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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
蛮族の影
33/83

宿屋の主人は伊達じゃない

「親父、ちょっといい?」


 台所で料理中の親父に声をかける。


「ん? なんだ?」


 例によって鍋を振りながら、親父が応じる。奥にいる母さんに聞かれると、おびえさせてしまう。できれば親父にだけ教えたい。


「ちょっと、レイラたちから伝言があって。ちょっとこっちに来てよ」


「仕方ないなぁ、ちょっと待て」


 なんとか引き離しに成功する。親父は野菜炒めを大皿に入れると、鍋を流しに突っ込む。熱された鉄板が激しい音を立てて、水が一瞬跳ねる。いつ見ても豪快だ。


「よし、なんだ? ヤーマの正体についてか?」


 台所を出た親父が真っ先に口を開く。って、


「親父、気づいてんのか!?」


「当たり前だろう。俺をなんだと思ってるんだ。宿屋の主人だぞ」


 親父が似合わない爽やかな笑顔を作ってみせる。


「そこは、元冒険者って言うべきじゃない?」


 親父の冗談に呆れてしまうけど、その冷静さは心強い。


「狙いはお前たちだろ? まぁ、オーガが単独で暴れることはないさ。あいつらは智将ぶりたい連中だからな。今回は多分視察だろう。下手に刺激しないことだ」


 親父もきっと自分の命が危うくなる状況を毎日のように経験してきたんだろう。危機に対する耐性が常人のそれとは全く違ってしまっている。


「一応今日は、俺と母さんはお前とは何のつながりもないふりをする。オーガっていうのは、そういうつながりに付け入って胸糞悪い罠を仕組んだりするんだ。レイラさんにも、今日はちゃんとガーネットって呼べと伝えとけ」


「わかったよ。…なあ、毒とか盛ればいいんじゃないのか?」


 親父を手招きして、耳打ちしてみる。


「まったく。お前は本当に宿屋の息子か? 今はあれは俺の客だ。金はもらった。本性を出して暴れださない限り、つまり蛮族であるという保証が得られない限り、俺は一晩、あれの安全は保障する。お前たちもそれは同じだ」


 蛮族相手に真面目な商売してどうするんだよ。

 なんて言っても親父は聞かないんだろう。あちこちで蛮族と殴り合いを演じてきて、時には死にかけて、それでも蛮族を憎んではいないんだ。あるいは殴り合ってきたからこそ、不必要に蛮族を恐れていないのかもしれない。


「そうだ、マイさんにも言っておけ。うちの店の中で、あいつにバニッシュでもかけようもんなら、後で賠償はたんまりいただくと」


「バニッシュって何?」


「お前、そんなのも知らんのか。バニッシュっていうのは神聖魔法で、蛮族とアンデッドの精神を強くかき乱す魔法だ。相手が逃げ出すならまだマシだが、ときどき怯えた挙句に暴れ出すやつもいる。人間だって、気が狂って暴れるやついるだろ? ああなると手がつけられん」


 なるほど。そんなことになったら、俺とレイラとヤーマが大立ち回りを演じて、うちのボロい宿が物理的にも経済的にも傾くかもしれないわけだ。


「わかったよ、伝えとく。じゃあガーネットさんにもよろしく、ノリスおじさん」


「へっ、いざ言われてみるとムカつくな。あいよ、冒険者様」


 会議室に戻ると、3人の視線が一斉に俺に集まった。

 親父の調子とは対照的に、凄まじい緊張が部屋を満たしている。


「親父、気づいていたよ」


「なら、食事に毒を盛りましょう! ねっ!」


 マイが机に両手をついて体を乗り出す。


「いや、間違いなく蛮族だって保証が得られるまでは、ちゃんと客として扱うって」


「なら! 私がバニッシュを使えばその反応でわかるはずよ!」


 謎のガッツポーズ。緊張のせいなのか、マイの頭が少しおかしくなっている気がする。


「あ、それについては、宿の中でバニッシュを使ったら、宿の修理代は全部払えって」


 マイの目が点になる。胸の前まで上げていた両手をゆっくりとおろして、また椅子に座ってうつむく。まるで花がしぼんでいくみたいに。もう反応する気力もないようだ。


「それからレイラ。今日は母さんのこと、ガーネットさんって呼ぶように、親父から伝言だ。俺も、今日はノリスさんとガーネットさんで通すよ」


「なぜだ?」


 レイラの疑問に、しおれたような声でマイが答える。


「オーガは3度の飯より罠が好きなのよ。それもとびきり下劣なやつが。だから、アレンの優しさに付け込んだ罠を思いつかないように、他人の振りをしろってこと」


 カウンターの前で会話したときに、余計なことを言わなくてよかった。

 俺が口を滑らしていたら、うっかり親父と母さんを危険に晒すところだった。


「同じこと言ってたよ。そういうことだから、頼むよ」


「了解だ」


 レイラが応答したところで、ずっと言いたかっとことを口にすることにした。


「なあ、だったら俺たちが奇襲を仕掛けないか? うまく外に連れ出してさ。相手の視点に立ってみたら、今、敵中孤立状態なんだろ?」


 こんなことを考えられるのは、俺がオーガの強さを知らないからなのかもしれない。でも、親父の落ち着き方といい、マイやレイラが過剰に怖がっているような気がする。


「相手は頭がいいって言ったでしょ? つまりそんなこと承知で、それでも勝てると踏んでここに来てるの」


 マイがうつむいたまま、気力失った声で言う。


「実を申しますと、私も賛成です」


 パートが立ち上がって、いつもよりも強い口調で言った。


「勝利の確信を得ていれば、相手はすでに私たちを撃滅せんと、蛮族の姿で大斧を振るっているはず。その確信を得ていないからこそ、小賢しくも潜伏を試みている。そう考えるべきではありませんか?」


 懐から銃を取り出して、弾倉を確認してみせる。戦意に満ちていることをアピールする狙いだろう。


「そして相手はまだ、自らの正体が知られていないと思い込んでいます。我々に加え、スタンリー司祭の力を借りれば、戦えない相手ではありません。誘引を仕掛け、教会前で戦いましょう」


 珍しく雄弁なパートの気迫は、俺にも伝染した。

 パートが言うなら、勝てる気がする。


「たしかに、一理あるわね…」


 マイの心が動いた。


「スタンリー司祭とマイが回復役か…悪くないな」


 レイラも同調する。

 パートの演説の力を思い知ると同時に、俺の演説力のなさを痛感する。


「決まりだな。メシを食う前に済ませちまおう。俺はスタンリー司祭のところに連絡に行く。3人でうまく連れ出してくれ。教会前で落ち合おう」


 パートをちらりと見ると、無表情ながらも力強く頷いてくれる。


「いえ、スタンリー司祭のところにはレイラが行って」


 マイが口を挟む。


「鎧を着ていると怪しまれる。でも、戦うなら鎧は必須でしょ? レイラは2階の窓から静かに跳び降りて、先に教会に。私たち3人で誘い出しましょう」


「さすがはマイ先生だ。それがいい」


 いつもマイの調子が出てくると、勝利が近づく。

 昨日だってマイがいなければ、あんな戦い方できなかった。

 この様子なら、俺たちにもきっと勝機がある。

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