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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
深林の逆叉
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深林の逆叉

 反復的一撃離脱戦法から敵の潜伏可能な領域を制限し、植物を利用した殲滅戦に移行する。

 軍学上の言い方をすればそうなるらしい。マイは一体どこでそんなことを学んだのやら。


 俺はパートの右後ろでパートに追随しながら、相手を撹乱する。アサシンの位置次第では、俺が隊列から外れてしまったように見せかけて植物の罠に引き込む。位置次第では、逆にレイラがこの役割を担う可能性もある。


「せっかくだから作戦名でもつけましょうか。『深林の逆叉作戦』とか。気分出るでしょ?」


 逆叉ってなんなのか俺は知らなかったけど、かっこいいからよしとした。初めての蛮族討伐戦だ。かっこいい作戦名のひとつくらいあった方がやる気も出る。


「いくよ! 予定通り南から突入して、真東に抜けます! その後旋回して中央を走破。途中でインビジブルアサシンに遭遇したら、状況に応じて作戦行動を開始。いいね!?」


 パートの背中に身を預けた状態で、マイが大声を上げる。


「「了解!」」


 俺とレイラが威勢のいい返事をすると、まるで統率の取れた騎士団みたいだ。

 いや、今からやろうとしているのは、まさに騎士団がやることそのものだ。剣なんて触れなくても、俺はちょっとした騎士になれたわけだ。


「深林の逆叉作戦。開始します!」


 マイの合図で、魔動バイクが激しい唸りを上げて急加速する。俺とレイラも「ハッ!」と短い声を上げ、馬を加速させる。


 北の街道から外れ、北森に直進する。とにかく作戦さえ誤らなければ、全員が無事に帰ってこれる。この森、つまり危険植物たちを味方につけさえすれば、俺たちは勝てる。


 森の中に入っても、お互いの位置が見える距離を保つ。木々が行く手を阻むが、相棒は巧みに走り抜けてみせる。


「作戦2に移行します!」


 真東に駆け抜けても、俺たちは何にも遭遇しなかった。勢いを殺さないように大きく旋回して、隊は森の中央を向く。

 頭の中に叩き込まれた地図の上で、自分たちが駒みたいに動くのを感じる。こんな感覚で戦えたら、それは強いに決まっている。それに、今は味方たちの動きまで予想できる。

 パーティ全体がひとつの体になって、森の木々たちと呼吸しているような一体感を覚える。こんな戦い初めてだ。


「敵襲! ビースト!」


 マイが大声で合図する。

 まだ姿は見えないが、パートが通過した地点に相手がいるはずだ。

 レイラと俺が交差するように攻撃を仕掛けるが、相手の位置を捕捉できない。


 俺が通過した直後、銃声と同時に俺の後ろで血が噴き出すのがちらと見える。

 パートが当てた。


 一度深い傷を負えば、インビジブルもくそもなくなる。馬を切り返すと、直撃を受けたのか、例の気味悪い生物が左腕をごっそり持って行かれている。


 もう一度駆け込む。あの状況で蹄に蹴られれば、少なくとも無力化はできるはずだ。

 再び俺とレイラが交差する。しかし、もがきながら走り回る敵に的を絞れない。


 馬は線で攻撃する。直前に横に飛ばれるだけで簡単に躱される。


 歯軋りする思いをしたが、マイの大声が響く。


「仕留めました! 隊列機動に戻ります!」


 よく見ていなかったが、マイが例の光の弾で打ち倒したのだろう。パートの回復に充てる魔力が減ってしまった。俺とレイラは反省しなければ。


「また敵! お願い!」


 今度の敵はパートの返り血を浴びている。俺からは、その姿が確認できた。レイラならやってくれるはずだ。


 再びレイラと交差するように進路をとる。レイラの方が一足早い。


 レイラが風のように走り抜けると、中空から首が飛んだ。半透明だった“それ”は、その瞬間におぞましい姿を露わにし、崩れ落ちる。


 相変わらず恐ろしい天使様だ。


「仕留めた! 進め!」


 レイラの合図。再びバイクが唸りを上げて、俺とレイラは隊列を整える。


 いい調子だ。これで森の中央東、北部全体のどこかにしか敵が潜んでいない。もしかしたら、すでに俺たちを発見している可能性もあるが、それでも機動隊列に戻った俺たちには追いつけない。


 木々が次々と後ろに流れる。俺の仕事はここからだ。北東部にアサシンが潜んでいた場合、囮は俺の仕事。すでに発見されているなら、レイラがその仕事を担う。


 森の北西部に到達すると、コンパクトに旋回するために、隊の左右を入れ替える。


「いい調子だな! レイラ!」

「気をぬくなよ!」


 レイラと短い挨拶を交わして交差する。今度は俺が左翼を担う。

 この位置で、先行していたパートが一時停止している。棘の蔦を防壁にして、森の奥に信号弾を打ち込むためだ。

 急な光量の増加によって相手の透過を見破れることがある。しかしマイから反応がないということは、相手はすでにこちらを発見している可能性が高い。


「ギィィェェェェェッ!」


 右手の方でおぞましい悲鳴が上がった。追跡してきた敵が、防壁代わりの棘の蔦に足をやられたんだろう。こちらの思う壺だ。


「声はビースト! 3時! 引き離します!」


 アサシンの位置がわからなければ、ここでこの雑魚を排除するわけにはいかない。

 俺たちは再び急加速する。これでインビジブルビーストは引き離すことができる。アサシンが奥にいようと、ビーストと一緒にいようと、森の奥に着く頃には4対1の状況を作れるはずだ。


