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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
駆け巡るマナの声を聞け
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死者の森

 翌朝パルウィリーさんの家を訪れると、パルウィリーさんと奥さんが元気そうに出迎えてくれた。


「本当に、助かりました」

「ありがとうございました」


 二人は口々に礼を言う。

 奥さんが北の農地でインビジブルビーストを見て以来、中空から突如現れるそのおぞましい姿を夢に見続け、すっかり怯えきってしまっていたらしい。

 たしかに心なしかやつれてしまっているが、今はいくらか血色がいい。


「私たちにご出資いただけたとのこと、こちらこそ感謝しています」


 レイラがそう答える間、夫妻の後ろからリドル坊やが顔をのぞかせる。

 坊やと言っても、俺と同い年なんだけど。どうにもリドル坊やは甘やかされているのか、俺と同い年には思えない。今だってなんの声を出すこともなく、ただ首を伸ばしてレイラとマイの姿に鼻の下を伸ばしているだけだ。


「いえそれは、まだまだ払い足りないほどで。いま、もう少しお礼を用意しているところです」


 豪農のパルウィリーさんが平伏せんばかりに頭を下げているのを、俺は初めて見た。害獣にしても、インビジブルビーストにしても、よほど生活を脅かされていたのだろう。


「お気遣いはありがたいのですが、私たちも、当初の契約金に同意して来ていますから、そうご配慮いただかずとも…」


 レイラが丁寧に資金提供を辞退する。本音を言えば、装備品の購入のために少しでも資金は欲しいところだ。大斧でえぐられた盾の修繕費と、ラマンさんが持ち込んでくれる新しい剣のことを考えれば、資金に余裕があるとは口が裂けても言えない。


「これからまた、はなれ森の調査を行います。これ以上危険がないか、念のための確認です」


 マイが話を変える。そう言っておかないと、余計な不安を抱かせてしまう。あの森にアンデッドがいるかも、なんてことを言えば、この小心者の一家はまた寝室に引きこもってしまいかねない。


「ありがとうございます。どうかご武運を」


 そう考えれば、ましてや蛮族が南に拠点をつくりつつあるなんて、口が裂けても言えない。この村を支える土地持ち農家であるパルウィリーさんが尻尾を巻いて逃げ出してしまえば、この村は本格的に再起不能に陥る。


「では、私たちは急ぎますので」


 レイラが断って、パルウィリー家の玄関先を後にする。

 昔リドル坊やを殴ったときには、ここで正座させられて散々怒鳴られたなぁ。まったく懐かしい。

 どんな気分でいまの俺を見ているんだろうか。たとえ村のために戦っているのが俺だとしても、それでも俺よりリドル坊やの方が立派で、貴重な宝なんだろうか。


 まあ、一人息子というのはそういうものだろう。

 俺が喧嘩ばかりしていた間だって、うちの親父たちは俺を大切にした。

 リドル坊やにとって、いまは短い受難の時期にすぎない。時間が過ぎて、俺がいなくなって、パルウィリーさんたちが少しずつ経営から手を引いていけば、この村を支えるのはリドル坊やの役目だ。ノーラあたりと結婚させられて、この村を守っていくんだろう。


 俺にはもう、関係のない話か。


 いまの俺に関係あるのは、目の前に広がる深い森とその奥にいるかもしれないアンデッド。そして遥か南で村の襲撃を企てる蛮族。そういう世界だ。


「この間来たときは、ずいぶん焦らされたな」


 レイラが苦笑しながら、俺を見る。


「この村のどこかのおバカさんが、一人で森に入るなんていう信じられないことをやってくれたからねぇ」


 久しぶりのじっとりしたマイの視線が、俺に刺さる。


「その件については謝るよ。というか、本当にありがとう。死ぬとこだった」


「気にするな。あれも私たちの仕事だ」


 俺の立場も変わって、その言葉の意味もわかるようになった。フォルマンさんの家に駆けつけたように、村人の危機には全力で対処しなければならない。

 これからは、俺も村のみんなの危機に駆けつける、救いの天使にならなければならない。


「レイラが来たとき、天使みたいだった。朝日を受けた白い翼が、眩しいくらいに光ってさ。蜘蛛の上から跳んで、俺の前に立って、蜘蛛の体当たりを盾で抑えただろ? あのとき、すごくかっこよかった」


