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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
穏やかに、賑やかに
62/83

二つの愛情

 レイラと二人で大斧を宿まで運び終えると、俺たちも否応なしに村のお祭り騒ぎに引きずり込まれてしまった。

 この調子だと、今日は1日中、村はこんな調子だろう。


 みんな生活も苦しかったはずなのに、村中の酒と食事を集めたみたいな大宴会が真昼間から始まっていた。


「アレン! よくやった!」

「見直したぜ! 坊主!」


 集会場の広場にいつの間にか用意された小さな舞台で、レイラたちと一緒に並べられた俺にも、あちこちからそんな声が投げかけられた。


 蛮族の脅威が去り、村の安全が保障された。

 この村人たちにとって、これ以上ないほどの知らせであるのはたしかだった。これを凌ぐ知らせは、あと一つしかない。


「みなさん! こんなに喜んでくださって、感謝痛み入る」


 レイラが立ち上がって演説を始める。


「私たちは、蛮族に勝利した! この村と街道を危険にさらしていた存在は、すでにこの世から消え去った」


 わぁっと歓声が上がり、レイラは喜ぶ村人たちを見渡して、それが鎮まるのを待つ。


「しかし、私たちがみなさんに届けられるものは、ただ危険を排除し、安全を保障するだけにとどまらない」


 遺跡調査のことを知らない村人たちは、少し静かになる。


「私たちは、まだこの村を訪れて1週間程度しか経っていない。それでも、この村で生きる人々のたくましさ、強さ、そして優しさは、身を以て知ったつもりだ。あえて言おう、この村は最高の村だ!」


 もう一度、村人たちがわぁっと盛り上がる。

 しかし、レイラに演説の才があったとは知らなかった。でも、名家のお嬢さんで武人家系だったのだから、そのくらいのことはできて当然なのかもしれない。


「だからこそ! この村が不当にも帝国政府によって困窮に追いやられていることを、私たちは見過ごすことができない。私たちは冒険者にできる方法で、この問題にも取り組む用意がある」


 村人たちがざわつく。

 レイラの口ぶりは、よもや革命でも扇動しかねない勢いだ。


「私たちは明日から、村の西、カロンの森を分け入り、徹底的な調査を行う! もしそこに遺跡が見つかれば、それはこの村に再び人の往来を生むに違いない! 私たちの愛するこの村が、再び今日のような賑わいを取り戻す日は近い! 今日は蛮族討伐の祝いであり、その前祝いだ! 大いに楽しもうではないか!」


 レイラのよく響く声が、村人たちの心を突き抜けていく。

 みんなの顔が一層明るくなって、誰からともなく歓喜の声が上がった。


 村人たちの高揚にあわせて、再び楽器の演奏が始まった。みんなは、酒を飲んでは踊りに興じる。この喜びと嬉しさを、精一杯感じるために。

 俺が生まれてから、村のみんながそろってこんなに笑顔になっている日は、見たことがなかった。


「レイラの声ってすごいね」


 すっかり舌を巻いてしまったマイが、舞台の上でレイラに声をかける。


「明日の昼には発つ。だが、今日は、村人が満足するまで付き合おうじゃないか。これも仕事だ」


 そう言うレイラは、満足げな表情で笑っている。


「冒険者様!」


 俺とそう変わらない年齢の青年たちが4人、慌ただしく、先を争うようにレイラに声をかける。しかし、その声にレイラが反応して振り返ると、途端にお互いに顔を見合わせる。


「どうかしたのか?」


 誰も口を開かないのに耐えかねて、レイラから尋ねると、一人が帽子を手に持ってためらいがちに言った。


「一緒に、踊りませんか?」


「ぶっ」


 俺は吹き出して笑ってしまった。踊りなんてものから程遠いこの村の男たちが、村の誰よりも可愛いレイラとマイに踊りのお誘いだなんて、滑稽にもほどがある。それにレイラは名家のお嬢様だ。きっと、知っている踊りは別の踊りだろう。


