黎明
空が白み始めて、星が明るい空に吸い込まれ始めた。
猛獣も蛮族も現れない、平和な一夜が開ける。
あたりから、自分たちの仕事を思い出した鳥たちが、いろんな声でさえずり始める。木々も少ないのに、たくさんの鳥たちがこの山に住んでいたらしい。
「しばらくしたら日が昇るね。こんな山の上から朝日を見るのって、わたし、初めてかもしれない」
マイが立ち上がって、服の裾についた砂を払う。
「海の向こうから昇る太陽も、すっごく綺麗だけど、山の上から望む夜明けもきっと綺麗だよ。もう少ししたら、レイラたち、起こしてあげよっか」
冒険者として働き始めて一週間。蛮族の部隊を討伐してひと段落ついたこのタイミングで、パートやマイとゆっくり話す時間が持てたのは、俺にとってすごくいいことだったと思う。
パートは、静かだけどよく話を聞いてくれるし、レイラや俺たちのこともよく考えてくれているってことがわかった。
マイは、いつもはしっかりしてて賢くて、頼りになる参謀だけど、夢見がちで何よりも自由を愛する人だってことがわかった。
「そうだな。この焚き火は、どうすればいいの?」
少しずつ明るくなる世界の中で、一晩俺たちのテントを守ってくれた焚き火は、すっかりたくさんの灰が溜まりつつあった。
「本当は綺麗に処理したほうがいいの。特に敵地ではね。こっちの居場所を教えるようなものだから。でも、今はもう敵はいないし、かえってあれを焼く火種にしたほうがいいかも」
マイはそう言って、ドレイクの遺体を指差す。
あんな大きなものを焼くと思うと、ずいぶんな量の薪が必要になる。
「でも、今はそんなことは考えずに、綺麗な夜明けをみんなでながめよ?」
そう言って、マイは首を傾げながら笑いかける。
世の男たちを簡単に魅了する、可愛らしい笑顔。誰かいい相手が見つかるといいね、なんて。余計なお世話なのかな。
「レイラ! 日が昇るの、一緒に見ない? 絶対綺麗だから! ね?」
テントに半身を入れて、マイが呼びかけている。
すっかり目覚めていた馬たちのところにいって、俺は相棒の首を叩く。
「お前たちもよく見とけよ」
夜明けを見るのは久しぶりだった。
ちょうど一週間ぶり。
俺がたった一人で森に向かっていたとき、空は同じように白んで、はなれ森の鳥たちも似たような声をあげていた。
でも、あのときとは、俺の世界は大きく変わっていた。
一緒に日の出を見る仲間を、俺はこんなにたくさん持つことができた。
「今日が本当の、冒険者アレン・バッツの目覚めだ」
相棒に向かって小声でこぼす。
あのとき、俺は同じことを思っていた。でもまだいろいろなことを知らなかった。冒険者に必要なこと。仲間がいるからできること。仲間のために戦うこと。
「アレン! こっちだ! もう昇ってしまうぞ!」
レイラが子供みたいにはしゃいで、昨日踏み台にしていた大岩の上に跳び上がる。
「よし、お前たちも来いよ。岩の上までは、無理だけどさ」
馬に声をかけると、珍しく俺の相棒も素直についてくる。
「おはよ、パート!」
「おはようございます」
パートの横を小走りに抜けて、レイラがマイを引っ張り上げる横から、岩の上に跳び上がる。
「よっと! まだだろ?」
「もう少しだ!」
俺に続いて、パートも軽々と岩の上に跳び乗る。四人で立っても十分な広さがあったけど、俺はレイラの肩に手を置いて身を寄せる。
「レイラの羽でよく見えないぞ!」
「なっ、嘘をつくな! 私は広げてないぞ!」
レイラが勢いよく振り向いて、俺を見る。予想はしてたけど、近くでその顔を見ただけで、ドキッとしてしまう。
「レイラ、いい提案がある。跳んだら、もっと高いところから見られるぞ?」
「おお! その手があったか!」
俺たちのその様子を見て、マイが口を隠して小さく笑う。俺の心境の変化なんて、マイには丸わかりなんだろうか。そう思うと気恥ずかしいけど、それでも、レイラとこうやって話すのは、俺にとって何よりも嬉しくて楽しいことだった。
「私が跳んだらアレンも跳んでこい。一度空中で止まれば、少しくらい重くても私の羽で支えられるぞ」
そう言うと、レイラが身をかがめて跳ぼうとする。
俺はその肩に置いた手を離さない。
「ダメ、レイラ。ここから前に飛んだら、私たちに見えなくなっちゃうでしょ?」
マイが逸るレイラを諌めて、東の空に視線を向ける。
「なっ、マイ! いいだろう!? 私は高いところで見たい!」
「マイ先生が言うなら仕方ないよ、レイラ」
肩に置いた手を優しくトンと弾ませると、レイラが不思議そうに振り返る。
「…そうだ、アレン! アレンなら、私を持ち上げられるだろ!」
何を考えていたのかと思ったら、少しでも高いところから見たかったらしい。本当に、こういうときだけ子供っぽい。でも、そういうところも嫌いじゃない。
「そんなことしたら、俺が見えないだろ?」
「レイラ! もうすぐ昇るから静かに見てて!」
マイも一緒になってレイラを諌める。
「うぅ…」
はしゃぎすぎて怒られた子供みたいに、レイラがいじけた声を出す。
ようやく大人しくなったレイラは、それでも見るからにウズウズしながら、地平線の彼方を見つめている。
俺はレイラの肩に手を置いたまま、地平線と、そのレイラの後ろ姿とを、交互に見ていた。
ふいに、遠く地平線の果てに光の筋が走った。
空が割れたみたいに、地平線沿いの真っ赤な空の真ん中に、まばゆい陽が灯る。草原がその輪郭線を残して暗く沈み、空の美しさを讃えている。
小さな、それでも、これ以上ないほどに、強い光。
俺たちは、そのあまりに美しい光景に、思わず息を飲んだ。
よくわからないけど、俺は、泣きそうになっていた。
そして、肩に手を置いたレイラを、そのまま、抱きしめたいとも思っていた。
この景色は、忘れられない。
レイラの肩に手を置いたまま、その後ろ姿と、その向こうで昇る太陽のある景色を見ながら、そう確信していた。