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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
時の抵抗(1)
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カロン遺跡への侵入

 たった一度の襲撃は、俺たちの警戒心を呼び覚ますには十分すぎた。それからは無駄話をするような余裕はなくなって、俺たちは張り詰めた緊張感を保ったまま慎重に進んだ。


 海オウムと、ほかのよく知らない鳥の声が何度もこだました。でも、もうそんな彩り豊かな声に、誰も耳を貸そうとはしない。ただ黙々と、自分たち以外の存在が草木を揺らすことがないか、あたりに目と耳を凝らし続けていた。


 そんな極度の緊張にあったから、マイが大きく息を吐いた音に、俺たちはすぐに反応できた。


「無事に到着できたみたい」


 マイが指し示した先を見ると、また一つの茂みの先で、石造りの遺跡が森に埋もれていた。


「3人は、さっそく遺跡の調査を頼む。日没までに遺跡の入口付近までは安全を確保するぞ。セシリアさんは、私と外周の調査を」


「ちょっと一息つかない?」


 威勢良く指示を飛ばすレイラに俺がこぼすと、バイクをおりてマギスフィアに収納するパートがすぐに応じる。


「いえ。出発を遅らせた以上、せめて拠点の確保までは済ませてしまうべきです」


 あまり口を開かない分、パートの言葉には重みが出る。マイやレイラに言われたら、俺も少しは反論してみるけど、パートにはそういう駄々をこねてみる気にもなれない。


「ほら、アレン、冒険者としての腕の見せ所でしょ?」


 後ろのセシリアさんが、耳元でささやくように言った。遺跡に到着してせっかく緩んだ緊張がまた全身を駆け巡って、肩をビクッと強張らせてしまう。


「セシリアさん、あんまりアレンをいじめないであげてくださいね?」


 その様子を見ていたマイが、苦笑いを浮かべてそう言った。


「あら、ごめんね、アレン」


 セシリアさんがひらりと馬から飛び降りて、レイラの馬の荷ほどきを手伝い始める。


「しかし随分でかい遺跡だな。ほんとにまだ調査されてないのか?」


 都市から近い位置にある大規模な遺跡の大半は、すでに冒険者たちによって探索されているはずだ。3階建てだか4階建ての遺跡がまだ調査されていないなんていうことは、あまり考えにくい。


「実際、記録には残っていないから、たぶん未調査なのよ。わざわざこんな森の奥までやってくる冒険者がいなかったのね。ノリスさんたちを除いて」


 話に聞いている限りでは、親父とラマンさんたちが20年くらい前に発見した遺跡らしい。結局、親父たちはその後すぐに解散してしまって、遺跡の調査は行わなかったうえ、全員がこの遺跡の情報を秘密にしてきたとか。


 もっとも俺だけは、親父の武勇伝の一つとして、この遺跡の話を聞いたことがあった。調査しなかったくせに、親父はこの遺跡を、巨大で極めて価値の高い遺跡だと信じて疑っていなかった。もし本当にそうなら、とっくにルキスラ帝国が調査に入っているはずなんだけど。