「すまんな。私は、こういう踊りはよく知らないんだ」


 案の定レイラが断る横で、意外にもマイが歩み出る。


「ようし、君たち。誰がわたしを一番上手にエスコートできるか、男を見せてくれるかな?」


 そう言って俺の方を振り返ると、一つウインクする。

 言葉がなくても、それが意味することはよくわかった。


「レイラ! まずはこの村のうまいもの、全部食うぞ!」


 俺はレイラの手を引いて、走り出す。


「アレン! お前、ずるいぞ! 独り占めか!」


 村の仲間たちが後ろから非難するけど、そんなのは関係ない。

 レイラも素直に俺についてくる。この天使様は、踊りなんかより食いもんが好きなんだよバーカ!なんて、あいつらに心で言い返す。


「レイラ、ほらあっち! この辺で取れたオレンジ、好きだろ?」


 そう言ってレイラを振り返ると、レイラがすぐに顔を伏せて目をそらす。


「ん? レイラ? どうした?」


 手を握ったまま、少しかがんでレイラの顔を覗き込もうとする。


「な、なんでも、ないぞ」


 声に動揺が見え隠れするけど、いつもの調子を取り戻して、レイラは顔を上げて俺を見た。演説で興奮したのか、少しだけ頬が赤い。


「ごめん、突然で驚いたよな。でも、踊るよりこっちがいいだろ?」


 俺が笑いかけると、レイラも笑った。


「ああ。私は、この村の食べ物、好きだぞ!」


「俺は、」


 たぶんガーネットさんが作ってくれたんだろう、オレンジのタルトを一つとって、レイラに手渡す。


「レイラがうまそうに食べてるの見るの、好きなんだ」


「なっ!…ど、どういう顔して食べればいいのかわからなくなるじゃないか!」


 俺が言うと、受け取ったタルトを食べ損ねたレイラが、珍しく恥ずかしがった。


「大丈夫、絶対美味しいから!」


 俺も一つを手にとって、口に放り込む。一つ噛んでタルト生地がサクッと砕けると、クリームの甘さに続いて、オレンジの酸味が弾ける。


「やっぱうまい! ほら、レイラも!」


 俺に促されて、レイラがタルトを一口頬張った。


「うん! 美味しいな!」


「だろ?」


 レイラの嬉しそうな顔が、俺の胸の奥で新しい感情を爆発させる。

 いっつも戦ってばっかりだけど、こんな時間だって過ごすことができる。

 嬉しくて、楽しくて、自分が何を考えてるのかよくわからなかった。


「あ、お母さんがいるぞ!」


 一度解いていた手を、今度はレイラが握って駆け出した。

 その先には俺の母さんがいる。母さんは、喧騒から少し外れたところで、みんなが踊るのを眺めて微笑んでいた。


「母さんも来てたんだ」


 俺が声をかけると、俺たちが繋いだ手をちらっと見る。口を手で隠しながら、優しくクスリと笑った。


「レイラさん、アレンのエスコートで大丈夫ですか?」


「エスコートとかじゃないよ」


 恥ずかしくなって手を離そうとしたけど、レイラの方で離してくれなかった。それに気づいて、ますます恥ずかしくなる。


「お母さんの料理はないんですか?」


 余程うちの料理が気に入ったみたいだ。母さんも嬉しいだろう。


「今日はお休みです。それとも、何か作りましょうか?」


「そうですか…。明日の朝、楽しみにしてますね」


「昨日が野営で食べられなかったからな。レイラ、母さんと親父の料理、すごく気に入ってるみたいだから」


「ありがとう、レイラさん」


「アレン、わかってないな! 明日の昼に出発したら、帰ってくるのは3日後だ。そしたらこの村から出るまでに、あと1日しか残されてないんだぞ! 夕飯はあと1回か2回しか食べられないんだ!」


 レイラが力説する。

 言われてみれば、そうなのか。遺跡調査の首尾がよくて、最後の日にまたこんなお祭り騒ぎがおきたら、ひょっとしたら、もう母さんたちの料理を食べる機会がないのかもしれない。


 言葉が、うまくでてこない。


 俺も、食べたいって言えばいいのかな。でもなんか気恥ずかしいような気もするし、それは俺の言葉じゃないような気がする。


「こんな調子だから、頼むよ、母さん」


 俺が言うと、母さんは「任せときなさい」と言って微笑んだ。

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