動き出した時間
「ひっ!」
ドゥームを見るために首を出したマイは、すぐに引っ込める。次には落ち着かないようにあたりを見回した。
「どうかしたの?」
「パート、ここを閉じる操作盤が見当たらない?」
俺の疑問を無視して、マイはパートに尋ねた。
「どうしたんだよ」
よくわからないまま俺も階段の陰から地下の廊下に首を出してみる。
廊下の先にはドゥームが・・・
「ひっ!」
俺も思わず首を引っ込める。ドゥームは確かに廊下の先にいた。問題はそこまでの廊下だ。廊下中に、アンデッドが湧き出し始めている。
「マイ! あれなに!?」
アンデッドに気取られたくはない。俺は声をひそめながらもマイに迫る。
「見ての通りよ! 〈大破局〉のときのまま残されてたんだから、人間が全部アンデッドになってるんでしょ!」
「あれは違いますか?」
セシリアさんが天井に近い壁に枠のついた扉を見つける。始めからあれを操作すれば開けられたのかな?
「パート、肩かして」
言うなりマイはパートの背によじ登る。慌ててレイラがそれを下から支えて、マイはパートの肩に足をかけた。
「つまりアンデッドが押し寄せてくるのか?」
「そういうこ…と!」
掛け声に合わせてマイが操作盤をこじ開ける。また奇妙な言語でいろいろ書かれているからには、きっと正解だったんだろう。
「えーっと…こうね!」
ゴウン…
マイが言うと同時に、大岩の扉が裂け目に沿って閉まっていく。せっかく開いた大岩は、また元どおりの壁に変わってしまった。
「動力が通っちゃったから、地下の扉が開いちゃったのね…」
パートの肩から降りたマイは、腕を組んで説明を始めた。
「おかげでここがなかなか魅力的な遺跡ってことはわかったけど、今は地下に入ったが最後、スケジュール内に出てこれるか怪しいわね」
「なぜドゥームはアンデッドを攻撃しない?」
「たぶん、ここで働いているか何かしていた人たちで、まだその認証が残っているんでしょうね…そう考えると、この地下遺跡はちょっとした悲劇ね…」
いつの間にか動力が遮断され地下の扉が開かなくなり、それぞれの部屋で息絶えた人々。繁栄を極めていた魔動機文明の最盛期にあって、外で何があったのかもわからないまま、飢えと暗闇の恐怖の中で死んでいった様を想像するのは、胸に苦しかった。
「でも、私たちにとっては朗報。あのぶんだと、かなり広い遺跡ね。しかも中にいた人が個別に認識されているということは、結構な重要施設だったのかもしれないし…とにかく、これでモリス村は冒険者の宿場町として復活間違いなし! これにてマイ探索班のお仕事は終了でーす!」
意気揚々と発された宣言に、レイラも頷いて同意を示した。これでモリス村での最後の仕事が終わった。遺跡の詳細な情報を持ち帰って書類にまとめて、それを村長に届ければお仕事完了だ。
地図や情報の清書は、マイとパートが1日をかけてやるだろうから、俺はモリス村での最後の2日間をゆっくり過ごすことができそうだ。
「ところで…みんな忘れているかもしれないが…」
頭で日程を勘定していると、レイラが珍しく控えめに口を開いた。
「テントが飛ばされているかもしれない」
その一言で、全員が硬直した。
静かにお互いに顔を見合わせる。
「とにかく、見てみよう」
俺が最初に口を開いて、まだ置かれていた魔動ランプを取って階段を駆け上り始める。
たしかにあの大嵐の中でテントが無事だった保証はない。馬たちは自分でなんとかしただろうけど、さすがにテントは自分で踏ん張ったり風のあたらないところに移動することはできない。
暗い階段を駆け上ると、左手の先に薄ぼんやりと外の光が見える。みんなが後ろからついてきているのを確認して、通路を抜ける。
エントランスを抜けてみると、遺跡前の景色は随分変わってしまっていた。幸いテントは飛んで“は”いなかった。いちおうテントがあった場所にまだ布が残っていることはわかる。しかし、キャンプのために切り開かれていた草地に、丸々一本の大木がぶっ倒れて、哀れテントはその下敷きになっている。
その横で、俺の相棒の馬がヒヒッと前歯を見せて俺を笑った。
「・・・」
はじめに外に出た俺を含めて、ぞろぞろと遺跡から出てきたみんなは、誰も口を開けない。まさに絶句というやつだ。
たぶんあんな風に潰されたのなら、テントは回収できたとしても修繕が必要だ。そもそも、持ち込んだ食料とか、大きなリュックに入れておいた道具類とか、たぶん今夜を凌ぐのに使うはずの毛布とか、そういう物品の一切があの押しつぶされたテントの中に残されているはずだ。
「レイラ…あの木…」
やっとのことでマイが口を開く。
「今度こそ叩き斬れそうだな!」
なぜかレイラは嬉しそうだ。まさか大斧を本来の目的で使うことになるとは思っていなかった。でもレイラは整地のときすでに木を一本切り倒していたんだっけ?
もう一度斧を取り上げたレイラは、今度は両腕で大きく振り上げる。俺だったらそのまま後ろに倒れてしまいそうなところをぐっとこらえて、斧は大木に叩きつけられた。
バギァッ!
信じられない力で叩きつけられた斧に、大木が悲鳴をあげる。見ればレイラの斧は一撃で地面まで貫通していた。
「昨日も一振りで木を薙ぎ倒していましたよ…」
嬉々とした様子で移動してもう一度斧を振り上げるレイラを見ながら、セシリアさんが感嘆の声を漏らす。
結果から言って、レイラが斧を持ってきていて正解だった。もしも剣が壊れていなければ、こんな大木をどかす方法なんて俺たちにはなかっただろう。
「よし! テントを確かめてみてくれ! 私は薪でも作っておくぞ!」
レイラが叩き切られた木材を蹴ると、その下に潰されていたテントが姿を表す。やはりテントの皮は無傷とはいかなかったみたいだ。
「それなら、せっかくだし何かここに作っておかない?」
提案したのはマイだった。
「これから先、ここを拠点にする冒険者も増えるだろうし、薪置き場くらいは作っておいてもいいんじゃないかと思って。今日のところは、テント代わりに利用するっていうのはどう?」
悪くない提案だった。テントが潰れてしまっていて、荷物の整理にはどうせ時間がかかる。宿泊するにしてもテントが使えない以上、何かしら簡単な小屋の一つもあった方がありがたい。
「でも、作り方わかるのか?」
俺の疑問に、マイはにこやかに振り返る。
「私の経歴を甘く見ないことね」