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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
蛮族の影
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誘惑の妖精神

「まただ…信じられない! だって、オーガだよ!? 私たちじゃ、本来敵わないはず!」


 崩れ落ちたオーガを前に、マイが興奮気味に口を開く。

 振り返ると、スタンリー司祭が安堵から腰を抜かしている。


「でも今のは、私もやったよね!?」


 血を払ってバスタードソードを鞘に収めると、レイラがマイに向かって笑顔を作る。


「マイの一撃が全てを決めたな」


「俺、あれだけはくらいたくないな」


 拳が口を貫いて喉に達するのを想像するだけで、生きた心地がしない。


「さて、問題はこいつの背後関係だ」


 レイラが素早く頭を切り替える。確かにそれを確認しなければ、何の意味もない。単身でこの村にやってくるということは、おそらく相手の首領ではないのだろう。つまり、ドレイクがどこかに潜んでいる。

 あるいは、ラミアか。


「あまりこういうことはしたくないが…」


 そう言うと、レイラはオーガの首に手を当てる。


「恐ろしい生命力だな。まだ息がある。しかし、それならやることは一つだ」


 銃弾の補充を済ませたパートが歩み寄る。


「拷問ですか」


「せめて尋問と呼んでくれ」


 たしかにあまりやりたくない。それでも村のためには仕方ないのだろうか。


「パート。狙撃体制をとって。レイラはそのまま。剣は抜かないで大丈夫。アレンは、装備をつけたまままたマントで武器を隠して」


 何か思いついたのか、マイが指示を飛ばした。


「スタンリー司祭。お疲れのところ申し訳ありませんが、この蛮族を回復させてくださいませんか? 私はアステリアの信徒です。手荒でない尋問の方法を、アステリア様から授かっています」


 そう言うと、腰の抜けたスタンリー司祭に触れる。治療したんだろう。


「ああ、ありがとう。そうか、アステリア様の神聖魔法か。協力するよ」


「パート。オーガの死角から構えておいて。私が合図したら、かまわず撃って」


「かしこまりました」


 パートがオーガの頭の方に移動して、銃を構える。


「「何をするんだ?」」


 レイラと俺が同時に尋ねた。


「アステリア様の力を借りて、こちらに友好的な心理状態を生み出すの。私がお願い事をするときにやるアレを、魔法の力を借りてもっと強力にやるってわけ」


 本格的に、マイ先生と呼んだ方がいいかもしれない。つまり、マイは人の心を魔法で操作することまでできるということだ。まさか仲間に使うことはないと思うけど、それでも下手なことはできない。


「では、回復させます」


 光がオーガを包む。


 ほとんど同時に、マイが何かブツブツ言い始めた。


 巨体が再び動く。マントの下で、俺の拳に力が入る。


「ヤーマ、気分はどう?」


 マイが笑いながら呼びかける。


「ああ、マイ。なんだか体がいてぇよ。さっきは友達をぶったりして、悪かったな」


 真っ黒の筋肉質な巨体から発される低い声で、ヤーマは子供のようなことを言った。

 その様子に、俺は全く拍子抜けしてしまう。


「あら、それは大変ね。すぐに治療するから、ちょっと待っててね。そうだ、その前に、あなたの友達について教えてくれない? ほらドレイクの友達、いるでしょ?」


 俺たちに話しかけるのと全く同じように、親しげな言葉遣いでマイは語りかける。いったい何が起こっているのか俺にはわからないけど、とにかくオーガが今や全く敵対していないことだけはわかった。


「ああ、ルークのことか。ルークは俺に厳しいんだ。インビジブルアサシンがやられて、ひどく怒っちまってな。だから俺に、マイたちを殺すように命令したんだ。でも、俺がマイを殺すわけないだろ? おかしいよなぁ。」


 どうやら強制的にマイを親しい相手だと考えさせているらしい。

 “人にものを頼むときにいつもやってること”っていうと、あの可愛らしい笑顔でお願いするやつだ。やっぱりあれ、作り笑顔だったんだな。まったく、あざといやつだ。

 これからはあの笑顔に負けないように…いや、多分無理だ。


「あなたも大変ね。じゃあこれから、ルークのところに報告に帰らないといけないの?」


 無防備にも、マイはやっとのことで上体を起こしたオーガの横に寄り添って、その背中を支える。魔法を使っている当人だから確信を持てるのだろうが、見ているこちらは冷や汗ものだ。


「そうだなぁ。でも殺されちまうかもなぁ。ルーク、怒りっぽいしなぁ」


 蛮族にも蛮族の事情があるようだ。


「そういうことなら、私たち、一緒に行ってあげようか? どこだったっけ?」


「ここから南の山のうえだよ」


「街道から少し東だったけ?」


「そうそう」


 たしかにこれなら尋問じゃない。どちらかといえばただの会話だ。こんなに簡単に親愛の情を沸かせるなんて、アステリア様がティダン様を魅了したというのも、あながち嘘じゃないのかもしれない。


「ああでも、ルークは私たちのことが嫌いなのね。あなた以外の部下たちも、みんなそうなんでしょ? そしたら難しいかもしれないわね」


「そうだなぁ。行ったら、殺されちまうなぁ」


「あなたが、他の部下を説得すればいいんじゃないの? あなた以外に有力な部下はいないの?」


 魔法の助けがあるとはいえ、恐ろしい質問力だ。話は自然に流れているようで、必要な情報だけをピンポイントで聞き出し続けている。つくづく敵に回したくない。


「うーん、名前はないけど、影法師のやつがいるんだ。たくさんガストを引き連れててな。まあ俺ほど強くはないから、マイには心配いらないと思うけどな」


「あら、もうあと一人しかいないんだ。そりゃあルークも怒るはずよ。だって、この村を占領するつもりだったんでしょう?」


「そうなんだよ。ルークは功を焦ってる。まだドレイクの中では若いからな。だから俺がいろんな策を巡らせたんだ。見事にマイたちにやり返されちまったけどな」


 話の大筋が見えてきた。次にやるべきことも概ねわかった。


「他に、この村に忍び込ませている仲間はいないの?」


 この場でセシリアさんの名前が出たら、スタンリー司祭に聞かれてしまう。

 なんて質問をしたんだ。


「いねぇよ。俺だけだ。人に化けられる蛮族なんて、俺くらいだからな」


 仲間じゃない? ラミアは蛮族の群れとは無関係に、この村に潜伏しているのか?


「わかったわ。ありがとう。パート、お願い」


「え?」


 オーガが振り向くと、その額にパートが銃口を当て、銃声が響く。

 再び、オーガが地に伏した。もう立ち上がることはないだろう。


「拷問はしないで済んだけど、あまり気持ちのいいものじゃないわね」


 マイがため息をついた。

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