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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
冒険者アレンの誕生
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アレンの挑戦

 俺が化け物を殴り倒したと聞いて、親父は大笑いし母さんは心配そうに俺を抱きしめた。


「やっぱり俺の息子だな!グレイリンクスを殴り倒したっていうんなら、まあ駆け出しの冒険者にしてはやる方だ。お前もいっちょ旗揚げするか?」

「ふざけないでよ!アレンが怪我したら大変だったんだから!」


 そんな夫婦のやりとりがあって、俺はしばらくして解放された。

 もう夜だった。なんだか時間が経つのが早いような気がした。


 今日はセシリアさんのところに行って、森で化け物をぶん殴って、昨日は冒険者が来た日だ。その前は…何をしていたんだろう。


 商店街で買い物をして、絡んできた不良をぶん殴って、裏庭でトレーニングをして、宿の部屋掃除をして…そんな生活だった。

 セシリアさんと一緒に森に入っても、一度も化け物となんて戦わなかった。


 冒険者。


 都会の役人たちと同じくらい遠い存在だったものと、俺は今日一緒に戦った。

 レイラが傷つかないようにとっさに拳をふるって、俺は彼女を守った。


 当の本人からは怒られてしまったけど、俺はそのつもりだった。


 でも、もし俺が本当に冒険者になると言ったら?


 親父は大喜びするだろう。

 母さんは心配するんだろうか。


 村長はきっと複雑な顔をするだろう。

 たしか息子さんが冒険者になると言って旅立って、帰ってきていないって噂だ。


 セシリアさんは、私のボディーガードをやってとか、調子のいいことを言うんだろう。


 レイラは…


 別に彼女は関係ない。俺は一人でディザに向かって、そこで仲間を募ればいい。

 彼女なんてまったく及ばない、伝説的な冒険者になってしまえばいい。

 それだけの話だ。


 それなら、箔をつけよう。


 たった一人で大蜘蛛を叩き伏せ、冒険者案件をこなした期待のルーキー。

 悪くない響きだ。


 深夜、俺はこっそりと部屋を抜け出して倉庫へ向かった。

 埃をかぶった箱の中に親父の古い装備が眠っている。


 複雑なものはつけ方がよくわからなかったが、拳を覆う皮と金属のシンプルな装備が目に入った。これなら俺にも使える。


 化け物の骨と強度比べなんてする必要がなさそうだ。これならあんな化け物の頭蓋骨くらい、一瞬で粉々に粉砕できる。


 蜘蛛の一匹殺すのに防具はいらないだろう。

 この武器だけを持って、日が昇る頃に戦いを挑もう。


 そして朝食までに戻ってみせて、こう言うんだ。

「雑魚蜘蛛なら、俺が倒しといたぜ」


 なんだか可笑しかった。まだ村人全員が眠っている村を歩きながら、湧き上がる笑いを抑えるのに必死だった。

 レイラはどんな顔をするだろうか?

