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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
穏やかに、賑やかに
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お祭り騒ぎのなかで

 この日のお祭り騒ぎで二番目に驚いたことは、マイが大はしゃぎしていたことだ。


 マイはあれからずっと人々の真ん中で、楽しそうに踊り続けていた。浅葱色の裾がひらひらと舞って、次から次に踊りの相手を変えながら、みんなに笑顔を振りまいて回っていた。


「マイって、一応、神官なんだよな? アステリア様の」


 その様子を笑いながら見ていたレイラに思わず尋ねてしまった。


「ん? 神官が踊ってはいけないなんて、そんな決まりはないからな。ましてやアステリア様の信徒だ。今楽しいと思うことをしないでいたら、かえって信仰に反するくらいだろう」



 そんな会話の後に、その日一番俺を驚かせた事件が起こった。

 食べ物を少しだけ抱えてステージに帰ってくると、パートが元の席に静かに座って、騒ぐ村人たちを見つめていた。


「パートも踊ったらどう?」


 そのときは冗談を言ったつもりだったけど、その言葉を聞いたパートは表情を変えずにヌッと立ち上がった。なんとなく、その目には決意がにじんですらいた。


「いやいや、冗談だよパート。こういうの苦手だろ?」


 物静かなパートが踊るイメージは全然なかった。それに、いくらなんでもこんな無表情で踊られたら、それはそれで雰囲気を壊すかもしれない。


「そうだなパート! わたしも久しぶりに見たいぞ!」


 突然、俺に続いて舞台に上がったレイラがそう言うと、パートはこれまで肌身離さず持ち歩いていた銃を脇に置き、マントを鮮やかにクルリとたたんでその上に置いた。


 続けて、小さなマギスフィアを足元に置く。パートが手を覆いかぶせると、それは一瞬光って左右に広がると、靴の下に消えていった。

 軽快な音楽が響く中、パートが俯けていた顔を上げる。


 タタン!


 パートが靴でステージを叩いた。

 そのリズミカルな響きに、何人かの村人がこちらを見る。パートは恭しく頭をさげると、指を鳴らしてリズムをとる。

 村人たちが、何事かと舞台の方を向きはじめたところで、パートは指に合わせて足でステージを蹴って、リズムを刻み始めた。


「なにが始まるんだ?」


「まあ、見ておけ」


 なぜかレイラが自慢げな笑みを浮かべる。


「ハッ!」


 掛け声と同時に、パートは華麗なステップを踏み始めた。

 とても目で終える速さじゃない。


「うおおぉっ! すげぇ! なんだこれ!」


 パートのすらりと長い足が目にも留まらぬ速さで動いて、まるで浮かんでいるみたいに、体が軽々とステージ上を滑っていく。パートの足が弾むたびに、音楽に合わせた軽快な音がタッカタッカと響いて、俺も村のみんなもすっかりその姿に魅了されてしまった。


「タップダンスといってな、パートはこれが得意なんだ」


 レイラが手を打って拍子をつけながら、自慢げに言う。パートが刻む小気味好いステップの音に、思わずこっちも体が動いてしまう。

 腕や上体はゆっくり動いているのに、足が一つ弾む間に4つも5つも音が響く。魔法みたいだったけど、すべてパートが鳴らしている音に違いなかった。跳ねてみたり、滑ってみたり、回ってみたり…表情は相変わらずだったけど、そんなもの誰も気にしなかった。パートの全身が、僕たちを最高に楽しくさせていた。


