奇妙な共闘
商店街の北から脇道を折れれば、セシリアさんの診療所がある。もうすぐセシリアさんはここから出ていってしまって、村人の治療はスタンリー司祭が一人で担うことになる。親父も少しはできるんだろうけど、力加減がわからなそうで、患者の腕でも折ってしまいそうだ。
「セシリアさーん、いますかー?」
扉を開けて、いつもの調子を繕って呼びかけてみる。一週間前にマイにお使いを頼まれたときと同じ調子を保つことは、ちょっと難しかった。
「アレン? どうしたの?」
奥の方から、何かを抑えたようなセシリアさんの声が聞こえた。すぐにとたとたと慌ただしい音が聞こえて、弾むような歩調でセシリアさんが姿を現した。
珍しく髪を左肩に束ねている。
「支度は、すすんでる?」
いつ村を出て行く予定なのかわからないけど、セシリアさんは何かしら用意をしているはずだ。
「ええ、少しはね。アレンたちの出発に合わせて村を出るつもり。村自体も大きな区切りになるだろうから…」
セシリアさんと俺たちがいなくなったあと、村はどういう風に変わっていくんだろう。それを想像するのも、少し難しかった。
「忙しいところだと思うんだけどさ、ちょっとお願いがあるんだ」
「なぁに?」
少し甘えたような口調で応答されて、ドキッとしてしまう。セシリアさんが俺たちを攻撃しようとする蛮族じゃなくて、本当に良かった。
「レイラの剣が壊れちゃってさ。これからカロンの森に調査に入るんだけど、ちょっと戦力不足なんだ。それで、もしかしたら協力してもらえないかなと思って」
俺が言うと、セシリアさんの表情が曇る。俺の頼みだから、断ることはないんだと思う。でも、正体を知る冒険者たちに人目のない森の奥にまで連れ出されるのは、あまり安心できることじゃないのかもしれない。それがたとえ俺の誘いであっても。
「アレンたちには恩があるから、引き受けてあげたいんだけど…」
言葉を濁す。目線を下ろして考えるそぶりをする。断る理由を探しているのかもしれない。
「レイラの提案なんだ。俺も驚いたんだけど」
セシリアさんが目を丸くする。俺たちの中で一番警戒心を崩さなかったレイラが、セシリアさんに声をかけるなんて、想像できなかっただろう。
「レイラさんが…」
少しだけ、心が動いたみたいだった。
「でも、私はずっと人間の姿でいられるわけでもないの。1日に何時間かは本当の姿に戻らないと、力が持たないから。だからあなたたちにも、蛮族の姿を見せることになる。そうなったときにも、あなたたちは優しく接してくれる?」
上目遣いに尋ねるセシリアさんは、やっぱり綺麗だった。人間の姿の内側に、蛮族としての本来の姿が眠っていたとしても、今のセシリアさんは間違いなく、綺麗で可愛らしい人間そのものだった。
「そんなに違うの?」
「まず腰から下は全部蛇になるの。それから、髪の毛は今よりも少し伸びたと思う。あとは、顔が少しだけ変わるわ。少しだけ目がつり目になって…あとはあんまり」
セシリアさんの立ち姿を見ながら、想像してみる。腰から下が蛇になるっていうのがよくわからない。セシリアさんはいつも長いスカートを穿いていたけど、そこから足が出てるんじゃなくて、蛇の尻尾が出ていると考えたほうがいいのかな。
「ダメ、アレン。想像しないで」
俺が見つめていた腿のあたりを、両手でわたわたと払う。思わず顔を上げると、セシリアさんが少し頬を赤くしている。
「いくらなんでも、見過ぎよ、アレン。そんなに見られたら、ちょっと、困るでしょ?」
「ああ、ごめん」
「遺跡の調査ってことは、しばらく泊まるんでしょ? いくらなんでも、蛮族の姿をした私と同じテントで眠るのは、避けたいんじゃない? それに…」
セシリアさんはこれまでで一番言い淀むと、胸の前で両手を結んで気まずそうにそれを見つめる。
「なにかあるの?」
「…うん」
叱られて弱った少女のように、目線を下ろして泳がせる。
「俺たちでなんとかなることなら、全部どうにかするからさ。お願いできないかな」
「うん…そうしたいんだけど…。ほら…あの…」
結んでいた手を開くと、今度は左右の指の腹を押し当てて、鼻の前に持っていく。蛮族の姿になる以上に、何か言いにくいことがあるのかもしれない。もしかしたら、俺が男だから言いにくいのかな。
俺に言いにくいことっていったら、何があるだろう。同じテントで泊まるのが嫌? 湯浴みできないのが嫌とかかな? でもそのくらいのことなら、蛮族の姿になることのほうがもっと上のような気がする。
「アレンたち以外に、人間がいなかったら…ほら、私…食事が…」
「食事?」
口に出してから、すぐに思い至る。セシリアさんはラミアだから、人間の血をひとすくいだけ飲まないと、生きてはいけない。つまり、俺たちの誰かの血を吸わないといけないってことだ。たしかに、こんなことは頼みにくいだろう。
「ああ、それなら心配いらないよ。俺のを吸っていいから。どうせ血なんて、戦ったらすぐにばらまくことになるし」
戦いのあとは、だいたい血まみれだった。傷口からも口からも、どれだけの血を大地に滴らせてきたことか、知れたものじゃない。この一週間で、俺の血の相場は大暴落の投げ売り状態に陥っていた。
「えっ!? でも、そんな…アレンの血を吸うなんて…」
セシリアさんが頬を両手で覆ってうつむく。
「なに? うまいとかまずいとかあるの?」
「ううん、全然。全然、そういうのじゃないんだけど…」
セシリアさんがブンブン頭を振って否定する。なにがネックになっているんだろう?
「…ほんとうに、いいの?」
申し訳なさそうな上目遣いで、セシリアさんが念を押してきた。
「うん、血については、問題ない。蛮族の姿が俺たちにどう見えるのかは、なってみないとわからないけど」
俺がそこまで言うと、セシリアさんは「うん」とひとつ頷いた。
「それで、出発はいつなの?」
「今日の昼だよ」
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げたセシリアさんが、両手をほおに当てたまま固まってしまう。
「えっと…あと、3時間くらいかな? 帰ってくるのは3日後くらいかも」
「…アレン?」
セシリアさんが慎重に言葉を置く。
「いくらなんでも、準備ってものがあるの。そんなに急に出て行って、村での治療はどうするの? 続けて煎じ薬を渡してる人もいるの。もう少ししかいられないけど、それでも最後くらいちゃんとやりたいじゃない」
セシリアさんは腕を組んで、少しだけ強く言った。それはいかにも、責任感のある優しい薬師らしい態度だった。
「じゃあ、難しい?」
俺の問いかけに、腕を組んだまま右手だけを出して、人差し指で空中に円を描きながら「うーん」と声を漏らす。しばらくして、その指がピタリと止まった。
「出発を2時間だけ延ばしてくれない? お薬の用意をして、ノリスさんに預けるから。」
「親父に?」
「アレンが私に迷惑かけるんだから、ノリスさんなら断れないでしょ? それに、アレンたちがいない間、お仕事なくて退屈だろうから」
セシリアさんは控えめにクスッと笑うと、すぐに身を翻す。
「そうと決まったら、急いで準備をするわ。またあとでね、アレン」
さっそくひとつの薬草壺に手を伸ばしていた。
「ありがとう。じゃあうちの前で、5時間くらいあとに」
「りょうかいです、冒険者さま♪」
セシリアさんは冗談めかしてそう応じると、もう一度上品に笑ってみせた。




