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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
駆け巡るマナの声を聞け
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誰のための決断か

「どういうつもりなのかしらね」


 マイが顔の下に手を出して、いつもの動作をしようとする。しかし羽ペンを持っていないことに気づいたのか、手の行き場に迷って、結局腰に手を当てた。


「自分で殺した相手の墓を、自分で立てるとはな」


「セシリアさんが蛮族なのか…」


 キスの衝撃で吹き飛んでしまっていたけど、改めて俺はその事実を反芻する。

 セシリアさんが蛮族。よく二人でこの森にも来たけど、一度も俺を殺そうとはしなかった。冒険者たちとの間で、何があったのか。


「少なからぬラミアは、人間との共存を望んでいる」


 マイが書物から直接引用したような、棒読みをする。


「嘘だと思ってたけど、検討の余地がありそうね」


「でも、彼女たちは殺されたんだろう?」


 レイラがすかさず指摘する。


「もし彼女たちが、断固として蛮族を排除する姿勢を見せていたら? だって、彼女はライフォス神官よ? 『蛮族断固許すまじ』が教義の」


 始祖神ライフォスを知らない人間は、ルキスラ帝国、いや、この世界には一人もいないだろう。第一の剣ルミエルから神格を授かった、この世界で第一にして最高の神。第二の剣イグニスから神格を得た蛮族の戦神ダルクレムと戦った、全人族の首領だ。


「この場でサーチ・バルバロスを使って、他ならぬセシリアさんがラミアだと確信し、戦闘を開始した。それならセシリアさんも、生き残るために戦わねばならんだろうな」


 レイラが墓の前に跪いて、祈りの姿勢をとる。

 それを見て、俺とマイも、それぞれに祈りの姿勢をとった。


「私としては、それでも、斬るべきだと思う」


 祈りを終えたレイラが、立ち上がって俺を見る。


「斬らなければ、いつ蛮族としての本性を現すか、知れたものではない」


 レイラの眼差しが俺に突き刺さる。そろそろ結論を出さなければ、蛮族討伐にも遺跡探索にも支障をきたしてしまう。


「わたしは…賭けてみても、いいかな」


 マイが控えめに言う。


「アステリア様の信徒だから、こんなことを考えてしまうけど、ひょっとしたらうまくやる希望はあるかもしれない。だってこれまで、殺されそうになったとき以外、誰を殺したこともないんだから」


 そこまで言うと、マイも俺を見る。俺が決めるのか?

 パートに救いを求める視線を送る。


「私は、決める立場にありません。村の未来を決めるのは、村の者です」


 パートが低く落ち着いた声で言って、俺に無感情な視線を返す。


 セシリアさんが蛮族。それは決定事項だ。問題は、蛮族であるセシリアさんとこの村が、共存できるかということだ。


「なあマイ。ラミアって、血を吸うんだろ? どのくらい吸うんだ?」


「1日に片方の手のひらにすくえるくらいあれば十分って、文献では」


 セシリアさんは、どこかでうまいこと血を補充しているんだろう。

 村人を眠らせたり患者を眠らせたりして、血を吸っている。


 それがうまくいっているおかげで、今のところ死者が出ていない。


 このことを知ったら、村の人たちはなんと思うだろうか。

 これまでは、セシリアさん以外の問題が山ほど出ていたから、セシリアさんの行動に気づく人はいなかった。あの親父が気づいてないくらいだから、よほど上手にやっているんだろう。

 でもレイラたちがきて、問題がなくなりつつある。そうなれば、小さな事件でも露呈してしまうかもしれない。そうなってしまえば、村の中で魔女狩りが起きて、不必要な騒ぎに陥ってしまうかもしれない。


「俺はセシリアさんを信じる。でも、やっぱり村に居続けてもらうわけにはいかない」


「どうするんだ?」


 煮え切らない返答に、レイラが質問をぶつける。


「セシリアさんと相談する。行って、話を聞いて、それからだ」


 レイラの燃えるような視線が俺を貫く。しかし、俺もたじろがない。


「そんなことをすれば、奇襲の優位を失う。もし相手が本性を出してきても、お前の命は救えんぞ」


「大丈夫。そのときは自分でなんとかする。いいだろ?」


 自分で言っていて、自分が甘いのがよくわかる。それでも、これまでのセシリアさんとの信頼を、俺は裏切れなかった。


「わかった。だが、私は見えない位置に控えておく。戦闘になれば、容赦せずに斬る。いいな?」


 レイラにはレイラの意志が、俺には俺の意志がある。お互いを尊重できる限界が、ここだろう。


「そのときは俺も諦める。容赦なく斬ってくれ。俺も、容赦なく殴り倒す」


 俺が言うと、全員が納得したようだ。


「では、村に戻ろう。彼女たちの遺骨はスタンリー司祭たちに相談してみよう。もうこの森には、大した害獣はいないようだしな」


 踵を返して村へ戻るレイラに続いて、俺たちは墓をあとにする。

 ローナの墓はどれだろうか。振り返って、俺はもう一度だけ小さく祈りを捧げた。



 森を抜け、パルウィリーさんの畑のあぜ道を抜けている途中で、納屋の柱にしがみついてうずくまっているリドル坊やを見つけた。

 よく見ると、ズボンが濡れている。


「ああああああ、冒険者様、早く、村に行ってください。もう、僕は、足が立たなくて…」


 目から鼻から涙が溢れて、醜い顔に拍車がかかっている。

 声も震えきっていて、何を言っているのかよく分からない。


「おい、リドル。何があった」


 俺がかがんで胸ぐらをつかむと、後ろから頭を小突かれる。


「バカ者。そんな聞き方で口を聞けると思うか」


 今度はレイラがかがんで、リドルの頬に優しく触れる。

 全身を震わせていたリドルが、みるみるうちに落ち着いていく。


「人の魂みたいなやつが、村中に現れたんですよ。僕は、冒険者様たちを呼ぼうと思って、ここまで来たんだけど、森に行くのも怖いし、戻るのも怖いしで、足が立たなくて…」


「ガストがきたわね」


 マイの目つきが変わる。


「それだけならいいんだがな。急ごう」


 レイラはバスタードソードの柄に手をかけたまま、走り出す。


「リドル! 馬借りるぞ!」


 走り出すと同時に、俺は大声で呼びかける。

 返事はいらない。レイラの足で向かわせるより、馬に乗ったほうがマシだ。たしかこの納屋の近くに馬小屋もあったはず。


 鞍を載せていない馬に乗るのは難しい。しかし、よくここの馬を勝手に借りて、あぜ道を走り回っていた俺にとっては簡単なことだ。手綱さえあればなんとかなる。


「マイ! パート! レイラと一緒に先に行く! 魔法で倒すときりがないんだろ!?」


「お願い! 教会前で合流を!」


 マイが応じる。馬の頭に手綱を渡して、その背中に飛び乗る。内腿で強く馬を挟んで、手綱を一振り。

 馬が走り始める。


「レイラ! 捕まれ!」


 前を走っていたレイラに声をかけると、レイラが振り返って片手を上げる。


「鞍がないからな! 捕まっとけ!」


 レイラの腕を掴んで、引き上げる。全身の筋肉を限界近くまで使っている姿勢だ。レイラの鎧が腕に重い。


 翼が広がる。

 舞い上がったレイラは、後ろから強く俺に抱きついた。


「すまない! 助かる!」


「舌噛むぞ!」


 俺たちを乗せた馬は、砂埃をあげながらあぜ道を駆け抜けた。

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