 思い出すだけで恍惚とする。俺は、その姿に憧れたのかもしれない。

 あんな風に戦って、他の誰かにあんな風に見てもらえるなら、俺は冒険者になりたいと、そう感じていた。


「当たり前だ。この翼は、わたしのチャームポイントだからな」


 レイラが自慢げに言う。マイが苦笑して、パートはその様子を見守る。


 あれから一週間しか経っていないとは思えない。

 いつの間にか、3人ともかけがえのない仲間に変わった。


 激戦が繰り広げられた川辺を抜けて、さらに奥に足を進める。

 以前の冒険者たちだって、きっとこういう関係だったんだろう。それが何かに襲われて、この森で姿を消した。そんなことをした犯人はいったい何者なんだろうか。


「ちょっとレイラ! あれ!」


 マイが言うより先に、ひどい臭いが鼻をつく。

 あたりを見ると、肉が腐ったような狼が3匹、こちらを見ている。


「珍しいな。動物のアンデッドだ」


 レイラがバスタードソードを引き抜く。


「マイ、魔力は温存しろ。ここはわたしとアレンでケリをつける」


 …少し気が進まない。レイラは剣だからいいかもしれないけど、俺は自分の拳であの腐った体をどつかないといけない。肉がもげて内臓に達しでもしたら、臭いが拳から抜けなくなりそうだ。


「パートが撃てばいいんじゃない? 俺、あんまり触りたくない…」


 弾丸だって節約しないといけない。ラマンさんが次に来るまでまだ日がある。それはわかっていたけど、愚痴を言わずにはいられなかった。


「つべこべいうな! 行くぞ!」


 レイラがバスタードソードを両手で持って、一匹に切り込む。

 観念して、俺も別のウルフに駆け込み拳を振るう。二発拳を叩き込んだだけで、首がもげて吹き飛ぶ。幸い内臓は抉らずに済んだ。


 そのとき、草陰から何かが姿を表す。


 剣!


 体が咄嗟に反応して、そのひと薙ぎを俺は回避する。


「デスソードね」


 後ろから、マイが息をついた。


「たぶん、冒険者にいた剣士の一人だと思う。葬ってあげて」


 本当にここで命を落としたみたいだ。

 レイラがもう一匹の狼ゾンビを切り倒す。


 俺は踏み込んで拳を突き出すと、盾で拳を受け止められる。

 さすがは元冒険者といったところか。


 しかし、意識を失った大振りの剣が、俺を捉えることはない。

 もう一度踏み込む。盾を叩き割らんばかりに3連撃を繰り出すと、盾より先に相手の腕がへし折れた。腐っていたか。


 こうなれば、もう俺の拳を妨げるものはない。

 渾身のストレートを、目玉の抜け落ちた顔面に叩き込む。


「違う! 剣が本体!」


 声が響く。その声と同時に、剣が俺に飛びかかってくる。

 かろうじて身を躱すが、左腕に傷が入る。かすり傷で済んだ。


「呪いの刃は、かすっただけでもマナの体を削るわ! ヒーラーはいないの!?」


 よく聞いてみれば、聞いたことのない声だ。

 マイのものなのか、光が俺の傷を癒す。


 俺の後ろで、金属がぶつかり合う音がする。

 レイラが剣を打ち落としたか。振り返ると、レイラの一閃が宙に浮かぶ剣を真っ二つに打ち砕いていた。


「まったく…アンデッドになってしまうなんて、彼はティダン教徒だったんですけどね」


 さっきから、誰のものだかしれない声がする。


「…アレン。も、ものすごく、言いにくいんだけど…後ろ、見たほうがいいかも」

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