束の間の安心
「・・・終わったか?」
レンザバンが動くたびに鳴っていたカシャカシャいう音が止んだ。左右を照らしても、もう動くものの影は見えない。
「大丈夫、全部やったみたい」
暗さをものともしないエルフの目を持ったマイの声で、俺は一つ肩の力を抜く。
「パートは大丈夫?」
振り返って光をかざしてみると、薄ぼんやりと二人の輪郭が見える。パートはもう立ち上がっているようだ。
「はい、無事です。打ち所が悪かったようです」
神聖魔法が効いたのだろう。マイの治癒力の高さは俺がよく知っている。
「それで・・・ちょっとその光、下げてくれない? 私には眩しいのよ」
「ああ、ごめん」
マギスフィアから放たれる光を足元に下げると、レンザバンの残骸が散らばっている。金属でできた魔動機を叩き潰すなんて、我ながら恐ろしい威力の拳だ。
「アレンのすぐ横に、気になるものがあるの。何か操作できそうなパネルが・・・」
言われて今度はそちらに照明を向ける。一人だけ光がないと何も見えないのは全く都合が悪い。
壁には文字らしきものと一緒に幾つかの出っ張りが付いている。たぶん、マイの言っていたボタンというやつなんだろう。気にはなるけど、怒られないためには俺がさわっちゃいけないはずだ。
「警報設備管理パネル・・・たぶん、昨日のホールね」
寄ってきたマイがぶつぶつと文字を読み上げる。昨日戦いの途中に言っていた、警備用魔動機の動きを止めるための魔動機というやつだろう。しばらくそのボタンたちとにらめっこを続けたマイは、これねと小さくこぼして赤いボタンを押した。
ビーッ、ビーッ
昨日と同じ大きな音が鳴った。
「ハズレ押したんじゃないの?」
「あってる、はず・・・」
自信なさげにマイが答えると、廊下の先の壁が音を立てて沈み始めた。その上には、矢が突き刺さったガーウィの残骸が転がっていて、そのまま床の中に飲み込まれていった。すかさず床が横に伸びて、柱はすっぽりと収納されてしまう。昨日罠が起動したのとちょうど逆の順序で、ガーウィが収納されたみたいだ。
「ほら、あってた」
一転して自慢げに言うと、マイは洋々と柱が沈んで通れるようになったホールの最上段に踏み出した。
「相変わらずここだけは明るいな・・・」
昨日ガーウィたちと戦った劇場のような場所の3階部分だった。なぜかここだけは魔動ランプが機能していて、部屋は一面が明るいままだった。
「あ、あれ!」
マイの指差した先は、向かいの柱があった場所だった。柱がなくなったことで、こちらと同じように外に出る扉が姿を現している。
「まだ何かあるのか・・・」
レンザバンとの戦闘だけで、ずいぶん消耗させられている。これ以上強敵に襲われるのはあまり歓迎したい事態ではない。
「今日の目標は地表部分の安全確保と探索終了でしょ? 警報装置も解除したことだし、行きましょう」
装置の操作がどれくらいの意義を持っていたのか俺にはわからなかったけど、マイがこれだけ意気揚々と先行するのだから、きっと事態は一変しているんだろう。何もわからないとそう信じるより他ないというのは、俺の不勉強の結果なのかもしれない。
扉を開くと、ひどく錆びついた金属の階段が上に続いていた。見上げた先の空は、やはり暗く重たく雨を含んでいる。
「屋上かしら? これでおしまいだと思う」
マイは魔動機を止めたことで、すっかり安心してしまっているみたいだ。不用意にも俺たちより先行して階段を登り始める。
「マイ、一応俺たちが前を行った方がいいでしょ?」
俺の指摘に、マイは振り返ったまま目を丸くして、気まずそうに苦笑いした。
「それもそうね、つい安心しちゃって・・・ごめんね」
「気持ちはわからなくはないけど、一応気をつけられるだけは気をつけておこうよ。・・・俺が言える話じゃないけどさ」
俺も苦笑いで返す。
そんなことを言っている間も、錆びた階段が軋んでちょっと怖い。早く屋上に上がってしまった方が良さそうだ。ひょっとしたら、この階段ごと下に剥がれ落ちてしまうかもしれない。
手すりを飛び越えて、マイの前に着地する。ドンと鈍い音が響くけど、階段は崩れずに済む。軋む音が聞こえないから、信頼してもいいんだろう。そうとわかっていても、3階の高さは俺が気軽に歩ける高さとは言い辛い。
屋上までは、まだ2回ほど折り返しが残っている。はやる気持ちを抑えながら、一歩一歩確実に歩く。サビごとステップを踏みぬいたとしても、手すりにしがみつけるようにしておかないと、とても歩けたものじゃない。
「今日はまだ時間もあるし、上を見終わったら地下も行ってみない? あの壁、壊せないの?」
「おそらく爆弾で壊せる固さではないと判断します」
「魔動機で動かせるのかもしれないから、もう一回探してみてもいいかも」
そんなことを話しながら、慎重にステップを踏んで進む。高いところを歩くだけで少し怖いというのを初めて知った。木登りなら気にならないけど、こんなに錆びてしまった階段だとどうにも不安が抜けない。
不安に反して、階段が崩れ落ちることはなかった。眼前に現れたのは、石造りの広い屋上の左右に木々が首をもたげた広い空間だった。その先に、扉のついた小さな小屋のようなものが設置されている。
「やっぱり屋上ね!」
マイが安心して一つ伸びをしたところで、雲行きの怪しい空から湿った風が吹き付けて、木々が滝のような音を上げた。足元を掬われるような強風に、あたりから枝葉が舞い上がって旋風の輪郭を作り出す。
「風がひどいな!」
あまりの轟音に、お互いの声も曖昧にしか聞こえない。
「見て!」
耳元で唸る風の中、マイの声がはっきりと聞こえた。指差しているのは空だ。
仰ぎ見れば、枝葉が作り出した竜巻の輪郭。殺気を含んだその巨大な体躯の先端に、二つの眼光が意志を灯していた。




