悩みは星のごとく散らばって
マイについて、実は思い当たる節があった。
「マイって、もともと軍人かなんかだったの? 参謀とか」
深林の逆叉作戦。インビジブルビーストと戦う作戦をたてたとき、妙に軍学上の用語に詳しかった。あの作戦が俺たちに有利な戦局をもたらしたという事実も、マイの作戦を立てる能力の高さを証明している。
「推測にすぎませんが、わたしも、そうだったのだろうと考えています」
パートが同意する。
断じて、旅の宣教師などという穏やかな経歴の持ち主ではなさそうだというくらいのことは、パートも見抜いていたのだろう。
「おそらく、なんらかの作戦中に部隊から逃げ出した、脱走兵なのではないかと推測しています。しかし、当時あの付近で、本当にロシレッタ軍の作戦が展開されていたのかなど、確かめる術はありません」
何か、マイが不満を感じるような作戦が行われていて、唐突に軍を抜けることを決めて、脱走。街道を歩いていたところで、少女とルーンフォークの不思議な二人組が戦っているのを見つけ、放っておくこともできずに神聖魔法で支援した…マイならありそうな話だ。
そしてレイラに感謝されて、思わず「エルフは17歳から歳をとらない」などというふざけた嘘をついてしまったのだろう。そして、脱走した以上ロシレッタに帰るわけにもいかず、レイラたちと一緒にルキスラまで渡ってきたのかもしれない。
「まあ、あんまり詮索してもいけないのかな。俺たち、別にロシレッタに行く予定、ないだろ?」
もしこの推測が正しかったとすれば、仕事でロシレッタに行かなければならなくなった場合、マイは連れて行けないということになる。でも、ルキスラの南部で仕事を引き受けているのに、まったく正反対の北西側に行く用事なんて、そうそうできないだろう。
「はい。その予定はありません。フェンディル王国にも」
パートに牽制されてしまった。レイラたちの過去も詮索するなということだろう。ワケありということがわかっただけでもいいのかもしれない。必要になったらそのときに、みんなが勝手に話してくれるだろう。
「あー、なんかなぁ。気になって仕方がないんだよなぁ。まあいいや。パートさ、これまでどんなやつと戦ってきたんだ? やっぱりゴブリンとか?」
俺は話題を変える。もうパートたちは1年以上も旅をしていることになる。それなら、いろんな敵を前にしてきたはずだ。
「ゴブリンやボガードは、旅の初めの頃に相手しました。レイラ様がそれらを次々に薙ぎ倒す光景は、よく覚えています。私は、当時はクロスボウを使っていたものです。銃は維持費が高く、長旅には向きません」
それから俺は、パートたちがこれまでに戦ってきた蛮族や動物の話を聞いて、夜の時間を過ごした。人の大きさほどもある巨大な狼や大蟻、真っ赤な頭髪に牙の生えた俺の知らない蛮族。強い奴を相手にするようになったのはこの村が初めてらしいけど、それでも、聞いているだけでレイラたちの活躍が眼に浮かぶようだった。
ただ残念だったのは、一番多く戦ったのが、人間の盗賊だったということだ。
「レイラ様が盗賊を嫌うのには幾つかの理由がありますが…そのひとつは、動物や蛮族以上に敵対する経験が多かったからでしょう」
ついこの間盗賊と戦ったとき、レイラは戦意を失った盗賊を容赦なく殺して回った。あのときのレイラの目は、はっきりと異常だった。怒りに満ちていて、憎しみに突き動かされて、とにかく殺すことだけを考えているような、そんな目をしていた。
「でもそれだけじゃないだろ? あの目はなんか…違うよ」
パートが静かに目を閉じて、しばらく考えてから、また目を開く。
「あくまで、理由のひとつにすぎません」
パートの意味深な返答が、しかし、それ以上の追及を許さないことはもうわかっていた。
それにしても、聞けば聞くほど、人族と蛮族の何が違うのかよくわからなくなってきた。そんなにたくさんの盗賊がいて、動物みたいに人を襲って殺そうとする。蛮族そのものみたいな行動を、人族だってやっている。
「さっき、マイはなんて言ってたっけ。『考え方が違うから、必要な技術が違う』だったかな」
独り言のように、つぶやく。
「どうかされましたか?」
