レンザバン
パートの体が大きくのけぞって、俺の頬に飛沫がかかった。俺の前を照らしたばかりの照明が急に天井に滑り上がって、明後日の方向に倒れる。
真っ暗になって何も見えないけど、悪いことが起こったことだけはわかった。
「パート!」
マイの大声がすぐ横で聞こえて、俺はハードノッカーを握ったままの拳で、思わず右耳を塞ぐ。
「マイ! 光くれ! 引きつける!」
「回復はパートが先だから!」
俺が駆け出すと同時に、もう一度光が壁面を滑って、3匹のレンザバンが照らし出される。右の壁面に張り付いて、お互いの体を縦に接続している。
右フックで丸ごと吹き飛ばすか、左フックで頭の一体を壁にめり込ませてやるか。
いや、マイはあの時6体いると言ったはずだ。まだ光の向こうに3体いる。確実に潰したほうがいい。
ズゴンッ!
拳の衝撃で、遺跡の石壁が砂埃を吐き出す。
肘が軋んで、自分が力みすぎていたのを感じる。拳を引き抜くと、レンザバンが真っ二つにひしゃげて、ガシャンと虚しい音を立てて床に転がった。
次も叩けるかと思ったが、相手のほうが早い。
壁面から飛び上がったレンザバンは、中空から俺に向けて弾丸を放つ。
ビシャッ!
飛びのいた俺を捉え損ねた弾丸が、壁面で妙な音を立てて炸裂する。
それに気を取られた瞬間、ボディーブローの衝撃が俺を突き抜けた。
何かが腹部で飛び散る。
血・・・? 腹に穴が空いたのか?
たしかに妙に腹が冷たい。
でも痛みは、ドレイクに噛まれた時ほど滅茶苦茶なものじゃない。
「マイ! こいつら何撃ってるんだ!?」
試みに出してみると、声も元気に出せた。どうやら重症ではないらしい。
「水よ! 説明したでしょ!? 水圧銃なの!」
「ミズ? ミズって、あの水?」
水ごときが、こんなに腹に響く一撃になるはずがない。
「拳が…早ければ恐ろしいと…同じ、です」
パートの声が聞こえた。どうやら気絶で済んだらしい。
さっきのやつの直撃を不意打ちで2発受けたのなら、防具をつけていないパートにはたしかに重い。
「なら、俺のパンチの方がッ」
全身のバネを使って跳躍する。
中空から水を放ったレンザバンは、床に落ちて連結が解けている。飛びかかるように、そのうちの一匹を叩き伏せる。わずかに体を動かして無益な抵抗を試みたクモ型の脚を叩き潰す。動きがトロくなったところに掴みかかり、体を回しながら階段下に向かって全力で叩きつける。
殴り潰した感触からいって、そう強固な装甲を持っているわけではない。小動物が潰れるくらいの衝撃で叩きつけてやれば、まず再起動は不可能だろう。
目の前に残されたレンザバンの射撃は、ずいぶん勢いがなくなっている。どうやら、連結して威力を底上げするみたいだ。となると、奥のやつはまだ威力があるはず。
光の届かない暗闇に向かって身構える。どこから撃ってくる?
パァン!
高い破裂音が響くと同時に、俺の左足が冷たい衝撃に掬いあげられる。軸脚を突然全力で引かれたようなあっけなさで、俺は右肩から石造りの床に叩きつけられていた。
「…ッ!」
這いつくばりながらも、とっさに敵の位置を確認する。すでに俺に飛びかかろうとしているレンザバンの腹が見えた。
スコンッ!
小気味好い音が頭上で鳴って、レンザバンが転がり落ちる。その体には矢が貫通していた。パートの恨みでも乗ったのか?
床を両手で打って跳ね起きると同時に、神聖魔法のマナが俺に注がれるのを感じる。
残りは奥に控えている3匹。
「来いよ!」
無意味とわかっていても、挑発のポーズをとる。魔動機が挑発に乗ることがあるなら、それはそれですごいことなのかもしれない。
見えない相手の射撃をかわすのは、まず不可能だ。つまり、俺はここで一発を耐える以外に方法がない。
再び、高い破裂音が響く。それとほとんど同時に、顔の前に組んだ腕に水が突き刺さるように破裂した。
「突っ込む!」
俺が言うのとほとんど同時に、前方を照らしていた照明がぐらりと揺れて、俺の影が大きくなり、近場が真っ暗になる。光の先にレンザバンが3機連なっているのが見えた。視界の右上に、光を放つマギスフィアが現れ、飛び上がりながらそれをキャッチして左手に持ち替える。
マイの判断力に感謝しないといけない。あの瞬間にマギスフィアを投げ渡そうなんて、ふつう考え付かない。
でも、これで左手が潰れた。
ぐっと踏み込んで右手を振り下ろす。前半分を叩き潰されたレンザバンを続けざまに蹴り飛ばす。
文字通り蜘蛛の子を散らすように、残りの2体が分離して、左右の壁に逃げだす。
左右からの射撃で俺をかく乱しようというのかもしれないが、威力の落ちた水は俺にとって脅威にはなり得ない。魔動ライトを左のレンザバンに向ける。
炸裂音とともに右の拳を突き出す。再び揺れた遺跡全体が埃を吐き出すほどの威力は、しかしレンザバンの本体をとらえ損ねる。脚を一つもがれたレンザバンは壁から跳ね上がって追撃を逃れようとするが、そいつは飛んだ目算違いだ。
体を開きながら、飛び去ったレンザバンの落下コースを推測する。軸足を右から左に動かし、右脚をしなやかに振り込む。格闘用に金属棘を仕込んだブーツが、落下するレンザバンに直撃した。
ほとんど同時に、目の前に、二つの脚を矢に射抜かれたレンザバンが転げ落ちてくる。俺は躊躇することなく、地につけたばかりの脚をもう一度上げ、そいつに全力で叩き落とした。