気の抜けた出発
「いや、レイラ。それは…いくらなんでも、無理だと思う」
大斧を担いだレイラを見て、マイがため息交じりに言う。親父から怪力の腕輪を借りてみても、やっぱり力不足で、レイラの足元がおぼつかない。
「それに、そんなの、馬が保つの?」
「それについては…」
レイラが斧を振り下ろして地面に突き立てると、馬にまたがった。すでに馬には、宿泊用の毛布がくくりつけてある。
「たぶん大丈…んっ、とっと」
馬の上から、地面に突き刺さった斧を片手で引き抜こうとしても、力がうまく入らないみたいだ。馬の方がわずかによろけてしまう。
「すまん、アレン。手伝ってくれないか?」
「俺? たぶん俺じゃ持ち上げらんないよ、これ」
そう言いながら、斧を持って引っ張ってみる。腕だけで引こうとしたら、肩が外れそうなほど軋んで、俺は思わず手を離した。
「なんだこれ!! レイラ、これ頭おかしいって!」
「アレン違うんだ、腰を入れて持ち上げろ、腰を」
いや、もうそういう問題じゃない。いったいこんなものを、どうやってレイラは担いでいたのか、さっぱりわからない。
「いやレイラ、これは無理。俺の力じゃ、すこし持ち上げるのでやっとかも」
もう一度レイラが馬上から引き上げようとして、馬の方がバランスを崩す。
「ふむ…仕方ないな。歩くか」
「だーめ。諦めて」
馬を使わずに歩いてしまうと、調査に使える時間が減る。それでは元も子もない。
「でもレイラが戦えなかったら、調査どころじゃないだろ? それなら歩いた方がマシなんじゃないの?」
「あー、うーん、それもそうなんだけど…」
そう言って頭を抱えたマイの後ろから、声が投げかけられる。
「お困りのようね、冒険者さま」
大きなリュックを背負ったセシリアさんが姿を表すと、レイラがすかさず馬からおりて一礼する。
「急にお願いしてしまって、申し訳ない」
「恩がありますから、お気遣いなく」
セシリアさんは頭を下げずに、手のひらで空気を撫でた。
「それでその斧ですけど、村から出たら、私に任せてください。護身用に魔法生物を2匹連れているんです。彼らに運ばせましょう」
そう言うと、セシリアさんが石を取り出して、指に挟んで示してくれる。石の中には、黒い影が渦巻くように動いていた。
「何が入ってるの?」
俺が思わず疑問を口にすると、セシリアさんより先にマイが応じた。
「ガストの…ちょっと強いくらいのやつ…ですか?」
興味ありげに覗き込んでいたマイは、その視線をセシリアさんの方に向ける。セシリアさんは頷いて、マイの予想が的中したことを教えてくれた。
「影法師みたいな?」
「あんなには強くないの。あのとき使ってたら、きっと死んじゃってたでしょうね」
そう応じて肩をすくめてみせたセシリアさんは、すぐに宝石を小さな袋にしまった。
「よし、これで問題は解決だな」
レイラが満足げに言って、斧を思い切り引き抜いた。パートがバイクの魔動エンジンを作動させると、唸りが辺りに響く。
「それで…私は、誰の背中に?」
左右を見ながらセシリアさんが問いかける。俺の馬の上にも、荷物がくくりつけてあって、レイラの馬にもあって、パートはもうマイを乗せている。これらが意味するのは、つまり…
「考えてなかったな」
「え?」
「いえ、違うんですよ! 考えてましたからね! 考えてましたとも!」
マイが慌てて取り繕うが、どう見ても予定があったとは思えない状態だ。セシリアさんが苦笑する。
「馬を、借りてくればいいかしら?」
「すみません、ほんっとすみません!」
マイが平謝りする一方で、レイラが俺の馬の荷物を解き始めた。
「一番安心するのはアレンの後ろだろう。斧を持たないなら、荷物は私の馬が引き受けられる。いいか?」
軽々とテント一式を持ち上げたレイラが、首を傾げる。珍しい女性らしい仕草に、少しどきりとさせられる。
「俺よりセシリアさんの方じゃない?」
「その方が、みなさんも安心かもしれませんね」
俺の言葉にかぶせるように同意したセシリアさんは、俺の腿に手を置いて、ふわりと馬上にまたがった。その動きで、あたりには花の香りが振りまかれる。セシリアさんの手が、俺の腰に優しく添えられた。
「よし、これで大丈夫だ。出発だな」
縛り付けたテントをバシンと叩くと、レイラは再び斧を引き抜く。地面には、もう5つくらいの斧の跡が残されていた。
改めて、レイラが俺たち全員を見くらべる。
「到着したら、私とセシリアさんで拠点確保。マイの指揮で3人は遺跡調査。パートは弾丸を温存して、弓矢で戦うように」
「改めて、消耗がひどいわね」
パートの後ろから、マイがため息まじりに言う。実際、これで強敵に襲われでもしたら、全員揃ってくたばってしまいかねない。
「私にまで話が来たのも納得ね」
俺たちの窮状を理解したセシリアさんも、同じ調子で嘆じてみせる。
「それでも、やらねばならん。以降、泣き言は無しだ。遺跡を発見して、村に朗報を持ち帰るぞ」
高く登った太陽を受けながら、俺たちの遺跡探索の旅が幕を開けた。