マナ、この奇怪な存在
遺体の処理を済ませた俺たちが宿に帰ると、少し遅れた夕食が用意されていた。
「あ、ノリスおじさん、どうも」
「おい、もういねぇんだろ? その呼び方やめろよ」
親父とふざけたやり取りをして、食堂に向かう。
「おい! 私は鎧を脱がないといけないんだ! 全員少し待て!」
レイラが大声をあげて、大慌てで階段を駆け上がっていく。
「わかったことを整理すると…」
マイは会議室から羊皮紙の束をもってきて、ペラペラめくり始める。
「相手のリーダーは功を焦る若手ドレイクのルーク。南の山の峠に陣を構えていて、ガストナイトだかガストビショップだかを部下に抱えてる。その目標はこの村の制圧で、ヤーマはそこの軍師だった。でもインビジブルアサシンの作戦が失敗したことで、責任をとって自ら暗殺任務について、見事失敗と」
そのうえ陣容をペラペラ喋ってくたばったと来ている。まったくなんのために送り込まれたのか、わかったもんじゃない。
「予定を変更する必要があるかなぁ」
そう呟くと、マイはまた羽ペンで頬をたたく。
「さっきの感じだと、明日の昼までにヤーマが帰らなかったら、ルークは作戦の失敗を見抜いて次の行動に移るはず。そんなときに私たちが遺跡に離れているのは、ちょっと楽天的もいいところね」
「みんな! ちゃんと私を待ってくれたか!?」
自分は全員分を食べようとしたことがあるくせに、人には食事を待ってもらう天使様がようやく到着した。
「レイラはどう思う? 先に蛮族と勝負をつけるべきだと思わない?」
「まあ待て、マイ。それよりも先に、目の前に夕飯が並んでいるんだ。蛮族と戦うより、夕飯が先に決まっているじゃないか!」
言うが早いか、レイラは早速ステーキを切って口に運ぶ。
「うまいぞ! 今日もお母さんの料理はうまいぞ!」
その肉焼いてたの親父だけどな。
「…そうね。食事のあとに考えましょう」
マイも羊皮紙と羽ペンを置いて、食事にかかる。
俺も戦って腹が減った。昼に勉強したことが、全部流れて消えてしまったような気がする。
気が…いや、これは確実に全部忘れてる。まずい。
マイ先生に怒られてしまう。あとでこっそりパートから聞いておこう。
ノリスおじさんの野菜炒めは…うん、やっぱりうまい。
「そういえばマイの一撃、あれ、すごかったな。魔法ってどうやって狙ってるんだ?」
いくら口がでかかったとはいえ、あんなところに直撃させるなんて、えげつない攻撃もあったものだ。
「わたしも必死だったからねぇ。こう、マナの凝縮点を意識するんだけど、まっすぐ打ち出すだけだから、感覚的には石を投げるとのあんまり変わらないのかなぁ。だからあれは偶然といえば偶然。狙ってできることじゃないかな」
「その『マナ』って、いったい何なんだ? ラマンさんや盗賊が使ったのも、マナの刃なんだろ? パートが銃を撃つのもマナの爆発。弾丸から吹き出すやつもマナだよな? 俺の傷を治すのもマナで、あの盾みたいなのもマナ。もちろんあの光の弾もマナ。考えれば考えるだけ、わけがわかんないんだよ」
魔法が使えるようになれば、少しはわかるんだろうか。でも魔法使いだって、結局は感覚的にしか理解していないんじゃないだろうか。よくわからないけど機能する、謎の存在。そんなものだろう。
「そうねぇ。でもアレンの体にだって、マナはあるんだよ? 無意識かもしれないけど、ほら、時々筋肉を急に膨張させてるでしょ? あれもマナの力。練技って呼ばれてて、結構訓練がいるはずなんだけど、時々簡単な技だけ身につけてる人がいるの。アレンみたいにね」
たしかに血が沸き立つような感じがするときに、両腕の筋肉が急に膨張するときがある。俺もマナを使っていたということか。
「アレンがやってるのは、体をマナで制御することなの。たぶんインビジブルアサシンの速さとか、今日のオーガの力強さが人族をしのいでたのは、戦ったアレンなら理解してるはず。あれもマナで体を制御してるからなの」
「ああたしかに、インビジブルアサシンの反応速度が速すぎて、反応しきれなかったときがあったな。筋肉の動きよりも早く体が動いてる感じだった」
にんじんのグラッセが口にとろける。
「そうやって自分の体の制御に使ってるマナを体の外に開放して、空気中のマナを操作するために使うの。だから、少しだけ体が大きくなる感じかな。見えない手がひとつ伸びてると言ってもいいかもしれない」
「自分の体の周りにマナの体があって、それが光を打ち出したり傷を癒したりするってこと?」
マイの言葉を借りて自分で言ってみても、何を言っているのかよくわからない。
「もう少しうまく説明できるといいんだけど、こればかりは難しいの」
ということは、オーガの体の中にあるマナに干渉して、その心を制御したということになるのだろうか。マイの周りのマナの体が俺の心のあたりに手を突っ込んで、俺のマナの体を乗っ取ってしまう…。想像するだけでなんだか気持ち悪い。
マナを使いこなせれば、皮膚なんて思ったより脆い壁なのかも。
「じゃあさ、俺が殴るときに、相手の体を殴らないでマナの体を殴ることもできるってこと?」
思いつきでそんなことを言う。
「できる人もいるらしいよ。レイラ、誰か知り合いで『魔力撃』できる人いない?」
口の中にいっぱいにものを詰めていたレイラが、慌ててそれを飲み込んでから応じる。
「マーガレットのパーティにいたな。魔法剣士だ。わたしもいずれ教えてもらおうと思っている」
マナの体を斬る剣術。物理的な剣が肉を裂くと同時に魔力が流れ込んで、体のマナを引き裂いていく。想像するだけで恐ろしい技だ。
「できるのか。でも俺には難しそうだな。マナを体の外に出すっていう感覚が全然わかんないし」
すでにレイラは、少しだけ神聖魔法の心得があったはずだ。つまり、体外のマナに干渉する感覚を知っているということだ。自分の筋肉を膨らませているだけの俺とは全く違う。
「そういう人はマギスフィアを使うの。そもそも魔動機って、魔法を使えない人でも効率良く魔法の結果を得られるようにした道具のことなの。強いて言えば、機能性魔法結晶ってところかしら。だからディザやルキスラでは、冒険者でも魔法使いでもないただの市民が、魔法の恩恵を受けてる。マギスフィアと魔動機を媒介にしてね」
なるほど。だんだんわかってきた。魔法と魔動機は、似てるけど全然違うものなのか。
「でもパートとか冒険者が使ってるマギスフィアは別。ほら、銃の射出に使えるマギスフィアが音声記録機に変わったでしょ? あれは、使用者が自由にマギスフィアの機能を変えられるタイプの、フレキシブルなデバイスなの」
だめだ。もうついていけない。やっぱり俺は、自分の筋肉を膨らませるだけで我慢しておこう。
マイ先生の魔動機講座を聞き流しながら、俺は食事を口に運び続けた。