冒険者アレンの誕生
俺が起き上がったのは昼過ぎだった。
パートに抱えられて帰ってきたときは、出血の痕が服に残っていて誰もが心配したそうだ。しかし、マイの神聖魔法ですでに傷は癒えていた。
俺はただ、これまでの人生で感じたことのない緊張が一気に抜けて、気絶してしまっただけだった。
意識を取り戻して、冒険者として生きるという真剣な決意を胸にした俺を待っていたのは、昼飯を口いっぱいに頬張るレイラの姿だった。
「ん?どうした?」
俺がその姿にため息をつくと、レイラがパンを口にくわえたままモゴモゴと言う。
「いえ。なんか、力が抜けちゃって」
「そうだ、マイに礼を言っておけよ。今は魔力回復のため睡眠中だがな」
今度はサラダを頬張りながら言う。
「お前のせいでロクに朝食も食えなかったんだ。どうしてくれる」
ひとしきり肉を口に詰めると、フォークをこちらに向けて子供のように文句を言う。
真剣に冒険者の仲間に入れてくれとお願いするつもりだったけど、その様子に思わず吹き出して笑ってしまった。
「なんだ。何がおかしい?」
片方の頬を大きく膨らませたままレイラは言う。これが俺の命を救った天使様だと言うのだから、本当に笑えてくる。
「いえ、あの、俺も、仲間に入れてくれませんか?」
笑いをこらえながら、途切れ途切れに言う。
「ん?冒険の仲間か?いいぞ」
軽い返事が返ってくる。まるで今日の夕飯の相談をしたみたいな、簡単な返事。
「あ、その代わりもう硬い表現はやめだ。お前、歳は幾つだ?」
今度はジャガイモを口に詰め込む。
「15です。成人したばかり」
「ほら、硬い表現はなしだ」
「15歳」
「わたしもまだ17歳だ。大差ないだろう?よろしく、アレン」
どういうつもりなのかわからないが、レイラは手ではなく食べかけのパンを差し出す。
「ほら、仲間の証だ。わたしの少ない昼食を分け与えられるというのは、すごい名誉だぞ」
「ありがとう」
僕はレイラのパンを受け取って口に放り込む。
レイラの前に3人分の食事が並べられていることは、見て見ぬ振りしながら。
「あーーっ!レイラ!わたしの分、食べちゃってるでしょ!」
食堂の入り口からマイが大声を上げる。パートも一緒だ。
「起きてこないから、いらないのかと思ったんだ!ほら、もったいないだろう!」
「昼には起きてくるって言ってたでしょ!ひどいよ!わたしだって魔法使ってお腹減ったんだから!」
マイは大慌てで自分の分の皿を集め始める。
「アレン!なんで止めてくれなかったの!」
「あ、マイ、パート。今日からアレンも仲間に加わったぞ」
「そんなことはあと!アレン!わかってて言わなかったでしょ!」
俺のパーティ加入は飯より下かよ。俺は苦笑する。
「いやほら、俺も寝てたから、これが一人分かと思って」
「嘘を言うなー!この宿の息子が、わからないわけないでしょ!」
こんなやり取りの間も、レイラは手を休めずに食べ続ける。
「ちなみにアレンもマイのパン食べたぞ」
「それは、ちがっ」
「アーレーンー!」
仲間の証って、同じものを食べるとかじゃなくて、ただ昼飯の盗み食いの仲間になれってことだったのかよ!
「まあまあ、マイ。アレンも悪気があったわけじゃないんだ。許してやってくれ」
「でもレイラは悪気があったんでしょ!?」
この辺りで、俺は笑いが抑えられなくなった。一度笑い出したらもう止まらなくて、涙が出るほど大笑いし続けて、レイラが食事の手を止めるくらいに、俺は笑った。
「アレン…大丈夫?」
「いや、さ。だって俺たち、今朝、死ぬかもしれない戦いしてさ、俺なんて気失っちゃってさ、母さんだって、あんなに泣いちゃって…つまり、大変なことしただろ?でもさ、こんなにくだんないことで言い争いしてさ、もう、なんだかおかしくって、おかしくって。」
こんなことの繰り返し。冒険って、そうなのかもしれない。
死ぬほど辛い戦いを乗り越えて、仲間たちと笑いながら、生きて飯を食う。
「楽しいんだろうなぁ。冒険って。死ぬほど辛くて、怖くて、だけど、なんていうか…楽しいんだろうなぁ!」
マイとレイラが顔を見合わせる。
「その通りだ、アレン。冒険は、死ぬほど辛くて、怖くて…それでも、それ以上に…いや、それだからこそ、こんなに楽しいんだ。」
冒険者アレン・バッツ。
俺は心強い仲間とともに、冒険者の道を歩みだした。