剣のかけら
バスタードソードが刺さったままになっているインビジブルアサシンの、ムカつく目ん玉ぐりぐりの顔面に小さな光が現れる。
「おい! レイラ! こいつなんか光ってるぞ!」
力を抜いた拳を再び握り、俺は身構える。
「ん?」
レイラがようやく振り返ってその様子を見る。
「やったな! アレン! これはしめたものだぞ!」
マイが治療を終え、俺の相棒を連れてくる。
「どうしたの?」
「マイ! パート! 〈剣のかけら〉が出たぞ! どうりで強いわけだ」
レイラが嬉しそうに光に手を伸ばして、光それ自体をつまみ上げる。
「アレンも初めて見るだろ? これが第3の剣カルディアが飛び散って生まれたという、あの〈剣のかけら〉だ」
はるか昔、神々がまだ地上にいた時代。
人と蛮族がそれぞれに第1の剣と第2の剣を持って争っていたとき、世界を共に作り上げた第3の剣カルディアは、どちらかに与することを嫌って自ら崩壊したという。
その〈かけら〉は、今でも世界のあちこちで、人間・動物・蛮族・様々な生物の中に眠って不思議な力を生み出している。冒険者の最も重要な任務は、その〈かけら〉を集めて神殿に納めることにある。
つまり、冒険者として報酬以上に価値を持ったものを手にいれたということだ。
レイラは手早く光の粒を回収する。8つほどあっただろうか。
「すごいなぁ。実は私も、実物は初めて見た。ほら、お前も見てみろ」
レイラに差し出された光の粒を、手のひらの上に置いてもらう。
「お前の、冒険者としての初めての収穫だな」
レイラが嬉しそうに言う。
「俺たちの、だ」
俺がそう返すと、レイラはこれ以上ないほど嬉しそうな笑顔を浮かべる。
左右を見て、嬉しそうなマイと、バイクにまたがったままこちらを覗き込んでいるパートを見る。
「そうだな! 私たちの、だ」
マイが「うん」と頷く。
「よし、帰ろう! 今日の夕飯は美味いぞ!」
レイラの横で白馬が立ち上がる。全員無事だ。傷は負ったけど、今日も全員揃って飯が食える。
相棒が俺の顔に鼻を当ててくる。
お前もよく頑張ったよ。攻撃されてるとき俺を逃がしてくれたんだろ、ありがとな。
そんなことを思いながら、顔を撫でて首を撫でる。
自分勝手だけど献身的なやつだ。嫌いじゃない。
「でも、お前も無理はするな」
そう言いながら、また相棒にまたがる。長く借りられるんだろうか。それなら名前をつけてやりたい。それとも、ギルドの方で決められているんだろうか。
「あ、そうだレイラ。言っておくけど、〈剣のかけら〉は香辛料じゃないからな。食うなよ」
同じく白馬にまたがったレイラに、軽口を飛ばす。
「なっ! 私がそんなバカに見えるか!」
「お、よかった知ってたのか。〈かけら〉を持って『今日の飯は美味いぞ!』なんて言うから、てっきりな」
「帰ってから教えてあげようと思ってたのに! アレン優しいね!」
先を行くマイが、大きな声で同調する。
「なっ! マイまで私をバカにするか!」
そこまで言ったところで、俺が一足先に馬を走らせる。
「ほら、置いてくぞ、腹ペコの天使様」
「あっ! こら、待て!」
戦いの後のこんな時間が、俺は心の底から、大好きだと思った。
村に帰ると、魔力が尽きたマイに代わってスタンリー司祭が俺の外傷の治療をしてくれた。けが人もそうそう出ないこの村で、スタンリー司祭が神聖魔法を使うのはいったいいつ以来なのだろうか。
「ただいま」
治療を受けた俺が宿に帰ると、親父が嬉しそうに出迎えてくれた。
「〈剣のかけら〉を手に入れたんだってな。お手柄だぞアレン。いま、母さんとご馳走を用意してるんだ。レイラさんたちと一緒に祝杯をあげな」
そう言って肩をバンバン叩く。
〈剣のかけら〉は一人前の冒険者の証拠。親父がいつも言っていた。それを手に入れたということは、ついに息子が独り立ちしたということなのだろう。
奥から母さんが顔をのぞかせる。
「アレン、おかえり」
喜んでくれているのか笑顔を見せてはいるけど、やっぱりちょっと悲しそうな顔をしている気がする。ずっと心配なんだろう。
「ただいま、母さん。料理、楽しみにしてるよ」
そう言って、俺は笑ってみせる。
あと一週間とちょっとで、母さんの料理も食べられなくなる。
俺がいなくなれば、もっと心配するのかもしれない。
でも、大丈夫だ。
レイラたちがいれば、俺は、死なない。
どんなやつが相手でも、母さんを悲しませるようなことには、ならない。
「じゃ、俺、みんなと食堂で待ってるよ。」
本当に伝えたいこと、伝えなきゃいけないことは言えなくて、いつもの調子でそれだけを言う。
「おう! 冒険者の宴だ! 行ってこい!」
親父がそう返して、母さんは小さく頷く。
俺は食堂へ向かう。仲間たちの待つ、食堂へ。
二人は俺の背中を見送っているんだろう。
それって、どんな気持ちなのかな。
想像してみても、俺にはまだわかりそうになかった。