はじまりのものがたり
おおむかしのおはなしです。
そらにはとってもとっても大きくて、まっしろなとりの神さまがすんでいました。
まだせかいのすみっこでくらしていたにんげんたちは、その神さまにまいにちおいのりをしていました。
そんなある日、とってもとっても大きい、まっくろなとりの神さまがどこからかとんできて、しろいとりの神さまにいいました。
「おい、このそらは今日からおれのものだ。おまえはどこかにいなくなれ」
こまってしまったしろいとりの神さまは、三人のにんげんにそうだんしました。
ひとりはこういいました。
「神さまはつよいのだから、たたかってください」
でも、やさしいとりの神さまはたたかうのがすきではありません。
すると、ひとりがこういいました。
「では神さまはよわいのですから、でていってください」
でていけといわれた神さまはかなしくなって、ないてしまいます。
それをみていたさいごのひとりが、こういいました。
「つよくもなくよわくもない、ただの神さまのためならば、わたしがたたかいましょう」
しろいとりの神さまは、それをきいてとてもよろこびました。
でも、にんげんがひとりでくろいとりの神さまにかてるわけがありません。
そこで、しろいかみさまはそのにんげんにいいました。
わたしのつめをつかって、ぶきをつくりなさい、と。
かみさまのいいつけどおりにぶきをつくったそのにんげんは、ゆうかんにくろい神さまとたたかいます。
「にんげんのくせになまいきな!」
「しろい神さまをなかせるやつは、わたしがゆるさないぞ!」
たたかいは何年もつづきました。そしてとうとう、くろい神さまはつかれてしまいました。
「おまえのようなにんげんがいたとは、おどろいた。おれのまけだ。ほうびに、おれのたからをやろう」
そういうと、くろいとりの神さまはにんげんにくろいおおきな玉をひとつわたし、どこかへとんでいきました。
たたかいからかえってきたにんげんをまっていたのは、それはそれはうつくしい、しろいドレスをきたおんなのひとでした。
にんげんは、そのおんなのひとにはなしかけます。
「うつくしいひと、わたしはあなたにあったことがある気がする」
おんなのひとは、にこりとわらっていいました。
「わたしは、しろいとりの神さまです。ゆうかんなひと、あなたとけっこんするためにまっていました」
なんと、おんなのひとはしろい神さまだったのです。
にんげんはとてもよろこび、すぐにしろい神さまとけっこんしました。
やがて、にんげんはせかいでさいしょの王さまになり、しろい神さまはおきさきさまとなって、しあわせにくらしましたとさ。
――『最初の王様』~ラーヴァネストの伝説・伝承集より
荒れ狂う暴風が、青年の体を襲う。
眼をまともに開けるのが困難なほどの風だった。視界にうつるのはただ薄暗い世界だけ。
なぜ、こうなってしまったのか。一体これから何が起こるのか。
何もかもがわからないままだったが、それでも青年は自分に出来ることをしようと思った。
彼は声の限りに叫ぶ。
「もうやめろ! 戻れなくなるぞ!!」
声の先には、風をものともせずに立つ男がひとり。
この暴風のおかげで、自分の声は届いていないかもしれない。それでも、青年は自分の先に立つ背中に声を上げ続けた。
その人物は、青年のたったひとりの親友だったから。
不意に、男がこちらを振り返った。
「この先には、俺の夢がある。望みがある。未来がある。……頼むから、止めてくれるな。友よ」
暴風の中でも、不思議とはっきり聞き取れる声。
それを聞いた青年は、悟ってしまった。
――もう、彼は止まらない。言葉では止められない、と。
ならば、と青年は腰に佩いていた剣を鞘から抜き放ち、男に突きつける。
「友だからこそ、止めるんだ!……お前にあの伝説を話したのは、私の間違いだった」
自分を睨みつける青年を見て、男は口元を歪ませた。
「いや、貴様が俺の友であったことも、この話を聞かせたことも、全ては必然だったのだ」
そして、自らも剣を抜き放つと、青年にその切先を向ける。
その姿に、青年は心を締め付けられる思いがした。
彼にこのようなことをさせるまでに追い詰めたのは、自分にも責任がある。
逃げるわけには、いかない。青年は、剣を握る手に力を込めた。
その時である。
あれほど吹いていた風が、何の前触れもなくピタリとやんだ。
同時に、薄暗いだけだった視界も開ける。
――そして、その目に映るものに青年は絶望した。
「そんな、まさか!」
「そうだ、お前は遅すぎた。もはや、儀式は完了している。……我が同朋たちの、尊い犠牲によって」
そこは石室だった。
青年の知る限り、小さな台座がひとつ中央にあるだけの、ただ石で造られた部屋。
その、はずだった。
おびただしい数の人間の身体が、台座を中心に円を描くように敷き詰められている。
男、女、老人、子供。それらから流れ出る大量の、血。
否応なしに青年は理解せざるを得なかった。そのすべてがすでに物言わぬ骸なのだ、と。
そして彼らを生かしていたであろう血液は、部屋の造りがそうさせるのか、まるで台座に吸い寄せられるように中央へと流れ込んでいる。
その凄惨な光景に動けなくなった彼に見向きもせず、男は台座へと近づいていく。
「ふん、台座に大量の人血をささげれば封印がとかれる、などと、まるで三流の怪談だ。
だが、真実とは得てして物語よりも陳腐なものなのかも知れんな。
……見ろ、蓋が開くぞ」
台座が光を放ち始めた。
それはどんどんと強くなり、青年は目を開けていられなくなる。
「そうか、これが、これこそが。神の残した武器か!!
ク、クククッ……クハハハハハハハハ!!」
男が、高らかに笑い声をあげた。
間に、合わなかった――。後悔の念が青年の心を蝕み、意識を混濁させ始める。
(テレーゼ、アル。ごめん。僕は……!)
やがて、青年の意識は完全に途絶えた。親友の――親友と思っていた男の嘲笑を耳に焼き付けながら。