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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
冒険者アレンの誕生
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山猫の襲撃

 買った薬草はパルウィリーさんの家まで届けることにした。

 今日は戦う予定ではなかったはずだけど、早いに越したことはない。


 パルウィリーさんの家は村のはずれの農場の真ん中だ。

 この間大蜘蛛が出て、牛が一頭まるまる食われたっていうけど、それはリドル坊やが誇張したんじゃないかとも思っている。


 パルウィリーさんの家の庭に、冒険者たちは3人とも揃っていた。


「お疲れ様です。マイさん、これ買っときましたよ」


「わざわざ届けてくれたの?ありがと〜♪」


 10ガメルのお釣りと薬草を手渡す。

 そんなやり取りは気にせずに、レイラは真剣な表情を崩さない。こういう表情は魅力的だと思う。


「それで相手の大蜘蛛なんだが、全身が黒い体毛に覆われていて高さが2〜3m。全長が4〜6mにも達するらしい。牛の血を浴びてよくわからなかったらしいが、赤く光る眼を見たともいう」


 俺はちょっと想像してみる。大蜘蛛と言ったって、所詮は蜘蛛だ。人間を食い殺すなんて芸当はできないだろう。ただ檻に入れられて逃げ場のない牛を食っただけのことだ。

 俺でも退治できるんじゃないか、なんて。


「それだったら、たぶんジャイアントスパイダーか、ジャイアントタランチュラかな。やっぱり生息地は森。ここから一番近い森って考えたら、南東の・・・あそこじゃない?」


 マイが指差したのは、はなれ森だ。村の中心がややディザの方に寄っているため、近い北森に対してそう呼ばれていた。あそこにいるバカ蜘蛛を撃退すれば、俺も冒険者級の力を持つってことになる。


「アレン。あの森って、危険か?」


「何ヶ月か前に、誰が雇ったのか知らない冒険者が来たんだけど…」


「…え?」

 マイが不安そうな声を出す。


「たしかあの森に行ってから、帰ってこなかった。確かにモンスターはいたけど、そんなにひどい奴は住んでなかったはずなんだけど…。」


「そうか。そのときは何人組だ?」


「たしか四人組でした。村長は、ルキスラの衛兵団がこのあたりの治安維持を若手に外注したんだって言ってましたよ」


 人間ばかりの四人組だった気がする。急にやってきて、すぐにいなくなってしまった。親父の見立てでは、そんなに腕が悪いわけではなかったらしいけど。


「慎重を期そう。アレン。あの森に入ったことは?」


「俺は3回くらいしか。セシリアさんの付き添いで。はなれ森は、逃げれば逃げ切れる魔物が多いって言ってたけど」


 薬草を採取しに森に入るとき、セシリアさんは喧嘩の強かった俺を連れていくことがあった。そのときには、森に詳しいセシリアさんのおかげで、迷うことも動物に襲われることもなかった。


「何か妙だな。まあいい。深入りするつもりもないが、少し様子を見てこよう。アレン、案内を頼む」


「案内できるほどわかるかどうか…。川辺までならいけると思います」


 肩をすくめてみせる。いつもセシリアさんについて行っていただけだ。ちょっと進んだら川辺があって、そこで休憩して、村に帰るだけの往復だった。


「ならそれでいい。様子を見たいだけだ」


 レイラが踵を返して、はなれ森へ向かう。俺は慌ててそれについて行った。


 はなれ森の浅い領域は、北森と同様、セシリアさんの薬草採取場にもなっているし、パルウィリーさんの木材採取場にもなっていた。もっとも大蜘蛛騒ぎからこっち、のんびりと利用することもできなくなってしまったはずだけど。