 最後にパートはクルリと一回転して、もう一度恭しく礼をすると足元に手をついた。再びマギスフィアが姿を現して、パートはそれを手に取った。


 誰からともなく始まった拍手が辺りを包む。


「もう! パートずるい!」


 すっかり主役の座を取られてしまったマイが、舞台の前で腰に手を当てて口を尖らせていた。


「ははっ。だが、マイ。今日はこの辺までにしておくぞ。明日は長旅に出発だからな。二人とも、慣れない運動をして寝坊されたらかなわないからな」


 レイラが笑いながらそう言うと、マイは少しだけ考えて「そうね」と返した。


 その横で、パートがマントを拾い上げて大げさに羽織ってみせる。それを見る村人たち…特に女性たちの目が、随分変わったような気がした。


「じゃあまたねー、みんな!」


 マイが跳ねながら両手を振って、俺たちは一足先にお祭り騒ぎを後にする。

 ちょっとだけ後ろ髪を引かれる思いがしたけど、俺はもう、ただの村人じゃない。冒険者だ。仕事のことを優先しなくちゃいけない。


 俺たちが集会場を去っても、みんなの熱気は治らないみたいだった。もうすっかり日も沈んでしまっているのに、いつまでやるのか心配になるくらいだ。


「じゃあ私も帰るかな」


 通りに出たところで、結構な量の食べ物を抱えた母さんが横から出てきた。


「あれ? 母さん、こんなに食べるの?」


 そう言いながら、大皿を持ってあげる。


「そんなわけないでしょ? これ、お父さんの分」


 そうか、レイラに剣を頼まれたから、いま作業してるのか。


「ノリスさんはお仕事してたのに、申し訳ありません」


 はしゃぎ過ぎていたマイがすぐに謝った。たしかに、一番楽しんでいたマイはちょっと謝った方がいい。剣をお願いしたレイラもレイラだけど。でも、レイラが初めに言ってたように、こうやって村のみんなと交流するのも冒険者の仕事なのかもしれない。


「いいのいいの。わたしだって、来ちゃったんだから」


 久しぶりに、母さんも上機嫌みたいだった。


「それにしても、みんな大はしゃぎねぇ。今日こんなにはしゃいだら、遺跡調査の後には、みんな倒れちゃうんじゃないかしら」


 大通りを進んでも、音楽が聞こえていた。


「だってみんな、ガストに怯えた後なんだから、ああもなるよ」


 村中に現れた影法師の手下たち。俺たちにとっては、数ばっかりの雑魚だったけど、戦い方も知らないし、あんなもの見たこともないみんなにとっては、あれは相当の恐怖体験だったに違いない。


「みなさん!」


 後ろから呼びかけられた。誰かと思えば村長だ。


「このたびは、本当にありがとうございます。なんといってお礼をしたらいいのか…」


「いえ、これが私たちの仕事ですから。村の皆さんに喜んでもらえたのが、私たちにとって最高のお礼ですよ」


 涙を流さんばかりの村長に、レイラがいい言葉を返す。正直、俺もそんな気分だった。


「今回のことで、村の皆さんからの信頼も大いに勝ち取れたと思います。集会場でカンパを募っておきますから、皆さんの経費に充ててください」


「あ、いいアイディアですね!」


 母さんがそう言うと、ポケットから銀貨袋を取り出して、3枚の銀貨を村長に手渡す。


「これ、うちからってことにしてください。宿を貸すだけじゃ、うちの娘たちの活躍には見合いませんからね」


 冗談交じりに言った母さんの言葉に、俺は少し嬉しくなる。


「わかりました。では、集めたお金は明日の朝にお届けしますよ。この村では使い道も少ないのが申し訳ないんですが…」


「お心遣い、感謝します」


「それでは、わたしはまた集会所のほうに行ってまいります。ごゆっくりお休みください」


 村長はそれだけ言って、いそいそと集会場に戻っていった。村が活気を取り戻しつつあるのが、相当嬉しいに違いない。


「しかし、使い道は考えなければならんな」


「レイラの剣だろ?」


 俺がすぐに提案したけど、レイラにはそのつもりはなさそうだった。


「まあ、遺跡調査でどのくらいのものが見つかるか次第かな。帝国からの報奨金で買えちゃうかもしれないし」


 マイは、レイラが何を考えているのか、少しだけ想像できているみたいだ。


「よし、とにかく明日だ。明日の昼には出発するぞ。荷物の分担は、前に決めた通りだ」


「了解」


 俺がそう返すのを、目を細めてにこやかに笑う母さんが見ていた。

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