冒険者の個室
食事を済ませた俺たちは、今日1日張り付いていた会議室にまた集まった。
村には問題が山積しているとは思っていたけど、事態は俺や村長が想像していたよりも複雑だったらしい。
「レイラも状況は把握してると思うから、判断は任せるわ」
食事をとったからなのか魔力を使い果たしたからなのか、あるいは一日中喋り疲れたのか、マイが眠そうに言う。
「残っているのは、冒険者がアンデッドになっている可能性と、村の南の蛮族と遺跡探索、それにラミアの件か。増えたものだな」
「ラミアについては、蛮族との協力がないことがわかったから、少しは楽に身構えていいかも」
あくびしながらマイが補足した。
蛮族と結託して村を攻撃するようなことはなさそうということか。
「遺跡に向かうのは蛮族との戦いが済んだ後がよさそうだな。しかし明日の朝、先にアンデッドの処理を済ませよう。昼まではヤーマの死を気取られんからな。」
「じゃあそうしましょう。ただ、ガストが大量に押し寄せたら、事ね」
影法師が率いているとヤーマが言っていたやつだ。
「ガストってなんなんだ?」
「人間の影みたいなもの。黒ずんだ、ぼやぼやした塊みたいに見えるはずよ。ひとつひとつはものすごく弱いんだけど、害虫みたいに一斉に来る事があって、そうなったらずいぶん調子を狂わされるでしょうね。ほら、魔法で対処したら魔力を使い切ってしまうから、しらみつぶしに殺すしかないのよ」
村中に拡散したそれを斬り倒し殴り倒ししているうちに、本丸の影法師やドレイクが現れたら、俺たちの方が各個撃破されかねないということか。
「だめだ、もうわたし限界。ちょっと寝かせて」
やっぱりマイは魔力を使い果たしてしまったみたいだ。その場で机に突っ伏して目を閉じる。
「よし、明日は食事を終えたらはなれ森に向かうぞ。マイ。わたしに掴まれ。部屋まで連れて行ってやる」
今日1日大活躍だったマイ先生は、ふらつきながらレイラの肩に捕まる。レイラが困ったように小さくふっと笑う。
「アレン、手を貸してくれ。マイはもうだめだ」
見ていてなんとなくわかる。意識を失いかけているのか、レイラからずり落ちそうになったところを、俺が慌てて支える。
「俺が抱えていくよ」
そのまま、膝の裏に手を回して、右手で背中と首を支える。
ほとんど筋肉のついていないマイの体は、想像していたよりもずっと軽かった。
「すまん、助かる」
レイラが眠ってしまったマイの顔を見て、扉を開ける。
階段を抜けて、マイの服から鍵を探し出すと、レイラが扉を開ける。
集会場から持ち出された本が机の上に積まれた部屋。
あちこちに羊皮紙が散らばっていて、いろいろなことが書かれている。
時には、見たこともない文字が書かれているものさえある。
毛布をレイラが持ち上げ、俺がマイの体をベッドに横たえる。
「今日は大活躍だったな」
そう言いながら、レイラは毛布をかけ、マイの頭を撫でる。
眠ったまま、マイが嬉しそうに笑う。
聞こえているんだろうか。
「満足そうだな」
「よし、私たちも寝ようか」
俺たちはそっと扉を閉める。レイラが鍵を閉める。
「マイはいつも限界まで活動して、ああやって倒れるように寝るんだ。大概、最後の気力は部屋で使い果たすんだが、今日は最後まで持たなかったみたいだな。こういうのは久しぶりだ」
レイラの優しい笑みは、まるでマイの母親のようだ。
「アレンも休息を怠るなよ」
その後ろから、パートが階段を上がってくる。
「パートもな」
「じゃ、おやすみ」
レイラはそう言って、自分の部屋を開けて中に消える。
パートがその後ろで、小さく礼をしている。
「なあ。パートって、レイラに使えてるって関係なのか?」
その頭が上がったところで、尋ねてみる。
前から気になっていた。はじめ会ったときはなんて紹介されていたっけ。
「はい。わたしはハイゼルストーン家に使えていたルーンフォークの一人です。今は、レイラ様をお守りするのがわたしの務めです」
レイラのファミリーネーム、ハイゼルストーンっていうんだ。
この感じだとずいぶん立派な家系のようだけど、レイラから聞いた話だと、レイラを男として育てようとしたらしい。武人か何かだったんだろうか。
「一人ってことは、ほかにもいるのか? えっと、フェンディル王国に」
「いえ。おそらくは、生き残っているのはわたしだけかと」
ハッとする。レイラは、気付いた時には冒険者になったと言っていた。
もしかして、家族の身に何かあったんじゃないだろうか。
それで、パートとともにフェンディル王国を抜け出して…
扉がわずかに開いた。
「その辺にしておけ、パート」
レイラの怒気を帯びた声が、扉の向こうから聞こえる。
「かしこまりました」
「アレン、休息を怠るなと言っただろう。油を売っている暇があるなら、部屋でマイからきいた魔動機や魔法生物の復習でもしておけ」
過去にはあまり触れられたくないのだろうか。でも、俺は知りたい。知って何ができるわけでもないかもしれない。それでも、レイラのことを少しでも知りたい。
扉の向こうでレイラがどんな表情をしているのか、何を抱えて、何を考えて冒険をしているのか、俺は知りたかった。
「パート。これ以上口外するな。これは命令だ」
「かしこまりました」
それだけ言うと、また扉が閉まる。
「それでは、わたしも休息をとります」
パートはそう言うと小さく礼をして、立ち尽くす俺の横を抜け自室に消えた。