「たしか、こっちです」


 そういうわけで、森の浅いところには人間の立ち入った畦道がいくつか残っている。

 俺はその跡を辿って、無事に川辺まで冒険者たちを案内することができた。


「ここから先は、俺も入ったことはありません」


「マイ、位置は?」


 レイラは腕組みをして茂みを見つめている。


「南に150mってところかな。あの地図の感じだと、もっと東に進まないと奥には入れないと思う」


 太陽を見たり、針がくるくる回る道具を見たりしながら、マイが羊皮紙に盛んに何かを書き込んでいる。


「マイ。一旦中断しろ」


 そう言うと、レイラはバスタードソードと呼ばれた大剣を片手で引き抜き、背中から盾を左手に持つ。

 すでにパートも、両手銃をレイラの見据える方向に構えている。


「アレン、下がってて」


 マイも同じ方向をきつく睨む。

 一体なにが始まろうとしているのか。


 水の流れるさらさらいう音だけがしばらく聞こえ、次には風が吹いて、森全体がザーッと激しい音を立てる。


「ミギャァァァッ!」


 突然、レイラの睨んでいた茂みのなかから、巨大な山猫が躍り出る。


 気づいたときには、獣はレイラの上にのしかかって、彼女を爪で引き裂こうとしていた。


「パート!撃て!」


 レイラが叫ぶより早いか、鋭い銃声が響く。

 弾丸が当たったのか、当たらなかったのか、俺にはわからなかったが、相手は思わずレイラから跳び退いた。


「相手はグレイリンクス!素早いから気をつけて!」


 マイがそう叫ぶと、胸元で印を結んだ。レイラの体に光が集まる。

 神聖魔法が使われるところを初めて見た。


 光が消えないうちからレイラが高く跳躍し、グレイリンクスと呼ばれた獣の頭に大剣を叩きつける。

 鈍い音が響いた。立て続けに、けたたましいほどの獣の悲鳴が聞こえる。


 しかしその悲鳴は、俺に直感させた。この化け物はまだ生きている。

 これまでの喧嘩で身につけてきた直感が、俺を突き動かした。


 頭に突き刺さった剣を引き抜こうとするレイラを、巨大な獣がしっかと見据えたその瞬間には、俺はレイラのすぐ隣まで駆け込んでいた。そして俺は全力で左足を踏み込む。


 渾身の右ストレートが獣の顔面を捉える。立て続けに、肉を抉り取るような鋭い左フック。最後にもう一発。同じポイントに右ストレートを突き刺す。


 硬い何かが、砕ける感触。

 俺の骨は、化け物より硬かったらしい。


 今度は間違いない。声を上げる力もなく、化け物は長い眠りについた。


「アレン!下がっててって言ったでしょ!?怪我はない!?」


 マイが駆け寄ってきて、俺の腕を確かめる。


「いや、マイ。アレンはこの程度で怪我する男ではないみたいだ」


 大剣についた血を払って、レイラが俺を見る。


「一瞬で3回も拳を出したな。全てが強力だった。たぶんマイには見えなかっただろう」


 マイがオロオロして、俺とレイラを見比べている。


「冒険者の息子もまた冒険者といったところかな。アレン。君には才能がある。なんといっても、素手でこの化け物に拳を通したんだ。まったく恐ろしい男がいたものだな」


 感心しているのは確かなようだが、その言葉にはどこか不満の色が混じっていた。冒険者が素人に助けられて、不愉快なのだろうか。余計な手出しは無用というところか。


「だが、君はまだ冒険者として名乗りを上げたわけじゃない。家族だっている。迂闊に、危険に身を晒さないでほしい。いいね」


 こっちはあんたを助けたつもりだったんだとは言わないでおいた。

 たしかに、もう一度こいつの攻撃を食らってもレイラの鎧を破ることはできなかっただろう。つまり、俺の喧嘩っ早さが俺を突き動かしてしまっただけの話だ。


「なら、こんなところにも連れてくるなよ」


 聞こえないように小声で非難する。五感の鋭いエルフであるマイにだけは聞こえたようで、彼女は少し申し訳なさそうな顔をして、もう一度俺の腕に怪我がないのかを調べた。


 今日の探索はここで打ち切り、俺たちは一旦帰路につくことになった。

 そして、宿に着くまでに、俺は一つの決意を固めていた。


 冒険者に代わって、俺が大蜘蛛の一匹くらい退治してやろうと。

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