 そしてそこには、毒の苔が群生している。


 マイの作戦勝ちだな。俺は勝利を確信する。作戦は完璧に進んでいる。苔の群生地帯が迫り、隊は左右に分かれる。レイラが右に孤立することで、相手の追撃を引きつける。

 逆にアサシンがこの奥にいれば、左右から挟撃を行うことができる。


 パートが後ろの車輪を滑らせて急停止すると、再び閃光弾を打ち出す。

 索敵とレイラへの目印の役割を同時に果たす一手だ。


「かかった! 苔の中! 足を止めます!」


 マイの合図とともに、俺とパートが反転する。

 懐から小さなナイフを取り出す。


 苔は強い刺激を受けると、毒の胞子を発生させる。俺たちがこの強敵と戦う必要はない。苔が、この森が、戦えば済む話だ。


 苔の群生地帯に向かって、ナイフを投げこむ。標的に充てることなんてできなくても、このくらいなら誰にだってできる。ナイフが地面に当たると、叫び声が聞こえた。


「ナァァァッ」


 戦ってはならない相手、インビジブルアサシンがここにいるのは確かだ。

 発砲音が続く。胞子に耐えかねたのか、群生地帯の中央に皮膚が削がれた人間のような生物が姿を表した。ビーストよりも一回り大きい。


 膝をついたその化け物は、全身がただれてしまったようにそこら中から血を流している。なんておぞましい毒だ。

 それでも一点から視点を逸らしていない。視線の先は…レイラだ。


 一瞬だった。その一瞬だけで、俺たちがいったいどんな強敵を相手にしているのか、わかった気がした。


 アサシンと呼ばれるその蛮族は、おぞましい毒苔の中央からひと蹴りで跳躍し、レイラに殴りかかった。本来なら、こんなものは近接戦闘の距離じゃない。レイラはやっとのことで剣で攻撃を受けるが、その衝撃は、馬上で体勢を崩すには十分すぎる。


 地面と水平に木の幹に両足をつけたアサシンは、そのまま反転跳躍してレイラに殴りかかる。間違いない。首を狙っている。

 馬に迫るほどの速度で戦いながら、確実に殺すことだけを考えた動きに、俺は戦慄する。


 いや、驚いている場合ではない。レイラはわずかに体を動かして、首こそ守ったものの、腕を裂かれてしまった。


 レイラが危ない。


「散会! 機動戦!」


 マイの号令に合わせて馬を加速させる。しかしレイラは逃げ切れるだろうか。もう一度あの反復攻撃を食らえば、レイラは馬から叩き落される。いやそれよりも、こちらが移動を開始すれば、相手は馬を狙ってくるんじゃないだろうか?

 馬をやられれば死あるのみだ。ましてやレイラは今、罠に嵌めるために孤立していた。


「次は俺が引きつける!」


 言うが早いか、俺は作戦に反しアサシンに近い進路をとる。レイラの退却を支援しなければ、レイラの命が危ない。


 マイに止められるかと思ったが、声がかからない。マイも必要だと判断したのだろうか。


 レイラの体に白い光が集まる。マイの回復魔法だ。ということは、マイたちも作戦を変更して、レイラの支援に入っている。


「レイラ! 逃げろ!」


 俺の大声にアサシンが反応する。

 眼球と歯がむき出しになった吐き気を催すような顔が、こちらに向けられた。


「こっちに来い! 目ん玉野郎!」


 アサシンを挑発すると、苔地帯に入らないように馬を操作して離脱する。

 視界の隅で、レイラが駆け出すのがわかる。挑発は成功だ。


 少しだけ予定は変わってしまったが、これでまた隊列行動に移り、中央部の棘の蔦と南の苔を利用して相手を倒せば…


 急に相棒が大きく尻を振って、俺を弾き飛ばす。


「なっ!」


 全身が浮き上がると、手綱から指が外れてしまった。眼下に相棒。俺は空中で止まっているみたいに、その姿を見下ろす。腰に傷がある。影みたいな何かが馬にぶつかる。


 相棒が横倒しに倒れるのが見えたところで、俺の時間が加速する。

 地面が俺を引っ張って、体当たりをかます。凄まじい衝撃が全身に加わったあと、俺は草の上を何度も転がる。


 強く打ってしまったのか、右膝の感覚がない。左足だけでようやく立ち上がる。ハードノッカーは腰についている。拳を通して握る。紐で固定する暇なんてなさそうだ。


 左足に重心を乗せて、ファイティングポーズをとる。


「許さねぇぞ、クソ目ん玉野郎」


 馬の横から奴が立ち上がる。

 マイとパートは…行き過ぎてしまったみたいだ。援護は間に合わない。

 レイラは…まだ苔の向こう。


 ヤバイな。


 戦う前からはっきりとわかる。


 俺は、こいつには敵わない。

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