「いや、蛮族と人族の違いだよ。そんなにたくさん盗賊がいてさ、なんで蛮族ばっかり邪悪扱いされるんだろうな。盗賊だって、似たようなもんだよ。でも守りの剣は、蛮族だけを弾くんだろ? だから、そんなどうしようもない盗賊だって、ルキスラの街に堂々と入れてしまって、人を殺したり火を放ったり、なんでもできちゃうじゃないか」
やっぱり、神様が間違っているような気がしてくる。答えの出ない問題に、頭が同じところをぐるぐる回ってしまう。
「たとえば今日、タロスと呼ばれる悪魔の兵士と、お二人は戦われました」
マイの説明は忘れてしまったけど、その強さは忘れもしない。蛮族が作り上げた、感情のないただ戦うためだけの存在。改めて、よく勝てたななんてことを思う。
「タロスシリーズの技術を応用して作られたのが、ルーンフォークだと伝えられています。つまり、蛮族の方が技術力で先んじていた時期もあったようです」
「そうなのか!?」
にわかには信じがたい情報だった。人族が先にルーンフォークを開発して、蛮族がそれを真似たのかと思ったら、まったく逆だったらしい。
「はい。タロスシリーズは、生体と魔動機を組み合わせた、初めての実験生物だと伝えられています。私も、実物は今日初めて目にしましたが」
タロスが先に作られたということは、場合によっては魔動機というアイディアそれ自体が、蛮族によって作り上げられた可能性がある。技術や知識を蓄積するのが人族だと教えられてきたのに、それは明らかに教えと違っている。
「世界を作った三つの剣のうち、一つ目の剣の加護を受けたのが人族で、二つ目の剣の加護を受けたのが蛮族…だよな?」
「少なくとも、そう伝えられてはいます。その存在の前提そのものが違う種族であると。そうやって、二つの相容れない種族という宿命が、いつからか強調されるようになりました」
まるで、故意に誰かが強調したみたいな言い方をする。そういう風に考えたら、誰かの企みなのかもしれないけど、なんだかそれも違うような気がする。
「なんか…ひっかかるんだけど…わかんないなぁ。やっぱり、俺は考えるのって苦手だな」
「いえ。アレンさんは、しっかり考えています」
パートから、思わぬ褒め言葉をもらう。でも、俺はマイやレイラに比べれば見てきたものも少ないし、考えるのもやっぱり下手だ。
「ありがとう、パート。でも、やっぱり苦手だよ」
「今は、情報が不足しているだけです。考えるためには、材料が必要です。アレンさんが考えようとしていることは、他の問題よりたくさんの情報が必要な問題であるというだけのことです」
「マイも似たようなこと言ってたな。考えるには、情報が必要な時があるって。今度から俺、偵察とか変装とか、そんなことやるんだって」
俺が変装して、商館に忍び込んだり屋根の上を走ったり、そんなことをやるのかと思うとなんだかおかしい。
「スカウトですか。薬の煎じ方を学ぶよりは、アレンさんに似合っているかと」
パートも応援してくれるらしい。みんなで戦って、戦いがないときにも俺は俺の役割を果たす。レイラが指示を飛ばして、マイとパートが本を読んで、俺は情報集めに奔走する。ますます非の打ち所がないパーティになりそうだ。
「全部始まったばっかりだもんな。なんかいろんなことがあった気がするけど、俺、冒険者はじめてまだ一週間だろ?」
これまでの人生で、一番長い1週間だった。
蜘蛛に食われて死にかけて、盗賊と戦って、蛮族と死闘を繰り返して…ドレイクまで叩きのめした。
親父と村長が冒険者を雇うって話してたとき、こんな生活が始まるなんて、俺は全然想像してなかった。
「アレン。交代だ」
テントを開けて、鎧を外したレイラが声をかけてくる。
「よかった。パートが話に付き合ってくれて、眠らないで済んだよ。寝ようか、パート」
「ああ、パートは大丈夫だ。マイを続けて寝かせてやってくれ。たぶん、あれは起きないだろうからな」
この間会議室で音を上げて、突然マイが眠ったことがあった。そのときの寝つきの良さを思うと、たしかに、途中で起こすのも忍びない。
「わかった。じゃあ、ありがとな、パート。レイラも。おやすみ」
「ゆっくり眠ってこい」
そう応じるレイラの横で、パートは小さく礼を返した。