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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
駆け巡るマナの声を聞け
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凌駕する者

 俺よりもわずかに大きい影法師に、一発目の拳を出した瞬間、俺は理解した。


 こいつは違う。戦い方を知っている。


 頭を回すように俺の拳を躱すと、身をかがめて距離を縮め、俺の腹に重たい一撃が加わる。


 体が浮いた。


 湿った土が俺を受け止める。


 口の中に鉄の味が広がる。

 また内臓をやられた。血を吐き出す。


「パート! 無理だ! 逃げるぞ!」


 必死に声を絞り出すと、それを聞いたパートは構えていた銃を降ろして、レイラたちの方に走る。


 レイラは、マイを抱え起こしたところだ。

 マイは傷だらけだが、生きている。


「逃げることだけ考えろ!」


 俺に言われるまでもなく、パートがマイを抱え上げ、レイラの手を引く。


 あいにく、俺は正反対の畦道の方に飛ばされてしまった。

 絶望的だが、生き残る術を考える必要がある。


 土を拳で殴って、ようやく立ち上がる。

 たった一発の拳で、俺を死の淵まで追いやった拳。次の一撃を食らえば、気絶なんて通り越して間違いなく死ぬ。


 相手がレイラたちを追おうとすれば、俺は挑発する必要がある。確実に各個撃破を狙ってくれば、俺は意地で攻撃を回避しなければならない。


 ようやく足が地面を掴む。俺も逃げ道を考える必要がある。

 マイを回復して、スタンリーさんに協力してもらって…ダメだ。スタンリーさんは表通りで手一杯だ。こちらの手数が足りない。


 奴は俺の方を向いた。戦い方を知っている奴は、つくづく相手にしたくない。

 各個撃破すれば確実に戦力が減る。その方が、一網打尽よりは楽だ。


 俺が生き残る方法は?

 間違いない。逃げることだ。

 しかし、後ろに味方はいない。いるのは、パルウィリーさんとリドル坊やだけだ。


 なら、これしかない。

 俺は畑の中に飛び込む。麦を押し倒しながら、全力で走り抜ける。


 その後ろから、影法師も後を追ってくる。

 しかし足なら、俺の方に分がある。しかもここは、子供の頃から走り慣れたパルウィリーさんの畑だ。


 小手調べに小さな用水路を飛び越える。

 立て続けに畑の境の畔を超える。


 相手も抜けてきてはいる。それでも、距離をとるには十分だ。


 レイラが大声で叫ぶ。


「アレン! 生きろ!」


 わかっている。俺は誰かのために死ぬようなタマじゃない。

 俺は、俺と、みんなのために、生きる。


 レイラが俺の援護に来るようなことさえなければ、俺は逃げ切れそうだ。今は、レイラにはマイの治療に専念してもらいたい。それだけが、俺たちが全員で生き残る唯一の道だ。


 背の高いトウモロコシの畑に逃げ込み、俺は方向を大きく変える。

 このまま抜ければ別の畦道に抜ける。奴が俺を見失ってくれてさえいれば、ようやく俺の方が表通りに近い位置を取れる。


 その先で、回復を済ませたみんなと合流して、再戦だ。

 それでも、勝機は薄い。でも、それしかない。


 トウモロコシ畑を抜ける。相手はまだ出てきていない。


 一つ目の勝負は俺の勝ちだ。


 畦道の先に、ちょうどレイラたちが待っている。


 マイの傷はふさがったみたいだ。パートは弾丸を補充できただろうか。

 レイラの盾が修繕中なのが気がかりだが、今はこれしかない。


 俺の後ろから、殺気が沸き立つ。


 俺はレイラの隣で向きを変える。すぐに、光が俺を包んで傷を癒す。


「レイラ。奴は只者じゃない。戦闘の訓練を受けていると思った方がいい」


「私たちで、やれるか?」


「勝率は、楽観して、3割ってところだな」


 戦闘態勢をとる。


 影法師は俺たちの前で急加速する。体の反応が遅れた。

 肋が砕けるような一撃が、俺に突き刺さる。

 すぐに光が俺を包むが、やはり回復が追いついていない。


 それでも、受身を取って反撃の拳を突き出す。

 空振り。


 レイラの剣も空気を切って唸るばかりだ。


 さらに影法師は、片手を付いて側転する。パート弾丸は、その体を捉えられない。


 低い姿勢から、今度はレイラの鎧に殴りかかる。鈍い金属音。

 レイラは翼を広げて、空中で受身を取る。


 俺とレイラの体を、同時に白い光が包む。マイが同時行使をやったらしい。

 持久戦はできない。マイの回復も、あと数回で魔力が底をつく。


 レイラを殴った拳を下げないうちに、横から拳を出す。

 死角のはずが、相手は頭を下げて避けてみせる。立て続けにもう一発。ようやくボディを捉える。しかし効いている様子はない。


 続くレイラの刺突も、パートの射撃も、影法師は舞うように躱す。

 マイの魔力が尽きれば、そのときが運の尽き。ジリ貧とはまさにこのことだ。


 そのとき、俺とレイラの間を稲妻が走った。


 影法師に直撃し、影法師は一瞬体勢を崩す。


「援護します!」


 セシリアさんの声。しかし、振り返っている暇はない。


 影法師は稲妻にも臆せず、再び俺に突進してくる。

 筋肉より先に体が動く。動体視力の限界を超えて、相手の拳の軌跡が見える。


 ほんのわずかな動き。体を横に振るだけで、影法師の拳は空を切る。


 何が起こったのか、自分でもわからない。

 俺の体が、俺の肉体の限界を超えて動いている。


 意識が消えるように、俺は体そのものになる。

 拳を突き出して体勢を崩す。

 そこに左フック。影法師の頬を撃ち抜いた。


 それでも、影法師は重心を失わない。レイラの剣をかろうじて回避する。

 パートの放った弾丸が見える。この軌跡では当たらない。

 そう判断して、俺は次の攻撃を回避する姿勢に入る。


 今度は間に合わない。体の位置が悪い。

 修復されたばかりの肋骨の左半分が、再び粉々に砕かれる。


 弾き飛ばされた体を制御して、俺は受身を取る。

 光。骨が元に戻っていく。痛みはとうに忘れてしまっている。


 レイラの大振りの剣は相手を捉えられない。

 俺が行くしかない。

 踏み込んで拳を突き出す。一発も当たらない。


 全身の筋肉がうまく俺についてこない。もっと早く、体を動かす術があるはずだ。

 インビジブルアサシンのあの動き、オーガの力強さ。


『マナで体を操る』


 何を言っているのかわからなかったマイの言葉。

 しかし今、こいつを倒すには、それが必要だ。

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