考を中断したホルスが前を見ると、そこにはひときわ大きいテントが建っていた。……中からはなにやらカンカンと金槌の音が響いている。

 そこにフォルカは遠慮なしに入っていった。


「先生! 客だぞ!」


 フォルカに続いてホルスがテントに入る。

 ――テントの中には至る所に石や陶器でできた謎の物体が転がっており、足の踏み場がないほどだった。その中央に据えられた作業台に、こちらに背を向けて立つ人物があった。フォルカの声に気付いていないのか、何かに向かって槌を振り下ろしている。

 フォルカはつかつかとその人物に歩み寄ると、耳元で叫んだ。


「先生やい!! きゃーくーだー!!」

「わあっ!?」


 相当驚いたのか、悲鳴を上げて飛び上がる。その拍子に手から金槌がすっぽ抜け、一直線にホルスのもとへ飛んだ。

 ――わっ!?

 咄嗟に身体をひねって避けるホルス。金槌は彼のすぐ後ろにあった陶器の壺を破壊して床に落ちた。


「な、なんだフォルカ君ですか。脅かさないで下さいよ」

「聞こえなかったそっちが悪い。……それはそうと、アンタに用がある奴がいるんだ」

「はあ……」


 振り返ったその人物は、片眼鏡をかけた30過ぎぐらいの男であった。顔はやや頼りない印象を受ける。背は高めだが、ひょろっと線が細い。そのボサボサの黒髪には砂やら石のかけらがくっつき、その作業着もまた白く汚れていた。

 男はフォルカを見て、次いでその後ろに立っていたホルスを見た。彼はしばらく頭をひねった後、言った。


「やあ、初めてお会いする方……ですよね? 僕はエドアルト・フリーデル。どうぞ気軽にエドと呼んでください!」

「……ホルス・クレインです。よろしく」


 ――なるほど、確かに変わっている人物の様だ。ホルスはエドアルトが差し出した手を握りながらそう思った。


「クレイン君! いいお名前ですね! で、僕に何の御用が?」

「実は……」


 ホルスは鞘から剣を抜いてエドアルトに見せ、この剣にまつわる一部始終を話して聞かせた。――フォルカを打ち負かしたくだりでその当事者が気に入らない顔をしたのは言うまでもない。


「――ふむ。一見普通の剣に見えますが……」


 ホルスの話を聞き終えたエドアルトが改めてしげしげと剣を眺め、そう感想を言った。「そんなわけあるか」とフォルカが茶々を入れる。それにはホルスも同意見だった。あれだけいろいろと不思議なことを見せつけた剣が、そこらの物と一緒であるはずがない。

 そんな彼らの様子を見たエドアルトが笑みを浮かべて言った。


「わかりました。一晩預からせてください。いろいろと試してみましょう」

「よろしくお願いします」


 ホルスは剣を差し出した。エドアルトがそれを受け取ろうとして――


「――ふぉっ!?」


 ガシャン! 派手な音を立てて剣が床に落下した。その様子を見ていたフォルカが呆れた顔をする。


「おいおい、そう壊れるとは思わないが、気を付けろよ先生」

「……いえ、すみません。思ったより重かったもので」

「はぁ? まったく、調査調査で身体がなまってるんじゃねぇのか」


 困惑するエドアルト。見かねたフォルカが床の剣に手をかける。


「ぬ、おっ……!?」


 確かに剣は持ちあげられた。持ち上げられたのだが――


「な、んだこりゃあ! めちゃくちゃ重い……っ!」


 ホルスより遥かに大柄、かつ比べようのないほどの剛腕を持つフォルカ。その彼が見る間に額から汗を流し始めた。顔色はその髪の色に負けず劣らずの真紅に染まっている。


「――ぬおおぉぉ!」


 それでもプライドからか、何とかして作業台まで運ぼうとする。だが見る間に息が切れはじめ、表情は苦悶のそれであった。――そこに、横から手が伸びてくる。

 ひょい、と。まるで羽根でも持つかのようにホルスが片手で(・・・)剣を取り上げた。

 唖然としてフォルカがホルスを見る。剣はそのまま何事もなかったかのように作業台へと置かれた。


「……どうやら、間違いなくただの剣ではないようです」


 エドアルトが呟いた。




 夕方。赤くなった空の下を、ホルスとフォルカは連れ立って歩いていた。彼らは今、フォルカが使っている小屋へと向かっている所である。夕飯を御馳走してやるとフォルカが誘ったからだ。


