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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
穏やかに、賑やかに
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信仰は人を表す

「それで、束縛されなかった結果、ロシレッタ軍を飛び出して、旅するようになったわけね」


「そうそう…って、わたしの軍歴ばれてた?」


 干し肉を口で転がしながら、マイは片眉をあげて気まずそうな顔をする。


「パートと、なんとなくそうなのかなって話してたんだ。まぁレイラが気づいてるのかは、わかんないけど」


 レイラはそういうことを気にしない人だ。たぶん、考えようとも思っていないかもしれない。


「商会が保存してる本を全部読めるっていうから衛兵団に入隊したのに、蓋を開けてみれば訓練勉強訓練勉強…そればっかり。本なんて全然読んでらんないんだもん」


 いくらなんでも、軍隊を甘くみすぎじゃないのか。なんとなく、マイを雇ってしまったロシレッタ軍の方に同情する。


「しかもやりたくないって言っても全然話聞いてくれないし。だから、作戦中におさらばさせてもらったの。作戦って言っても、戦争してるわけでもないし、どうせ訓練みたいなものだからね」


 衛兵団時代が余程つまらなかったのか、口ぶりが随分荒かった。


「ロシレッタに家族とか、いたんじゃないの? 急に辞めて放浪って、いいのかよ」


 マイがつまらなそうな顔をしたまま、視線だけ俺の方を見る。


「うちは全員自由人だからねー。わたしが成人した頃には、みんな風みたいにどこかに行っちゃってたわ。それも、もう随分前のことだけど」


 寿命が長ければ、成人してからの人生も長くなる。マイはもう随分長い間、ひとりで生きてきたんだろう。だからこそ、ひとりで完結しちゃってて、いい相手も見つからないのかもしれない。


「俺たちのところからは、急にいなくなるなよ」


 釘を刺しておかないといけない気がした。でも、マイを引き止めるのも悪い気もする。


「冒険は、いまのところ飽きてないし、楽しいから。しばらくはどこかに行く予定はありません! 安心していいよ」


 いつものようにわざとらしく、可愛らしい笑顔を浮かべて俺を安心させる。


「でも、ほかに面白そうなことが見つかったら、そのときは止めないでね?」


「なんだっけ?『汝束縛するなかれ。汝束縛されるなかれ』?」


 覚えたばかりのアステリア様の格言を引用する。マイはその言葉に満足げに頷く。


「うん。そういうこと。好きでやってると思ってるうちが一番楽しいし、一番力も発揮できるのよ。誰かのためとか、皇帝への忠誠心とか、街で生きる者の義務とか、そういうこと考えたらもうダメ。次の日にはわたしはどこかに行っちゃうかな」


 冒険者向きの信仰かもしれない。好奇心とそれを支える自由をこそ愛して、自分が楽しいと思うことに挑戦する。どんなに苦しくても、最後に得られる楽しさのために全力を尽くす。

 誰のためでもない自分のための人生を、一番豊かに過ごすことができるのかもしれない。


「そのときは、挨拶くらいしてよ?」


 俺は苦笑いしながら言う。


「お? 止めないでくれるの? 理解ある仲間を持つのは嬉しいねぇ」


 歌うようにそう言うと、マイは干し肉を頬張る。鼻歌でも歌いだしそうな調子だ。


「そうだ、格言ついでに、レイラが信仰してるリルズ様の格言を教えてあげましょう」


 上機嫌なマイは、また先生のような口ぶりで話し始める。


「『信頼と絆はふたつをひとつにし、幸せの要となる』白い翼の乙女の心には、こんな言葉があるんだからね? ア・レ・ン♪」


 前から思っていたけど、やっぱりリルズ様というのは男女の恋愛の神様か何かなんじゃないだろうか。


「なあ、よく知らないんだけど、リルズ様ってどんな神様なの?」


 興味を持ってくれたのが嬉しいのか、マイは浮かび上がる笑顔を抑えきれずに、興奮気味に話し始めた。


「リルズ様は、300年前〈大破局〉のときに生まれた、まだ若い神様なの。〈大破局〉の混乱のさなか、お互いを愛し合う男女リルクとリルニカは、蛮族たちによって破壊された建物の下敷きになってしまう…。

 一人は脚を砕かれ、一人は腕を砕かれ…助かるのは絶望的ね。でも、二人はずっと互いを励ましあって、生き残ろうとするの。身動きも取れない中で、諦めるな、諦めないでって、声を掛け合って、二人で生き残る未来を勝ち取ろうとするのよ」


「たくましいな」


「そう。でもこれは、二人が一緒だったからできたこと。一人だけだったら、1日目で事切れていたでしょうね。でも、二人の愛と絆は不可能を簡単に飛び越えていった。1日、2日…二人は、がれきの中で10日は互いを励ましあったと伝えられているわ」


 水も、食事もない。あるのはただ、愛する人の励ましだけ。脚や腕が砕けていて、その信念だけでそんな長い時間を生き残ったなんて、とても信じられない。


「その様子を見守っていらっしゃったのが、月神シーン様。シーン様は優しい神様だから、二人の愛と絆に心を打たれて、なんとかして二人を助けたいとお考えになったの。でも神様は、神様になってしまった以上、もうこの世界に手出しすることはできない。たった一つの方法を除いてね」


「神様が直接俺たちに影響する方法があるのか?」


「それが、神格を与えるってことらしいの。シーン様は二人の愛と絆に感銘を受けて、二人を一柱の神として神格化なさったと伝わってる。だからリルズ様は、男女二人で一柱の神様。愛情と信頼と絆を象徴する神様として、二人が住んでいたとされるフェンディル王国で信仰を集めているの」


 そこまで話すと、マイは俺の顔を覗き込んで反応を伺う。

 つまり、マイはその神話になぞらえて、俺とレイラの信頼関係に恋物語を期待していたということらしい。本を読みすぎると妄想もたくましくなったものだ。


「あんまりレイラっぽくないな。アステリア様は、すごくマイっぽかったけど」


 俺の返事は、マイにはご満足いただけなかったみたいだ。


「アレンはまだ乙女心がわかんないの? お姉さん面倒見きれないなぁ」


 口を尖らせて腕を組むと、今度は頬を膨らませる。


「ものすごくレイラらしい信仰だと思うよ。レイラは一人じゃ上手には生きていけないから。レイラ本人もわかってないところがあるのが心配だけど…。『信頼と絆はふたつをひとつにし、幸せの要となる』。アレンとレイラがこの格言の意味を本当に理解するときがきたら、それはすごく幸せなことだと思うな」


 マイは目を開けたまま、星を見上げて夢を見はじめる。こういう神話ばっかり読んできて、すっかりたくさんの物語が頭の中にできてしまっているんだろう。


 でも、マイの言うこともわからなくはなかった。

 レイラがいなければ、俺は戦えなかった。レイラも同じことを言ってくれた。もしかすると、リルズ様と同じように、俺たちは二人で一緒にいることで、不可能を可能にしているのかもしれない。


 もし、レイラもそんな風に思ってくれているんだったら…。


 そんなことを考えると、レイラの笑顔と、戦いの時の勇ましい表情と、ご飯を食べているときの間抜けな顔と…とにかくたくさんのレイラの姿が頭に浮かんだ。


 …好き、なのかな。


 またマイのせいで、レイラの顔をよく見られなくなっちゃいそうだ。


 俺は自分の考えを振り切るために、強く頭を振って最後の干し肉に噛み付いた。

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