馬鹿力は道を拓く?
凄まじい嵐が遺跡の上で暴れ始めたとき、レイラとセシリアさんは異常事態を察知して遺跡の中に駆け込んだらしい。レイラのあとを追って走っていたセシリアさんは、俺たちが次々に落ちていくのを、ホールの方から見ることになったそうだ。駆け上った階段を駆け下りて、遺跡に避難した俺たちと無事に合流したとき、大きく息をついて胸をなで下ろしていた。
「みなさんご無事だったんですね」
「うん、マイの精神だけは無事じゃなさそうだけど」
マイはまだ腰が抜けて自分では歩けないのか、レイラに抱えられている。
すっかり眼力がなくなって、口から魂でも抜け出ていそうなくらいだ。
「そうだ、心の乱れは魔法で治療できるんだったな」
レイラがそう言うと、かすかにマナが動いたのを感じる。ほとんど同時に抱えられていたマイは両足を下ろして、背伸びをしながら大きく息を吸って、たまっていた恐怖心を全部吐き出すようなロングブレスを一つ挟んだ。
「ほんとにありがとう、レイラ。二人も」
その口ぶりを聞くに、どうやらマイは調子を取り戻したらしい。
「パートは嵐の蛇と言ったが、いったいなにが起きた?」
「わたしも知らない魔物なんだけど、とにかく大きな竜巻の蛇に襲われて、わたしがその風で吹き飛ばされそうになったの」
「あいつは俺たち…いや人族が手を出しちゃいけないやつだと思う。まるで嵐そのものと戦ってるみたいで、とても手に負えるものじゃなかった」
レイラは腕を組んで考える。
「私の斧でも真っ二つにできないのか?」
「たぶん、あの環境なら斧を振り上げたら吹き飛ばされると思う。立ってるのも難しいくらいなんだから、重心が高くなったら負けだ」
「・・・ふむ」
その脅威を目の当たりにしなかった二人に、あの強さを伝えるのは難しい。
「あれの気が済むまでは、遺跡探索は中断ね。屋上にあった小屋を調べるくらいの時間が残ってくれればいいんだけど・・・」
「小屋が吹き飛ばされてないといいけど」
俺が口を挟むと、マイはすぐに否定した。
「大丈夫。あの小屋は遺跡と同じ材質だったし、同じ石で繋がってるはずだから、そう簡単には飛ばされないと思う」
「なら、いいんだけど…」
とにかく、もう少しこの遺跡の情報がないと、村になんて報告したらいいのかわからない。せめて地下がどれくらいの広さがありそうで、その先に何が残されていそうなのかを調べないと…。
でも、残された時間はあと丸一日も残っていない。あの大蛇がこのまま暴れ続ける限り、俺たちの探索時間は短くなってしまう。何か打開策を考えないといけない。
「あの壁は…」
思いつきでものを言うのはよくないのかもしれないけど、もうそういう性格は変わらないだろう。
「叩き壊せないの、レイラ?」
俺が指差した方を、セシリアさんの魔法の光が照らす。
地下につながる階段の先を塞いだ、ずいぶんと厚そうな壁。
「・・・アレンって、学ばないのね」
絶句したマイの絞り出すようなぼやきが続く。
「でもなんか、魔動機は動かなくしたんだろ? それなら、ほら、壁の一つくらい壊しても…」
『壁の一つくらい』。自分の頭の中で繰り返してみても、なんだか発想がおかしい気がする。
「これが最初で最期の出番と思えば、刃こぼれしてもいいかもしれんな…」
「嘘でしょレイラ!? やるの!?」
セシリアさんが連れていたガストたちから斧を受け取ったレイラが、階段を下る。足元も不安定な階段で、どれくらいの威力を出せるのだろうか。それでもレイラならやってくれるかもしれない。
「試してみなければわからんだろう」
足を左右に広げ、レイラは大斧を構える。斧をゆっくりと振って、回転させて勢いをつける。
「アァァッ!!」
掛け声とともに、斧が全力で叩きつけられた。俺の拳をはるかに凌ぐ轟音に四方から土埃が噴出して、レイラの姿が埃の向こうに消える。
「・・・」
沈黙。向こうで何が起こっているのかは、俺たちにはわからない。ひょっとして、穴を開けてしまったのだろうか。
「・・・イッッッタい!! 誰だ! 斧で壊せと言ったのは誰だぁーっ!」
砂埃の向こうから聞こえた声に、思わず拍子抜けしてしまう。
「ああ! もうっ! この壁なんなんだ!? なぜ今の衝撃で壊れん!?」
あんなバカみたいな威力の反動が腕にきて、予想を凌ぐ衝撃に怒りの矛先を見失ったみたいだ。
「はぁ…大丈夫?」
俺とレイラの力任せな戦略にすっかり頭を抱えているマイがため息をついて、呆れたような声をかける。
「ダメだ。斧が抜けん」
「「え?」」
みんなの声が揃う。てっきり弾かれたのかと思ったけど、少なからず功を奏したらしい。
「半分くらい埋まってしまった。この壁は削り出した大岩か何かか?」
ようやく砂埃が晴れてみると、たしかにレイラの斧が大岩に突き立てられている。人間の力とは思えない。ヴァルキリーって異様な筋力か何かを持っている種族なんだろうか。
「後先考えないところ、ほんと直した方がいいと思う…」
「マイが俺たちのやり方に慣れた方が早いかも」
階段を下りながら軽口を交わす。近づいて見てみるとどうやら岩の一部を引き裂いたようだ。この威力であと5発も叩き込めば、この岩も音を上げるかもしれない。レイラの腕の方も音をあげそうだけど。
「なるほど…」
亀裂を調べると、マイがひとつ頷いた。
「レイラ、アレン。これ、全力で引き抜いて」
「無理だろ?」
「無理じゃないか?」
俺たちが同時に応える。
「…あ・の・ね・え?」
一音節ずつはっきりと発音された言葉には、怒っているというより呆れているといった方がよさそうだ。
「こういう時こそ向こう見ずな力技の出番でしょ! 自分たちでなんとかして!」
プイッとそっぽを向いて階段を上ってしまう。
「セシリアさん、ここは二人に任せて、上の様子を見てみましょう。ひょっとしたら、案外早く飛んで行ってくれてるかもしれませんし」
「でも、光がないと…」
セシリアさんの腕が引っ張られたのか、光がそっぽを向く。
「パート、光を渡してあげて」
「いえ、私はレイラ様の
「渡しなさい」
考えがあるのか、珍しく本当に怒らせてしまったのか、マイはずいぶん強い口調を使う。
「パート、いいからマイに従え」
レイラが言うと、パートは渋々マギスフィアを魔動ランプに変形させた。