 朝食を口に詰め込みながら、相当マヌケな顔を見せてくれるに違いない。

 その顔を見て笑ってやるためだけに、俺は夜明け前の村を進んだ。


 パルウィリーさんの家の脇を抜けたころには、空が白み始めていた。

 日が昇る。

 まだ薄暗い森の中を、俺は川辺まで進む。

 ここから川沿いに下れば、迷うこともないだろう。相手だって生き物だ。水くらい飲みに来る。そこを俺がぶん殴って、おさらばだ。


 森の木々の間に、白い筋が走り始める。

 夜の間に草木がまとった水滴が、光を浴びてキラキラと光る。

 苔の匂いが肺に広がって、森の目覚めを教えてくれる。


 他ならぬ、冒険者アレン・バッツの目覚めだ。

 俺はそんなことを思う。世界が俺の勇敢さを祝福している。


「シャァァァッ!」


 どこからか奇声が響いた。

 昨日の化け物とは違う声。声があるということは、蜘蛛でもない。


 慌ててあたりを見渡すと、木の枝に大きな黒い袋がぶら下がっている。


「シャァァァァッ!」


 いや、袋じゃない。あれはコウモリだ。

 俺は身構える。威嚇してきたということは、向こうはすでにやるつもりだ。こっちだって退くつもりはない。


「来いよ、クソコウモリが」


 こちらの一言を合図にするかのように、枝から離れたコウモリは空中でくるりと反転しながら、大きな翼を広げる。

 一回目の交差が勝負だ。これで俺が奴を叩き落とせれば、俺が勝つ。


 飛びかかる巨大コウモリの顔面に拳を叩き込む。

 金属で上乗せされた俺の拳が相手の眉間のど真ん中に突き刺さり、異様な音を上げて陥没する。勢いを失ったコウモリが地面に落ちるより先に、俺は左の拳でその頬を抉る。

 勢いよく弾き飛んだコウモリの頭部が、首の骨を軋ませるのがわかる。

 それを見計らって、俺はだめ押しのアッパーを繰り出す。


 意識を失って地面に落下しかけたコウモリの全体重が、首を突き上げる俺の拳と正反対の力となって、その体を地面に押し付ける。

 首の骨が限界を迎えたのか、仰向けに地面に倒れたコウモリの首は伸びきってしまっていた。


 目にも留まらぬ三連打。勝負は一瞬だった。


 その瞬間に二つの命が交差して、一方が途絶えた。

 残されたのはこのコウモリの呼吸が止まったという結果だ。


 こいつにも唾をくれといてやろう。

 愚か者への手向けだ。


 俺は強い。

 間違いなく強い。


 その確信が俺の全身の血液を沸き立たせた。

 これまでにないほど興奮し、全身から力がみなぎってくるようだった。


 拳一つで敵の息の根を止める。


 俺の人生でまだほんの二度目の経験。

 しかし、たった二回の戦闘で、俺の中の“タガ”が外れてしまったみたいだ。


 もう相手を殺さないように力をセーブする必要もない。俺の全力の拳を相手に叩き込んで、打ちのめして、殺せばいい。それが、拳闘士。グラップラーという生き方だ。


 コウモリの死骸を残して、俺は森の奥へと進む。

 もうあぜ道など全く存在しない。

 ここは人の立ち入らない領域。4人の冒険者が命を落とした森だ。

 そこを、俺はたった一人で歩いている。


 風が木々の頭を撫でた。

 森全体がざわざわと騒ぎ立てる。


 俺は目を閉じて化け物の気配を探る。

 俺に討伐されるためだけに生まれてきた、哀れな大蜘蛛。

 間違いない。この辺りにいるはずだ。


 右奥に何かが動くのを感じる。

 俺は沸騰しそうな頭に息を一つ入れて、拳を握りなおす。


 目を見開き、右足を引いて、拳を構える。


 木々の間を縫うように、真っ黒な影が走り抜ける。


(…早い!)


 大蜘蛛と聞いて想像していた動きじゃない。しかしその足の動きは間違いなく蜘蛛のそれだ。

 俺の目の前まで迫った蜘蛛は、燃えるような赤い目で俺を見据える。


 俺の体の1.5倍あろうかというその体躯は、相手するに不足ない。

 その姿を見てもなお、俺は全く怯まなかった。


 俺を見据えて余裕をのぞかせる大蜘蛛に、ご挨拶代わりの拳を繰り出す。

 目の前で立ち止まるなんて、野生生物はバカで戦い甲斐がない。


 右の拳が空を切る。

 そこにあったはずの蜘蛛の頭部がなくなっている。


 右足を踏み込んで左の拳を繰り出す。

 今度は捉えた。しかし、絶望的な感触が俺の拳に伝わる。


 皮膚が、とてつもなく硬い。


 すかさず右の拳を突き刺すが、大蜘蛛は素早く後ろに跳び退いてしまう。


 俺の拳を二発も躱しやがった。

 いや、問題はそこではない。


 あの感触。間違いなく、俺の拳のダメージが体に通っていない。


 大蜘蛛が二つの大きな牙がついた口を左右に開くと、そこからおぞましい粘液が滴っているのが見えた。


 背筋の凍る思い。


 湧き立っていたはずの俺の全身の血液が、一気に地面に流れ出していくようだった。

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