蛮族の王
俺は辛うじて回避した。
ドレイクの一撃を回避したのではない。死を、回避した。
邪悪なマナを放つ魔剣は、俺を捕らえ損なうと、タロスが眠っている崩壊した小屋をその衝撃波で吹き飛ばした。
それだけの勢いにもかかわらず、ふわりと体をねじりながら、ドレイクは着地する。
その顔には、見るものを凍りつかせるような笑み。
「お見事。グラップラーくん。いい戦いだ。ダルクレム様もきっとお喜びになる」
おそらくタロスは腹心の部下。それがやられて、この態度だ。
戦いそれ自体を愛している。そう考えるしかない。
誰かのために戦うとか、何かのために戦うとか、こいつはそういう生物じゃない。
戦うために、戦う。
太古の戦神ダルクレムも、こんな邪悪な神だったのだろうか。
「狂ってやがる…」
思わず声が漏れる。俺の言葉に、ドレイクは再び口元を歪ませる。
「アレン! レイラと合流して! 一人じゃ危険すぎる!」
マイの叫び声。レイラが危ないんじゃない、俺が危険すぎるんだ。
そんなこと、さっきの一撃を見ればわかる。あの速さ、威力、解き放たれたマナが起こした衝撃波。
サシでやりあう相手じゃない。
発砲音と同時に、ドレイクは少しだけ上体を仰け反らせる。
(弾丸もかわす…か)
「ルーンフォークのシューターに、人間のグラップラー、エルフのプリースト。そしてヴァルキリーの剣士! いいねえ、いよいよ〈大躍進〉じみてきた! やっぱり俺が! 新しい蛮族の王として、この世界に君臨しなければならないんだよ!」
こいつにとって、狙撃手の加勢は大した問題にならないってことか。
むしろ戦いが長引くことを喜んでやがる。
「つべこべうるせぇんだよ」
拳を構える。後ろで、レイラとタロスの剣がぶつかり合う音が響く。
俺の言葉に、ドレイクはまた一つ高笑いする。
ひとしきり笑うと、剣先を俺に向けて睨みつける。
「貴様、後の蛮王に殺された初めの戦士として、その骨を杯にしてやろう」
「笑える冗談だな。さすが、つまんねぇチンピラに殴り殺されるドレイクさんは、言うことが小物くせぇ」
構えたまま、俺は言い放つ。
途端に、ドレイクの目が人のそれでなくなる。瞼の内側全てが、赤く染まっている。
(来るか…っ!)
そう身構えた瞬間に、ドレイクの姿が消える。
俺は左に大きく飛び退く。
上から、地を裂くような剣撃が炸裂する。
翼を使った立体的な攻撃。
今までこんな相手、戦ったことがない。
それでも、俺はやらなければならない。
着地したドレイクに向かって、地を滑るように殴りかかる。
しかし、俺の拳は左腕のバックラーで軽く受け止められる。
右腕で盾を塞いだ。
目にも留まらぬ左の拳を繰り出す。
しかしそこにはもう、ドレイクの姿がない。
空を切った左腕の骨が軋む。
上か!
後ろに飛びのいて距離を取る。
しかし、俺が相手の位置を把握するより早く、俺の体に強い衝撃が走っていた。
世界が上下を忘れたみたいに、四方八方から俺に地面をぶつけてくる。
やっと止まると、嘔吐感がして、口腔にドロドロした鉄の味が広がる。
「がはぁっ!」
大量の血が口から吐き出される。それでもまだ、俺の胴体は二つに分かれてはいないようだ。
発砲音が聞こえて、俺の体を白い光が包む。パートが牽制して作り出した小さな時間に、俺は気力を振り絞って立ち上がる。
傷が塞がっていく。ともすれば骨が露出…いや、切断されていたかもしれない。
自分の傷を見ないで済んだことに、感謝する。
頭からも血が流れていたみたいだ。乾燥した血が瞼の横に張り付いている。
「タアァッ!!」
すぐ横でレイラが掛け声をあげた。
タロスが崩れ落ちる。
「遅れてすまん、アレン!」
レイラは俺を見ずに、盾と剣を構える。
睨みつけたその先には、ドレイクが浮かんでいる。
「レイラ、こいつはヤバいぜ」
俺がそう言うと同時に、俺たちは左右に跳躍する。
その中央にドレイクが大剣を振り下ろす。
左右から一斉に攻撃を仕掛ける。
拳は、再びバックラーで受け止められる。
同時に繰り出されたレイラの剣も、魔剣で弾かれる。
レイラは無理でも、俺はまだいける。
立て続けに、左右の拳を振り抜く。
ドレイクはその両方をかわして、逆に俺の懐に入る。
そこに発砲音。
ドレイクは身を翻して、俺を掠めるようなパートのギリギリの狙撃をも回避する。
それと同時に、俺の腕を撫でるように剣が振られている。
傷は浅いのに、腕をえぐり抜くようにマナが走る。
魔力撃。レイラたちが以前話していた。
武器から魔力を解き放ち、マナを使って相手を斬る。
俺のやっていることのさらに先にある、マナを使った妙義。
回避と攻撃を同時に考え、剣撃それ自体よりも魔力で斬る。
地を裂く程の力を持っていながら、力に頼まない堅実な戦いをやってみせる。
蛮族の王の名は、伊達じゃないってことか。