「まったく、不思議な剣を拾ったもんだな、お前も」


 苦々しい顔をしてフォルカが言った。彼にしてみれば、先程のあれはいままで鍛えてきた自分を馬鹿にしたようなものだったからだ。ホルスもそんな彼の気持ちが言われずともわかっていたので、無言で頭をかくことしかできなかった。

 そこでフォルカが思い出したように言った。


「……ああ、そうだ。お前の仲間な。今は何事もなく下山ルートを進んでるそうだ。この分だと2日もありゃあ麓につくだろうって話だぜ。俺の部下は直接殺しも捕えもしてないっていうから、お前以外は全員揃ってるんじゃあねえか」

「そうか、よかった」


 胸を撫で下ろすホルス。それを見たフォルカが明後日の方向を向く。


「――言っとくが、俺は謝らねえぞ。こっちの領分に入ってきたのはそっちだ。軍服きてうろついてる奴らがいりゃあ、敵だって思うだろ」

「わかってるよ」


 あくまでも穏やか。そんなホルスの態度をフォルカが不思議がるのも無理はない。


「先生も変わってるが、お前も随分な変わり者だな。普通どんな理由であれ襲ってきた相手は許せねえだろ。命さえ狙われたってのに」

「よく言われるよ。でも、これが性分ってやつだからなあ」

「けっ、俺には理解できないね」


 そんな会話をしながら歩いていくと、他の小屋よりも大きな家が見えてきた。もしかしなくても、あれが首領であるフォルカの家なのだろうとホルスは見当をつけていた。

 彼の考え通り、その家の扉をフォルカはノックもせずに開けた。


「おーい、いまかえっ――」

「遅い!」


 扉を開けた瞬間に弾丸のように飛び出してきた何かは、そのままフォルカを押し倒すようにして抱き着いた。煽情的な衣装。銀の髪に褐色の肌を持つ女性。フォルカの妻だというエルヴィだ。ホルスの目の前で抱き合って倒れたままに激しくキスを交わし始める2人。

 独り身であるホルスにとっては目の毒すぎる光景だが、人様の愛に水を差すことはしたくない。だが、そうやって何もせずにいる間にどんどんと行為がエスカレートしていく。

 ――まさか、このままここでハジメル(・・・・)気では。

 流石にいたたまれなくなった彼は仕方なく、エヘンとわざとらしい咳をしてみた。


「……あら? 貴方、いたの」


 それでようやくエルヴィが顔を上げた。ホルスの存在は完全に見落としていたらしい。やれやれとフォルカも続いて身を起こした。


「エルヴィ、悪いがホルスの分の飯も頼む」

「あら、この家に他人を入れるなんて珍しいわね」

「まあな。俺にだって気まぐれを起こす日はあるのさ」


 エルヴィは微笑むと、フォルカにもう一度だけ軽い口づけをしてから中へと入っていった。


「仲が良くて結構だね」

「ん、なんだ、お前はまだ独りか。男も女も伴侶探しは早い者勝ちなんだ、待っているだけでは捕まえられねえぞ」

「ああ、覚えておくよ」


 軽口を叩きながら家の中へ。玄関からすぐ、エルヴィが機嫌よく鼻唄を奏でながら料理をしているのが見えた。それをBGMに奥へと進んでいくと、やや大きな部屋に出る。

 ホルスは思わず声をあげた。

 二つの頭を持つ狼。それが金の糸で刺繍されている大きな旗が、壁一面に張り出されている。ところどころが破れ、一部には焼け焦げたような跡も見受けられるが、それでもその狼はまるで今にも動き出しそうな迫力を維持していた。


「これは……」

「先代から続く、我らのシンボルだ。これでも昔は(・・)誇り高い傭兵団だったんだぜ?」


 フォルカの自嘲を交えたような言葉に、思わず彼の方を向くホルス。その間に赤毛の戦士は背中の大剣を適当な場所に降ろして椅子に腰かけた。

 ――気のせいだったのか。いま、彼の声にはたしかに寂しさの色が……。


「さて」


 脚を組み、不敵な笑みを浮かべてフォルカは言った。


「ようこそ、傭兵団“オルトロス”へ。ホルス中尉、改めてお前を歓迎しよう」




 ――ホルスのいる隠れ家からから遠く離れた森の中に、逃避行を続ける部隊の姿があった。副長以外、無事合流に成功した彼らは、その命令を出したホルス本人の命令に従って川沿いに山を下りている最中である。


