命短し恋せよゴースト
マイは、まるで俺に怯えているみたいに後退りしている。
「どうしたんだよ。マイ」
言って、振り返ってみる。
目の前に、青白い半透明の女の顔が、ニコリと笑う。
下を見てみると、空中に肘をついて寝ているみたいな姿勢をして、足が地についていない。
そこまで確認して、俺は再びマイのほうを見る。
「マイ、俺…気でも狂れたのかな」
目をこすってもう一度振り返る。
「君、かっこいいね! 名前は?」
女が笑顔で尋ねる。
「お前、ゴーストだよな?」
「へ? 誰が?」
「お前だよ」
「うそ、まさか。だってほら、わたし、生きて…」
女が自分の姿を見る。両手を前に出して、地面についてない足元を見て、目が丸くなる。
「生きてない!」
気づいてなかったのかよ。
「あまり害がなさそうなゴーストだな」
レイラが剣を鞘に収める。どうせこんな透明の敵に剣は効かない。マナの体を攻撃する手段でないと、たぶん無駄だろう。
「うそっ…わたしの体、透けすぎ…」
空中に浮いたまま、ゴーストは両手をついてすすり泣く。
マイが一つ咳払いをして、怯えていた態度を改めた。
「あの、ご傷心のところ申し訳ないんですけど、お名前は?」
「ローナです。でも、もう名前なんて…ライフォス様…わたしは、いけない神官です。でもどうか、見放さないでください…」
今度は胸の前で手を組んで、空に向かって祈りを捧げている。
マイは困ったような引きつった笑いを浮かべる。レイラも同じ表情だ。
「あの、ここで何があったのか、教えてもらえない?」
ローナと名乗ったゴーストは、マイの質問を無視して涙ながらに俺にしがみついてくる。半透明になっているおかげで、垂れた鼻水が俺につかないのが幸いだ。
「ああー! ダビのボウケンジャザマァ! どうかお願いです! わたじを葬っでぐだざいぃ!」
マイのほうを見て肩をすくめる。
だめだこりゃ。話にならない。言葉の全部に濁点がついたような泣きべそしゃべりで、俺の胸にしがみついて離れない。
「レイラ、わたしちょっと、この辺りに遺体の跡がないか探してくる。こういうのをなだめるのって、苦手で。パートも連れてっていい?」
「ああ頼む。わたしとアレンでなんとかしてみるよ」
半透明で触れられない頭を撫でるようにしてみるが、いっこうに落ち着く様子がない。
「いやだぁ、痛いのはいやだぁ。痛くない感じで葬ってぐだざいぃ…スンスン」
ゴーストになってまで鼻を啜らなくてもいいのに、生前の記憶というのはこうも人を縛ってしまうものなのだろうか。
それにしても、初めて俺の腕の中で泣いた女性が半透明のゴーストになるとは、全く予想していなかった。なんだかこっちまでひどく損した気分だ。
「ローナ。大丈夫だ。何か無念があったに違いない。それが解決すれば、戦わなくても君は神に召される」
レイラが歩み寄ってきて、俺に寄り添うようにゴーストをなだめる。
なんだか二人で、子供をあやしているみたいだ。
「ほんとですか?」
すっかり泣きはらした半透明の顔をあげて、レイラをみる。
「ああ、大丈夫だ。村でちゃんと弔いもしよう。出身はどこだ? ルキスラか?」
ゴーストは俺の胸にもう一度顔を埋めると、思い切り鼻をかむ。本当にこいつが半透明でよかった。
「はい。そうです」
「では、ルキスラのライフォス教会に君の名前を伝えておこう。ファミリーネームは?」
「チャイルドです。ローナ・チャイルド。あなたは?」
ずいぶん落ち着いてきたのに、まだ俺に抱きついた両腕を離さない。
「わたしはレイラだ。そっちは、アレン」
「アレン、かっこいいね!」
俺に抱きついたまま、上目遣いで俺を見る。生前は可愛い女の子だったんだろうが、あいにく、俺は半透明フェチではない。
「ありがとう。そろそろ、落ち着いた?」
一向に離れる様子を見せないゴーストに、俺は尋ねる。
「うーん…もうちょっと」
そう言うと、また俺の胸に顔を埋めた。
俺とレイラは顔を見合わせて、二人で首を振る。
「レイラ! アレン! 信じられないんだけど、たぶんこの人たち、ちゃんと弔いがしてあるみたい。急ごしらえだけどお墓がある!」
木の向こうから、マイが手招きする。
「行ってみよう、アレン」
「ほら行くぞ、ローナ」
俺が歩き出すと、浮いているのをいいことに、ローナはするりと俺の腕に抱きついて、今度は肩に顔をうずめながら俺たちについてくる。
これ、呪われたりしないんだろうか。
「アレン、気に入られたみたいね」
マイが引きつった笑顔を浮かべる。ゴーストは俺の腕に頬ずりしている。
「触れないから、どうしようもないんだよ」
害はないみたいだけど、アンデッドに粘着されるのはあまりいい気分ではない。
「で、こちらがそのお墓。もう草が生えちゃってるけど、明らかにここだけ草が低くて石まで立ててある。ほら、この土が荒れてるのは、たぶんさっきの剣士の分じゃない?」
他の3人は、もう白骨化しているだろう。アンデッドになると、肉体が腐らないように、奇妙な体液が出るらしい。剣士はその効果があっても、すでに腕にガタがきていた。
「あ、このお墓。私たちを殺したラミアが作ったんです」
「「えっ!?」」
俺とレイラとマイが、一斉に声を出して、ゴーストを見る。
「ど、ど、どうしたんですか?」
今度は俺の背中に隠れるように、ゴーストはふわりと移動する。
「やっぱり、ラミアと戦ったのか?」
ゴーストは恐る恐る顔を出す。
「そうです。念のために、村でサーチ・バルバロイをやってみたんです。そしたら、どこかに蛮族がいるってわかって…。それから、村の薬屋さんの女の人とここで鉢合わせになって、急に戦闘に…。あの蛇の体、間違いなくラミアですよ」
薬屋の女の人。間違いない。セシリアさんだ。
「やっぱりセシリアさんがラミアで間違いないみたいね」
「あれ?」
ゴーストが、素っ頓狂な声を出す。
「わたし、消えちゃうみたい! ってことは、ラミアがいるってことを誰かに伝えないとって思って、アンデッドになっちゃったってことですね! よかった! わたし、いい子だ!」
俺の首に腕をかけたまま、クルリと回って、ローナが正面に姿を表す。
「気をつけてね! アレン!」
そう言うと、突然顔を近づけて俺にキスをする。
驚いて全く動作できない俺を残して、ローナはキスしたまま、ふわりと姿を消した。
全身の筋肉が固まったままの俺を、3人が口を開けて見ている。
「死をも恐れぬ乙女の行動力は、恐ろしいな」
レイラがやっとのことで言葉を漏らす。
「アレン、これで、死んでもあの子と一緒ね」
マイが冗談にならないことを言う。
「男として、負けました」
無口なパートまで、冗談を言った。
「初めてのキスがゴーストってなんだよぉぉぉちくしょぉぉぉっ!」
俺の魂の叫びが、森の中にこだました。