表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
駆け巡るマナの声を聞け
39/83

命短し恋せよゴースト

 マイは、まるで俺に怯えているみたいに後退りしている。


「どうしたんだよ。マイ」


 言って、振り返ってみる。

 目の前に、青白い半透明の女の顔が、ニコリと笑う。


 下を見てみると、空中に肘をついて寝ているみたいな姿勢をして、足が地についていない。


 そこまで確認して、俺は再びマイのほうを見る。


「マイ、俺…気でも狂れたのかな」


 目をこすってもう一度振り返る。


「君、かっこいいね! 名前は?」


 女が笑顔で尋ねる。


「お前、ゴーストだよな?」


「へ? 誰が?」


「お前だよ」


「うそ、まさか。だってほら、わたし、生きて…」


 女が自分の姿を見る。両手を前に出して、地面についてない足元を見て、目が丸くなる。


「生きてない!」


 気づいてなかったのかよ。


「あまり害がなさそうなゴーストだな」


 レイラが剣を鞘に収める。どうせこんな透明の敵に剣は効かない。マナの体を攻撃する手段でないと、たぶん無駄だろう。


「うそっ…わたしの体、透けすぎ…」


 空中に浮いたまま、ゴーストは両手をついてすすり泣く。

 マイが一つ咳払いをして、怯えていた態度を改めた。


「あの、ご傷心のところ申し訳ないんですけど、お名前は?」


「ローナです。でも、もう名前なんて…ライフォス様…わたしは、いけない神官です。でもどうか、見放さないでください…」


 今度は胸の前で手を組んで、空に向かって祈りを捧げている。

 マイは困ったような引きつった笑いを浮かべる。レイラも同じ表情だ。


「あの、ここで何があったのか、教えてもらえない?」


 ローナと名乗ったゴーストは、マイの質問を無視して涙ながらに俺にしがみついてくる。半透明になっているおかげで、垂れた鼻水が俺につかないのが幸いだ。


「ああー! ダビのボウケンジャザマァ! どうかお願いです! わたじを葬っでぐだざいぃ!」


 マイのほうを見て肩をすくめる。

 だめだこりゃ。話にならない。言葉の全部に濁点がついたような泣きべそしゃべりで、俺の胸にしがみついて離れない。


「レイラ、わたしちょっと、この辺りに遺体の跡がないか探してくる。こういうのをなだめるのって、苦手で。パートも連れてっていい?」


「ああ頼む。わたしとアレンでなんとかしてみるよ」


 半透明で触れられない頭を撫でるようにしてみるが、いっこうに落ち着く様子がない。


「いやだぁ、痛いのはいやだぁ。痛くない感じで葬ってぐだざいぃ…スンスン」


 ゴーストになってまで鼻を啜らなくてもいいのに、生前の記憶というのはこうも人を縛ってしまうものなのだろうか。

 それにしても、初めて俺の腕の中で泣いた女性が半透明のゴーストになるとは、全く予想していなかった。なんだかこっちまでひどく損した気分だ。


「ローナ。大丈夫だ。何か無念があったに違いない。それが解決すれば、戦わなくても君は神に召される」


 レイラが歩み寄ってきて、俺に寄り添うようにゴーストをなだめる。

 なんだか二人で、子供をあやしているみたいだ。


「ほんとですか?」


 すっかり泣きはらした半透明の顔をあげて、レイラをみる。


「ああ、大丈夫だ。村でちゃんと弔いもしよう。出身はどこだ? ルキスラか?」


 ゴーストは俺の胸にもう一度顔を埋めると、思い切り鼻をかむ。本当にこいつが半透明でよかった。


「はい。そうです」


「では、ルキスラのライフォス教会に君の名前を伝えておこう。ファミリーネームは?」


「チャイルドです。ローナ・チャイルド。あなたは?」


 ずいぶん落ち着いてきたのに、まだ俺に抱きついた両腕を離さない。


「わたしはレイラだ。そっちは、アレン」


「アレン、かっこいいね!」


 俺に抱きついたまま、上目遣いで俺を見る。生前は可愛い女の子だったんだろうが、あいにく、俺は半透明フェチではない。


「ありがとう。そろそろ、落ち着いた?」


 一向に離れる様子を見せないゴーストに、俺は尋ねる。


「うーん…もうちょっと」


 そう言うと、また俺の胸に顔を埋めた。

 俺とレイラは顔を見合わせて、二人で首を振る。


「レイラ! アレン! 信じられないんだけど、たぶんこの人たち、ちゃんと弔いがしてあるみたい。急ごしらえだけどお墓がある!」


 木の向こうから、マイが手招きする。


「行ってみよう、アレン」


「ほら行くぞ、ローナ」


 俺が歩き出すと、浮いているのをいいことに、ローナはするりと俺の腕に抱きついて、今度は肩に顔をうずめながら俺たちについてくる。

 これ、呪われたりしないんだろうか。


「アレン、気に入られたみたいね」


 マイが引きつった笑顔を浮かべる。ゴーストは俺の腕に頬ずりしている。


「触れないから、どうしようもないんだよ」


 害はないみたいだけど、アンデッドに粘着されるのはあまりいい気分ではない。


「で、こちらがそのお墓。もう草が生えちゃってるけど、明らかにここだけ草が低くて石まで立ててある。ほら、この土が荒れてるのは、たぶんさっきの剣士の分じゃない?」


 他の3人は、もう白骨化しているだろう。アンデッドになると、肉体が腐らないように、奇妙な体液が出るらしい。剣士はその効果があっても、すでに腕にガタがきていた。


「あ、このお墓。私たちを殺したラミアが作ったんです」


「「えっ!?」」


 俺とレイラとマイが、一斉に声を出して、ゴーストを見る。


「ど、ど、どうしたんですか?」


 今度は俺の背中に隠れるように、ゴーストはふわりと移動する。


「やっぱり、ラミアと戦ったのか?」


 ゴーストは恐る恐る顔を出す。


「そうです。念のために、村でサーチ・バルバロイをやってみたんです。そしたら、どこかに蛮族がいるってわかって…。それから、村の薬屋さんの女の人とここで鉢合わせになって、急に戦闘に…。あの蛇の体、間違いなくラミアですよ」


 薬屋の女の人。間違いない。セシリアさんだ。


「やっぱりセシリアさんがラミアで間違いないみたいね」


「あれ?」


 ゴーストが、素っ頓狂な声を出す。


「わたし、消えちゃうみたい! ってことは、ラミアがいるってことを誰かに伝えないとって思って、アンデッドになっちゃったってことですね! よかった! わたし、いい子だ!」


 俺の首に腕をかけたまま、クルリと回って、ローナが正面に姿を表す。


「気をつけてね! アレン!」


 そう言うと、突然顔を近づけて俺にキスをする。

 驚いて全く動作できない俺を残して、ローナはキスしたまま、ふわりと姿を消した。


 全身の筋肉が固まったままの俺を、3人が口を開けて見ている。


「死をも恐れぬ乙女の行動力は、恐ろしいな」


 レイラがやっとのことで言葉を漏らす。


「アレン、これで、死んでもあの子と一緒ね」


 マイが冗談にならないことを言う。


「男として、負けました」


 無口なパートまで、冗談を言った。


「初めてのキスがゴーストってなんだよぉぉぉちくしょぉぉぉっ!」


 俺の魂の叫びが、森の中にこだました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