「“オルトロス”、っすか?」

「そうだ、襲撃してきた者たちの腕にその紋章の刺青があった。久しぶりに目にしたが」


 アルマイヤーが遠い昔を思い出して呟いたことを、彼を背負って歩くダリルが聞き逃さず、話をせがんだのだった。


「そのオルトロスってのは、そんなにすごかったんすか?」

「そうだな。もう20年以上前になるか。傭兵にしておくにはもったいないほどの統率と武勇に優れた一団でなあ。私も直接その戦いぶりを見たわけではないが、2頭を持つ狼のシンボルは象徴的で、当時の傭兵団の中では間違いなく一番人気だった」

「確かに、かっこよかったっすね、アレ」


 自らも目にしたその印をダリルも思い返す。少年時代の自分が知っていたら、ごっこ遊びに興じていたかもしれない。


「彼らは故郷である都市国家ダ―ボルンに居を構えていたそうだ」

「ダーボルン、って……今はスレンドガルド領になってるあのダーボルンっすか!?」


 驚くダリルに、アルマイヤーは、うむ、と肯定で返した。


「じゃあ、俺たちを襲ってきたのはやっぱりスレンドガルドの命令だったんじゃ――」

「いや、それはないだろう。スレンドガルド王アレクシスがまだ一都市の長だった頃、その性急な吸収合併政策に真っ向から反発したのがダーボルンだった。そして、その防衛戦に最も貢献したのが傭兵団オルトロスであると聞く」

「へえー。……あれ? でも結局スレンドガルドはダーボルンを併合したわけっすよね」


 アルマイヤーは目を閉じた。


「そうだ。オルトロスは敗れた。アレクシスの策により補給、援軍、退路とすべてを断たれて壊滅。ダーボルンも見せしめのように破壊され、今では名前が残るのみ、だ」

「じゃあ、あのオルトロスの印をつけた奴らは」

「生き残ってゼス山に逃げ込んだのだろうなあ。かつての誇り高き戦士たちが、今となっては山賊に身をやつしているとは、哀れなものだ……」


 アルマイヤーもダリルも、そこからはしばらく声を発することはなかった。


 ――夕陽が間もなく落ちようとした頃。彼らの後方から走ってくる人影があった。


「隊長ー! グレアムさんが、今日はもう休もうって言ってます」


 ルシアであった。隊列の一番先を歩いているダリルらへの伝令役である。


「そうか、わかった。……ダリル、疲れただろう。降ろしてくれていいぞ」

「なあに、へっちゃらっすよ。なんなら担いだまま寝ることもできますよ」


 そう言う彼の顔に浮かぶ疲労の色を見逃すようなアルマイヤーではない。だが、まだまだ元気であることをアピールしようと筋肉を誇示するようなポーズを見せるダリルの男気を嬉しく思い、微笑んだ。

 老将はルシアに向き直った。

 

「ルシア、後ろの様子はどうだ?」

「追っ手も何も来てません。グレアムさんも不思議に思ってるみたいです」

「だろうな。川沿いは見通しがよく、発見されやすい。この森を知り尽くしているだろう山賊なら、むしろ先回りして待ち伏せていてもいいくらいなのだが」


 ホルス・クレインがオルトロスに停戦を約束させたことなど、彼らには知る由もない。それ故に追撃がないことを訝しがるのは無理もないことだった。


「……ともかく、グレアムには周辺の警戒を徹底させるように伝えるのだ。わずかな異変も見逃さぬように、と」

「了解です」

「それと、姫様の様子はどうだ?」


 ルシアの顔がわずかに曇った。


「疲れてらっしゃいます。全然態度には出されてないんですけど、わかります。時折足を引きずるようにされてますから。それと……」

「それと?」

「……副長の事をすごく心配されてるんです。体調がすごく悪そうだったって」

「――そうか、わかった」


 後ろがにわかに騒がしくなる。どうやら後方の兵士たちが追いついてきたらしい。


「副長、無事、ですよね?」


 ルシアが呟くようにアルマイヤーに問うた。彼女の金髪が風に揺れる。無論、全農の神ではない彼に答えを出す手段などない。ルシアもそれは承知の上だろう。

 それでも。アルマイヤーは笑みを返した。


「あの馬鹿はあれで抜け目のない男だ。いずれ何事もなかったかのように顔を出すだろう」


 いまは信じて待て――。そう言外に含ませた言葉を読み取ったのかは定かではないが、ルシアの表情が少しだけ明るさを取り戻す。


「そうですよね! ……あ、私も野営の手伝いしてきます!」


 少なくとも見た目は元気よく、彼女は駆け出していく。「俺も行ってくるっす!」そう言ってダリルもルシアの後を追っていった。


 一人残されたアルマイヤーは、誰にも聞こえないようなささやき声で、ここにはいない部下に声をかけた。


「また遅刻だぞ。馬鹿者め……」


 それぞれの場所で、夜は更けていく――。




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