解かれた封印
もう一度斧に手をかける。さっきの振動で少しくらい抜けやすくなっているといいけど、触ってみた感じでは特に変化はなさそうだ。
もう一度二人で並んで壁に片足をつく。
「3、2、1!」
二人で一斉に力をかけると、予想に反して体が後ろに吹き飛んだ。斧の柄が体の上に落ちてきて、腹を打ち付けた。同時に、後頭部を階段に打ち付けて、背中も段差で強く打ってしまった。
「いって!」
「ったたた…大丈夫か? アレン?」
「うん、大丈夫…打っただけだから…」
ゴゴゴ…
斧が突き刺さっていた壁が大きな音で唸り始める。また何かまずいことをしたんだろうか?
「レイラ! なんかやばいって!」
斧をのかそうと押してみたが、重すぎて動かない。幸いにして這いずり出ることはできそうだ。
「扉が開いたぞ! やったな、アレン!」
レイラも這いずり出て、斧に手をかける。一枚岩だったはずの壁に複雑な切れ目が走り、その一つがレイラの斧が突き刺さっていた亀裂と重なる。岩が切れ目に沿って吸い込まれるように消えていき、暗い空間が現れる。
「おお! やったな!」
なんだかよくわからないけど、とにかくこれで地下の探索ができる。
「…アレン、光を取ってくれないか?」
レイラも俺と一緒で、暗いところが見えるわけではなかったようだ。翼があるだけでも便利なんだから、そのくらいは人間と同じでちょうどいい。
「マイたちを待ったほうがいいんじゃない?」
魔動ランプを取り上げて開かれた部屋を覗いてみる。これまでの階層とは全く違って、廊下が明らかに綺麗だ。どういうわけか植物も侵入しておらず、ガラスすら割られていない。
「〈大破局〉以前の姿そのままのようだな…」
感心して、レイラは声を漏らす。石造りでこんなに綺麗な地下構造を作る技術が、かつての人族にはあったのだろう。どんなにこの遺跡を調べても、その技術は分からないのかもしれない。
ウィィィン…
起動音があたり一帯から響いた。
通路に沿って魔動ランプが起動していく。やや黄色がかった薄明かりが左右に広がっていき、地下空間の広さを俺たちは思い知る。
「すっげぇ! こんなに綺麗に、これだけの広さが残ってたら、しばらくは遺産の宝庫だな!」
思わず笑顔が溢れる。俺とは反対側の通路を見ていたレイラの方に振り返ると、レイラも笑顔で俺を見る。
「やったな! これでモリス村は息を吹き返すぞ!」
かついでいた斧を立てたレイラは、ハイタッチを求めて片手を上げる。ハードノッカーを腰にかけて、その手に応じる。
「ありがとう、レイラ!」
ドシン…
ハイタッチを交わした瞬間に、妙に重々しい音が響く。
廊下のガラスが残響でガタガタ言った。
「…俺たちの力って、こんなに強かったっけ?」
違うとはわかっているけど、ちょっと認めたくないことが起こりつつある予感がして、口だけでも冗談を言っておきたかった。
魔動機文明時代の遺産を教えてもらったときに、一番初めに教えてもらった魔動機のインパクトはさすがに忘れていない。人間よりもはるかに大きい四つ足に、拳よりも大きな弾丸を打ち出す大砲を二つ積んでいる、恐ろしい戦闘用魔動機。
「アレン、後ろを見ろ…」
レイラの目が険しくなる。二人だけで相対することになるとは思わなかった。振り返りながら、もう一度ハードノッカーに腕を通す。
魔動ランプが次々に点灯する長い廊下。まだ薄暗い通路の先に不自然に浮かんだ二つの明かり。次の明かりが点いて、その輪郭が浮かび上がる。
流線型の装甲に二つの銃を構え、肩には巨大な砲身。
…間違いない。
「なんと言ったか…」
レイラがその名前を思い出そうとする。不思議なことに、俺はその変わった響きを忘れていなかった。
「…ドゥーム」
本当にドゥームなのかは、マイが見てみなければわからない。しかし、少なくともそれに連なる存在なのは間違いない。
肩の砲身が水平に傾く。
「どうする? 戦ったらせっかくの遺跡がめちゃくちゃになるかも」
どこまで俺たちが探索し、どこからを次の冒険者に残すのか。もしもこいつが最後の砦なら、俺たちがこれを撃退してしまったら最後、次の冒険者は腕試しにここにやってくることはない。
しかし、これだけ広いのだから、もっと他の脅威が眠っているかもしれない。それなら、俺たちがこいつを葬るくらいで遺跡の価値は変わらない。
「私は戦い足りないというのが正直なところだ」
レイラが斧を下段に構える。
「…だが、パートの矢弾の消耗が激しい。銃撃戦は避けたいな」
長い廊下を挟んで、俺たちとドゥームはにらみ合う。一歩でも踏み出せば、容赦ない大砲が放たれる。そんな緊張の中で、俺たちは判断を迫られていた。
村のために必要な情報。自分たちの物資。マイたちの状況。次の冒険者のために残すべきもの。遺跡の保存。俺たち自身の戦利品。
「レイラ! 動力が復帰したよ!」
上階から、状況を知らないマイの嬉しそうな声が聞こえてきた。
「…アレン、悔しいが、ここは下がろう」
レイラが決断を下す。
「俺は、リーダーに従うだけだ」
相手の方を見たまま、後ずさりして階段に向かう。相手がこちらに照準を合わせているのは間違いない。まだ射程距離には入っていないんだろう。
「レイラー?」
俺たちの緊張をよそに、呑気なマイの声が続く。こちらの状況を伝えた方がいいのかもしれないけど、大声を出せるほど心に余裕はない。その瞬間にあの大筒から弾丸が放たれたら、反応が遅れてしまう。
ようやく階段に身を隠す。扉の閉じ方がわかればもっといいんだろうけど、俺たちには魔動機は専門外だ。
「マイ! 地下に大型がいる! 調査はここまでだ!」
ようやく声を出せる状況になった。
「大型!? まさかドゥームでもいたの!?」
どうやらマイたちは階段を降りてきているらしい。少しだけ声が近づいている気がする。それにしても、少し嬉しそうな声にも聞こえる。
「ドゥームって、肩に筒がついてるやつだよな?」
「そう、それ!」
やっぱり声が嬉しそうだ。真語魔法に続いて、戦闘用大型魔動機も初めて見るのかもしれない。好奇心旺盛なマイのことだから、自分の目で見てみたいのだろう。
「…マイはドゥームファンか何かか?」
レイラが小声で俺に確認する。
「いや、知らないけど…ほら、きっと見てみたいんだよ」
マイが階段の上に顔をだす。予想通り、少し興奮気味だ。ここを立ち去ったときに怒ってみていたことなんて、すっかり忘れてしまっているんだろう。
「ほんとだ! 扉開いてる! この先にいるの!?」
マイが嬉しそうに駆け下りてくる。そこにレイラが腕を出してマイを止める。
「マイ。相手は起動しているようだ。顔を出せば撃たれるぞ」
「え、そうなの? …見ちゃダメ?」
見るくらいなら大丈夫だろうし、マイに地下の様子を観察させないと、モリス村に持ち帰る情報が足りないかもしれない。
「いいんじゃない、レイラ? なんの遺跡なのかもマイならわかるかも」
「…マイ、し・ん・ちょ・う・に、だ。」
レイラがマイの真似をして強調する。わかってるわよと言いながら、少し興奮してしまっていた自分に気づいたようだ。マイはそろりと3歩ほど進み出て、階段下の壁に手をかけて、ゆっくりと頭をだす。




