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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
蛮族の影
34/83

舞い上がる戦乙女

「ノリスおじさん。ちょっと」


「またかい冒険者さん。困るよ、今、料理中でね」


 そう言いながらも、親父は手早く処理をして廊下に出てくる。


「今からヤーマを教会に案内するんだ。夕飯の時間、ちょっと遅らせてもらえない?」


 俺がそう言うと、親父は目を丸くする。


「そうきたか。誰の提案だ?」


 太い腕を胸の前で組むと、血管がくっきりと浮き出ているのが見える。いつになったらこの筋肉は衰えるのだろうか。


「俺…と言いたいところだけど、パートだよ」


「はっはっは。だろうな。いいぞ。妻にもそう伝えておく。夕日の教会は綺麗だからな。行ってくるといい」


 そう言いながら、親父は台所に帰っていく。

 廊下を戻ると、2階から階段を降りてくるマイの声が聞こえる。


「歴史ある教会なんですよ。今聞こえたように、夕日の頃が一番綺麗で。ここを訪れたなら、見ておかないと損ですから」


 どうやら成功したらしい。相手にしても、情報を聞き出すためにここに来たんだ。会話する機会をむざむざ断るはずがない。


 階段をおりてきたヤーマは、やはり大斧を担いでいる。武器を手放さないのはレイラと同じだ。旅人なら警戒心を解かないのは美徳ではあっても、責められることではない。あの斧と戦わなければならないのかと思うと多少ぞっとするが、やりようはいくらでもあるはずだ。


「よかった、きてくれたんですね。あ、マイ。レイラは、夕日が沈んでしまう!とか言って、先に行っちゃったよ」


「ああっ! まったく、いつも勝手なんだから…」


 マイが頬を膨らませる。こういうわざとらしい表情をさせたら、マイの右に出るものはいない。自分の容姿をよくわかっているからなのか、あざといくらいに可愛らしく表情を作ってみせる。


 外に出ると、まだ夕日は沈んでいない。それでも太陽は少し赤くなりつつある。


「間に合いそうだな!」


 俺は大きな声を出して、軽く伸びをする。10分もすれば、また強敵と戦闘だ。レイラは鎧があるからいいが、俺はうまく躱さなければ、あの大斧で体を真っ二つにされる恐れだってある。

 しかし、そんなヘマはやらかさない。パートと同じ黒マントの下には、昨日親父にもらったアラミドコートを着込んでいる。動きやすい上に、わずかながら防刃性があるという優れものだ。


「自由都市連合の方って、どの神様が信仰されているんでしたっけ?」


「俺はドワーフだからな、街の神は忘れちまったが、仲間うちではグレンダールが信仰されてたな。俺もそうだ」


 また知らない神様だ。まったく世界は広くてたまったもんじゃない。


「マイ! 俺、その神様知らないんだけど、どういう神様なの?」


「アレンはもう少し勉強しなさい! 信徒の前で説明するのもちょっと恐縮なんだけど、つまりは炎の神様よ。その炎で古きものや悪しきものを破壊し、新たな再生の契機を与える。ドワーフの間では、戦いの神様としても崇められているし、炎という性格から、鍛冶屋の神様としても有名ね」


「その通り。何をなすにも、力強い破壊が先行しなくちゃならない。冒険者さん達だって、そうだろう? 戦って障壁を排除して初めて、新しい遺跡に踏み込んだり、剣のかけらが手に入ったりする。すべてを切り開くのは、力さ」


 ヤーマが残りを引き受ける。マイの口ぶりだと、人間にも信仰されている神様なのは確かだ。その信仰をヤーマが知っていて、ここまで語れるということは、ヤーマが蛮族というのは俺たちの思い過ごしだったんだろうか。


「でも困るのは」


 商店街を抜けたところに、教会が見える。その門で、スタンリー司祭が手を挙げて合図する。


「その信仰の一部を切り取って、蛮族が信仰していることなの。グレンダール様は、決してすべてを破壊することを望んでなんかいないのに、文明や都市、人々の営み、そのすべてを破壊して燃やし尽くすのを正当化するために、グレンダール様の名前を持ち出す蛮族がいると聞くわ」


