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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
穏やかに、賑やかに
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過去は暗闇の中に

「寝ずの番が必要だな。マイ、アレン。先に寝てくれ。わたしとパートで見張りをしておく。」


 保存食を食べながら、エルフの不思議さについて一通り話し終えたところで、レイラが提案した。先に眠らせてくれるのは、正直ありがたい。全身が完全に疲れ切ってしまっていて、とても暗闇の中で目を凝らしてあたりを警戒なんてしていられない。


 でも、レイラだって状況は同じはずだ。一人で悪魔の兵士タロスを切り倒して、そのままドレイクと戦って、そのうえ自分の傷と俺の傷の手当てをして…とにかく、疲れ切ってるはずだ。


「レイラ、いいよ。俺が先に見張ってるから、休んできな」


「そうだよ。レイラだって、魔力使い切っちゃって、眠たいでしょ? 剣もないんだから、魔法が使えないと戦えないし…わたしとレイラが先に休んだほうがいいんじゃない?」


 いやに熱心にマイがレイラを説得する。ディザに泊まったときの一件で、俺について何か誤解を持たれているような気がする。


「そうか、剣をやられたんだったな…」


 レイラが肌身離さず持ち歩いていたバスタードソードは、つばの部分からわずかに伸びた刀身を残して、溶けてなくなってしまっていた。その刃先が歪んでしまったのか、鞘にも収められずに、鞘とともにテントの脇に置かれている。

 レイラにとっては、放浪生活をともに過ごしてきた相棒だったのだろう。その姿を見つめる瞳には、はっきりと悲しみが見て取れる。


「とにかく、先に休んでくれよ。ここは俺とパートに任せとけって」


 そう言って、俺は焚き火の隣にパートと向かい合って腰を下ろす。パートの隣に立っていたレイラは、焚き火に照らされながら、


「そうか。なら…そうさせてもらうよ。ありがとう、アレン」


 と、珍しく力のない声を残して、マイと一緒にテントの中に姿を消す。

 正直になれば、眠たい時間を過ごす相手はレイラかマイの方がありがたい。無口なパートを相手にこの時間を寝ずにやり通すのは、あまり現実的とは言いにくかった。


「なあ、パート。正直なところ、俺、眠いんだ。なんか話して、眠気、紛らせられないかな」


 焚き火がチカチカ光っているのを見ているだけで、まぶたの重さを思い出させられる。


「ルーンフォークというのは…」


 パートの低く心地よい声が、ますます眠気を誘う。


「ジェネレーターの内部で基礎的な情報を組み込まれ、基本的な方針が決定されます。フェンディル王国はルーンフォークが最も多いことで知られる国で、私のように、生まれついて特定の家庭や一族にお使えするように、オーダーメイドで製作される場合があります」


 ルーンフォークについては、人造人間ということ以外はよく知らなかった。人間そっくりに作られた魔動機で、ご飯も食べないし、あまり感情豊かじゃなくて、ものすごく忠実な召使として豊かな家や冒険者などに付き従っていることが多い。伝説では、〈大破局〉のときに人族の兵士として大量に投入されて、蛮族との戦争を戦ったらしい。


「パートも、レイラの家系…えっと、ハイゼルストーンだっけ? その一族に使えるように作られたから、レイラと一緒に旅してる…だったよな?」


 以前、パートもレイラも、それぞれにそんなことを言っていた。


「そうです。今は、レイラ様が私の主人にあたります」


 レイラが主人ということは、レイラはオーダーメイドのルーンフォークを作れるくらいの名家のお嬢さんで、その家系がフェンディル王国で持っていたはずの義務を全部捨てて、パートを連れて放浪を始めたということになる。


「なんで、放浪をはじめたんだっけ?」


 俺が尋ねると、パートが首を振る。


「レイラ様に、これ以上は止められています」


 たとえ主人が寝ていても、その命令は絶対なのだろう。これは名家がこぞってルーンフォークを採用するわけだ。情報が漏れることも、裏切られることもない。人間以上に信頼できる相手ということなのだろう。


「それじゃあ、マイのこと教えてよ。マイについては、口止めされてないんだろ?」


 俺が尋ねると、パートはテントの方をちらと見やって視線を戻す。表情が変わらないまま焚き火に小枝を放り投げると、パートは口を開いた。


「マイさんは、ロシレッタの出身だそうです。珍しい、都市エルフです」


 多くのエルフは、未だに街を離れてエルフの里と呼ばれる僻地で生活している。大きな川辺にそういう場所が多いらしいことは、親父の話に聞いていた。


「ロシレッタって、港町だよな」


「はい。ルキスラ帝国から北西に街道を進んだ先にある、ザルツ最大の港湾都市です」


 親父さえもどこだか知らない、はるか遠くの国と商取引をしているらしい。そこに行けば、見たこともないような種族が街を歩いていて、いろいろな言語が飛び交っているとも聞く。〈大破局〉の後で、唯一交通の要衝として生き残った都市だと言われている。

 そもそも、海とかいう巨大な川を見たことがない俺にとっては、全く想像もできない世界だった。船というのも、模型でしか見たことがない。


「パートも、ロシレッタに行ったことあるの?」


「いいえ。私はありません。フェンディル王国から、直接ルキスラ帝国に移動しましたから」


 位置関係はよく知らなかったけど、ロシレッタはその道中にはないんだろう。


「でも、だったらなんでマイに会ったんだよ。いくらマイでも、ひとりで放浪なんてできっこないだろ?」


 ルキスラの帝国内でも、ひとりで放浪なんてことをしたら盗賊や動物の餌食になってしまう。剣術と神聖魔法の心得があったレイラと銃が使えたパートなら、なんとかやってやれないこともないかもしれないけど、マイはとてもひとりじゃ戦えない。


「私も詳しくは知りません。どういうわけか、野生動物と戦っていた私たちに、突然魔法支援をしてくれたのが、マイさんでした。ちょうど1年ほど前のことです」


 1年前。そのとき、レイラやパートが何を思って放浪をしていて、マイはどういった事情があって、そんなところにひとりでいたのか。何もかもが、謎に包まれていた。


「なんか…こういっちゃなんだけど、パートたちにしても、マイにしても…ワケありってやつ?」


 パートはまっすぐな視線を俺に向ける。表情がないから、何を考えているのかわからない。


「そうでなければ、国を離れて冒険者業などやりはしません」


 パートの低い声は、俺の腹の奥に、深く重く響いていた。

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