魔動バイクの轟き
パートは大きなマギスフィアを地面に置いて、下がるように手で合図した。
マギスフィアを軽くノックして立ち上がったパートの前で、マギスフィアの表面が歪む。
揺らいだマギスフィアは膨張し、一瞬のうちに大きな魔動機に変身してしまう。タイヤが二つ付いていて、一方の上部に剣の柄みたいなものが二つ付いている。
「なんだこれ? 足がないぞ?」
魔動機でできた機獣と聞いていたから、どんな機械仕掛けの馬が出てくるかと思えば、出てきたのは荷車の半分みたいな欠陥品だった。
「これでいいんです」
パートがそう言うと、跨って二つの柄を握る。手首をひねると、重いうなり声が響いた。
「うわっ! 鳴いたぞ! なんだこれ!?」
続いてパートが足を地面から離すと、それはゆっくり前進する。
と思ったら急加速して、轟音とともに商店街を一気に駆け抜けた。
「すっげぇ! なんだこれ!? すっげぇなぁ!」
はしゃいでいるのは俺だけじゃない。村の子供達や、幼い頃に村が廃れてしまって魔動機をろくに見たことがない若者達が、揃って歓声をあげた。
「こういう魔動機なんですよ」
往復して宿の前まで戻ってきたパートが、風に乱れた長髪を軽く掻き上げて言う。
「俺にもできるか?」
「いえ。慣れがいります。作戦まではお控えを。」
乗りたい。ものすごく乗りたいが、たしかに作戦前に壊してしまったら事だ。
気持ちを必死に抑える。
パートが魔動バイクから降りると、それは再び大きなマギスフィアに形を変える。
その様子にすら、商店街のほうから子供達の歓声が聞こえた。これからしばらく、丸っこい石を置いて、魔動バイクの真似をして駆け回るのが流行りそうだ。
「パート! アレン! 作戦会議だ!」
レイラが呼びかける。森の中での行動が決まったんだろう。
いよいよ待ちに待った蛮族討伐戦だ。
会議室にはいつもの村の地図の代わりに、大写しになった森の地図が貼られていた。
「作戦はマイが説明してくれる。頼むぞ」
全員が木の椅子に座って、地図の横に立っている神妙な面持ちのマイを見る。
「まず忘れないで欲しいのは、インビジブルアサシンはまともに戦ったら勝てる相手じゃないってこと。馬がやられたら、絶望的よ。いい?」
恐ろしい警告だ。そのうえ敵の姿は見えない。奇襲を受けて馬をやられてしまえば、それだけで作戦は破綻する。
「まず高速機動戦闘では、隊列を意識して行動するの。今回はパートのバイクに私も乗って、先陣を切ります」
普通に考えれば危険すぎる。前衛はやはり、俺かレイラが務めたほうがいいんじゃないだろうか。
「それは危険だ。私が先陣を切るぞ」
レイラも同じことを考えたようだ。
「今回はいつもとは勝手が違うの。とりあえず、最後まで聞いて?」
マイがそう言うと、レイラは詫びを入れて聞く体勢に戻る。
「重要なのは速さを殺さないこと。敵のインビジブルビーストを捕まえたらすぐに排除して、また高速機動戦闘に戻る必要があるの。相手の攻撃を受けた後、パートは一時停止して射撃姿勢をとらないと、射撃できないでしょ? でもレイラは、走り込んでそのまま切りつけられる。それなら相手との距離の都合上、パートが先頭に立つのが一番いい。そうしないと、相手を排除する前に敵の増援が駆けつけてきて、逆にこっちが囲まれちゃう。それだけは避けないと」
それで、パートが盾になってマイがそれをサポートするわけか。
マイが言うからには、間違いはないのだろう。
「俺は何したらいいんだ?」
「実はそれがものすごく問題なの。馬には乗れても、馬上からじゃ拳は届かないでしょ? インビジブルビーストと戦っている間は、主に撹乱ね。相手を発見したら、姿が見えなくても、いると思う場所に蹄で蹴りに行って。でもアサシンの方が出てくる状況によっては、アレンには重要な役目がある」
これは囮だな。直感的に理解する。死ぬほど危険な囮だろう。
「とにかく隊列を守ること。敵が見つかったら大声で合図するから、二人はそこに切り込んで、速やかに排除する。すぐに隊列を整えて、また私たちについて走る。途中まではこの繰り返し。いい?」
途中までは。アサシンが出てくれば、状況は一変する。それまでにビーストを何体葬ることができるかが問題になってくる。
「作戦は3通りあるから、状況に応じて柔軟に対応して。今からそれを伝えます」
「3通りって、そんなに行動を覚えとけってことか!?」
いくらなんでも無理がある。やっとのことで地図を頭に叩き込んだというのに、今度は作戦行動を叩き込まなきゃならないなんて。それも使わない可能性があるやつまで。
「これでも減らしたのよ。でもこれが限界。それだけの強敵と戦うんだから、こっちだって相応の心構えが必要なの。我慢して」
敵は目に見えない上に、こちらの遥か上をいく強敵。馬から落とされれば死が待っている。頭の中で反芻する。
「第一のパターンは…」
マイが詳細な解説を始める。
昼過ぎには決戦だ。時間がない。この一回で頭に叩き込まなければ、自分と仲間の命がかかっている。
俺は柄にもなく羊皮紙を取り出して、メモを書き始めた。