 なるほど、そういうことか。信徒なのは間違いない。しかし、それは歪んだ教えだ。


「へっへっへ。詳しいな、嬢ちゃん。エルフは長生きだから、森から出たら賢くなるって、本当なんだな」


 自分のことを言われていることに気づいていて、ごまかそうとしているのか、ヤーマは余裕をのぞかせる。


「どうも、スタンリー司祭。急にすみません」


 レイラから事情を聴いているだろうスタンリー司祭は、それでも平静を保っている。


「いえ。お力になれて幸いです。そちらがヤーマさんですか?」


「そうです。グレンダール様の信徒らしいですよ」


 マイが応じる。そう言いながら、マイは俺を通り越してスタンリー司祭の後ろに抜ける。パートは、離れて教会の全景を見るような位置に移動している。

 全員、配置が済んだ。


 ヤーマの前に俺、サイドに離れてパート。俺を挟んで回復役二人。そしてレイラは…


「懺悔の用意はできたかな?」


 ヤーマの背後にレイラが立っている。

 バスタードソードを杖のように構え、翼を広げた様が夕日に映える。


「まさか、貴様ら!」


 ヤーマが叫んだ瞬間、ヤーマの周囲があたたかな光に包まれる。

 光だけどまぶしくない。優しくて暖かくて、不思議な光。


「ヌワァァァッ!」


 叫び声。


「間違いない! 蛮族だ!」


 光の向こうで、レイラが大剣を構えた。

 この光がバニッシュ。


 俺が理解した瞬間、ヤーマがのたうって、その体が弾けるように膨らむ。

 苦痛の叫びが次第に音を低くする。


 光の中から、できの悪い麻袋のような皮膚をした、黒い腕が高く掲げられる。

 その手に、さっきまでの大斧は小さく見えるほどに巨大な腕。


 地面を揺らすほどの声が、街に轟く。

 バニッシュの光が消えると同時に、大斧がなぎ払うように振るわれる。


 レイラが弾き飛ぶが、空中で体勢を整え、ふわりと着地する。

 盾に深い傷。それもそのはずだ。


 いま、俺たちの前には、3mを超す巨体に怒り狂った赤い目、そして獣のような牙をもった生物が姿を現していた。


「やっぱりオーガ! 筋力は桁違いよ!」


 マイが叫んだ。金属鎧ごと弾き飛ばす筋力。侮れば一撃で死に至りかねない。

 俺はマントを払いのける。その中には、すでにハードノッカーを装備した両腕がある。


「気をつけてください!」


 スタンリー司祭がそう言うと、俺の目の前にマナの歪みが生まれる。

 魔法が来る! 身構えたが、マナの歪みは俺の前で薄い膜を作る。


「アレン落ち着いて! それは盾だと思って!」


 マイが叫ぶと、今度はハードノッカーが光を纏う。

 よくわからないが、きっと攻撃の足しになるんだろう。


 レイラが盾を持った腕を掲げる。直接攻撃を受けていないにもかかわらず、その腕は重そうだ。

 そこに弾丸が通り抜ける。ヤーマではなく、レイラに向かって。

 盾を持ったレイラの腕に弾丸が当たると、レイラは素早く構え直す。


 傷を癒したのか?

 みんな、俺の知らないことをやりすぎだ。


 でも、俺のやることはたった一つ。こいつを殴って黙らせる。


 相手は再び斧を振る構えに入る。


(させるかよっ!)


 大きく開いた懐に飛び込む。

 しかし、相手が大きく後ろに下がって距離を取られる。


 この動き…怯えてるのか?


 レイラがサイドから切り込むと、のけぞりながら必死に斧で攻撃を防ぐ。


 間違いない。


「レイラ! こいつ怯えてる! よく見れば動きは読める!」


 再び斧を大きく振り回した。

 レイラが低く構えて盾で受け流すと、滑り込むように右膝に回転切りを入れる。


 相手の体勢が崩れた隙に、巨体の懐に跳躍する。ここまで急激に近寄れば、デカブツはもう反応できない。

 精一杯胸を張って、全身のバネを一撃の拳に乗せる。


 顔面に振り下ろした一撃は、しかし、デカブツを押し倒せない。

 まだ足りない。すかさず巨体の腹を軽く蹴って、片手だけをついて後転する。


 パートの弾丸が左腕を捉えたが、わずかに血が吹き出るだけで傷は浅い。


 のけぞりつつあったオーガは体勢を整え、雄叫びをあげて俺たちを威嚇する。


 その無駄にデカイ口腔に、光弾が直撃した。

 マイ先生渾身の一撃に、オーガの口から血が吹き出る。


 何がオーガだ。俺たちにとっちゃ、文字通り夕食前なんだよ。

 俺は勝利を確信した。


 俺は強く踏み込むと、巨体の胸に二発の拳を叩き込む。

 ハードノッカーを包んでいた光が、俺の拳に続いて相手の体を貫いていく。


 立て続けに上体に攻撃を受け、大きく仰け反った巨体。

 貴様は、夕日に舞い上がる天使をそこに見るはずだ。


 俺の肩を蹴って、レイラが高く跳ぶ。

 翼を広げたその姿は、紛うことなき戦女神。


 盾を捨てたレイラは、両手で握った大剣を、深く胸に突き立てる。


 オーガの手から大斧が落ちる。


 力を失ったオーガの胸をひと蹴りして、レイラは剣を引き抜き、宙返りする。


 返り血が、夕焼け空にに放物線を描く。


 レイラが着地すると同時に、黒い巨体は轟音をあげて崩れ落ちた。

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