「じゃあ行こうか。レイラ、くれぐれも気をつけて。セシリアさんも、無理しないでね」


「アレンこそ、出過ぎるなよ。今日は私がいないんだからな」


 ガストから斧を受け取ったレイラが、また少しよろけながら言う。

 別行動で戦闘することになるのは、パーティに参加してからはじめてかもしれない。これまで二人の信頼で戦ってきた俺たちにとって、心細さと不安があるのは事実だ。


「強敵がいないことを祈りましょ。ほら、アレンが先頭。わたしたちはついていくから」


 マイが俺の背中を押して、苔と蔦で覆われた遺跡の真ん中に開いた、暗い口に向かわせる。


「待って、マイ! 俺、暗いところ見えないから!」


 マイとパートは夜目が利くっていう話を、盗賊退治の時に聞いた。二人とも自分の基準で考えて、暗さなんて気にしていなかったんだろう。


「あ、そうだっけ? パート、今日は銃使わないでしょ?」


「そうですね。私が明かりをつけましょう」


 懐から取り出された小さなマギスフィアを指でノックすると、真っ白な光が放たれた。


「これで10mくらいの視界が確保できます。松明を消費するよりは効率的でしょう」


 そう言うと、パートは光をかざしたまま遺跡の入口に進んで行く。どうやら、今日はパートが先陣を切るらしい。照明の都合とはいえ、少し不安だ。


「俺が持とうか?」


 その背中に声をかけると、振り返ったパートは相変わらずの無表情で返事をした。


「いえ。落とされては困りますから」


 小さなマギスフィアなら、盗賊退治の時に2つも余計に買ってただろ、とは言わずに置く。きっと一つ一つが大切なのだろう。

 そのまま遺跡に足を踏み入れたパートを追って、俺とマイも遺跡へと進んだ。


「やっぱり暗いな」


 パートのマギスフィアの光は、ずいぶん遠くまで照らしてくれていたものの、長い廊下の先までは見ることができない。暗視能力のある二人なら、あるいは見えているのかもしれない。


「パート、ちょっと待って」


 呼びかけると、マイは壁を撫でたり叩いたりし始めた。

 蔦がところどころ走っているとはいえ、内部は外観ほど荒れてはいないみたいだった。ひょっとしたら、まだ魔法的な力が機能しているのかもしれない。


 マイが壁やら柱を調べている間に、俺とパートは少しだけ進んで、階段を発見した。3階建てだか4階建てなのだから、階段くらいあるだろうと思っていたけど、見つかった階段は予想を超えていた。


「地下があるのか?」


「そのようですね」


 上り階段と下り階段が隣り合わせて配置されていて、下り階段の先には強固な壁がある。たぶん、なんらかの理由で封鎖されている壁で、魔法だか何かで壁がなくなるに違いない。


 いまのところ、耳をすませてみても生物が動くような音は聞こえない。森の中にあれだけ強い動物がいたのだから、この遺跡の中にも相応に強い何かが棲みついていておかしくない。もし棲みついていないとすれば、それだけ強い魔法生物なり魔動機がこの遺跡を防衛していたことになる。


「やっぱり魔動機文明時代の遺跡みたい。防衛用の魔動機がまだ機能していることがあるから、下手にボタンとか触らないでよ」


 壁やら柱やらを見ただけで、マイは建築年代を特定できたらしい。遺跡によく残されている魔動機については、ずいぶん前に勉強させられた気がする。ヤーマが現れた日だったか。

 それを思い出すのと同時に、そんな勉強成果がすっかり記憶から抜け落ちてしまっているのに気づいた。


「えっと、ボタン? 服の?」


「魔動機のボタン。こう、丸くって、少し出っ張ってるのがあったら、それ」


 呆れ顔のマイが言う。「モリス村じゃ魔動機なんてそうそう見ないんだから仕方ないじゃないか」と言おうとしたところで、ひょっとしたらこれも教わってたのかもしれないという考えが頭によぎる。もう何を教わっていたのかもわからないくらい、何もかも忘れてしまっているみたいだ。


「一階の廊下は、安全そうです。地下はわかりませんが、そう大きな遺跡ではなさそうですね」


 パートが辺りを照らしながら確認すると、階段の他には扉の残骸のようなものが倒れていて、小さな部屋が残されているだけのようだった。中には魔動機も残っておらず、戦う必要はなさそうだ。


「あそこは、まだドアが壊れてないな」


 廊下の一番奥に、観音開きの扉が残されていた。これだけ植物に飲み込まれて、まだ扉が機能しているとは考えにくい。蹴り開けようかとも思ったけど、とりあえず、近寄ってドアノブに手をかけてみる。


 ギィッ


 軋むような音がしたものの、扉は普通に開いた。


「アレン、そういうのに気をつけてって言ってるの」


「へ?」


 ドアノブを持ったまま振り返ると、マイが頭を抱えていた。


「ボタンじゃなくても、扉を動かしただけで機能する魔動機だってあるの。とにかく、不必要にものを触らない。いい?」


「わかったよ」


 適当にそう応じて扉の向こうを覗き込むと、大きな階段状の広いスペースが広がっていた。ここだけは、不思議なことにまだ魔動ランプが全体を照らしている。見たところ、劇場か何かだろうか。


「なんか、劇場って、こういうのなんだろ?」


 そのまま足を踏み入れて、扉を抑える。マイとパートも俺に続いた。


 ギィッ


 手を離して、扉がまた軋む。


 バタン


 扉が閉まった音が響くと同時に、耳を貫くような轟音が響いた。


 ビーッ、ビーッ!!


「なんだこれ!」


「だから言ったでしょ! アレンのバカ!!」

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