白馬は駆ける
馬の脚は早い。帰路は短かった。
レイラとの楽しい小旅行は終わって、またあの問題まみれのモリス村に帰る。
結局、ディザの街中をよく見る暇もなかった。道が石畳で建物がとにかくたくさんある、というくらいのことしかわからなかった。
でもレイラだってずっと冒険の仕事をしているんだから、あまりディザの街を出歩いてはいないのかもしれない。
「村は、大丈夫だよな!?」
駆ける馬の背中で、朝の空気が頬を撫で、耳元で唸りをあげる。
「大丈夫だ! マイたちがいれば、心配ない!」
屈託無いレイラの声。
翼を広げて、大地を滑るように駆ける。
イーダの言う通り、その姿はペガサスそのものだ。
昇り来る朝日に草原の朝露が反射して、光の海を渡る橋みたいになった旧街道を、ひたすら駆け抜ける。
しばらくして、朝食を用意する煙が地平線の先に見えて来る。
「うん! 朝食だな!」
レイラが大声を上げる。
「レイラ! この馬の力を見たい! 全力を出すぞ!」
このくらいの距離なら一息に駆け抜けてくれるはずだ。
鐙に載せた足に力を入れ、内腿を絞る。手綱を、一振り。
並走していたレイラの白馬を一気に引き離し始める。
(早い!)
こんな馬、乗ったことがない。なんて早さだ。
身をかがめる。もしも俺が軽ければ、この馬はもっと早く、風のように駆け抜けて見せたはずだ。少しでも馬力を邪魔しないように、馬に身を寄せる。
飛んでいるみたいだった。
一つ一つの蹄が打ち下ろされる間に、世界が後ろに吹き飛んでいく。
「最高だぜ! 相棒!」
俺は思わず雄叫びをあげる。
みるみるうちにモリス村が近づいてくる。
この辺で休ませてレイラを待とう。
手綱を引いて馬を抑えようとする。しかし抑えられない。
「おいおいおい、もういいんだぜ? なあ相棒。腹でも減ったのか?」
言ってみるが、全く速度が落ちない。
「おい、俺が主人だろ? 言うこと聞けよ!」
ちくしょう。全力で手綱を引く。
ようやく速度を緩めてくれる。多少気性が荒いどころか、ずいぶんな聞かん坊じゃないか。
「よーしいい子だ。どーどーどー」
十分に速度が落ちたところで、首を優しく叩く。
「お前、俺のこと嫌いなのか? 頼むぜ? 昼からの仕事はキツイんだ」
後ろからレイラが駆けてくる。
「すごい速さだったな!」
それに合わせて、俺もまた馬を走らせる。
「でも止まれって言っても止まらなかった。まだ打ち解けきってないかな」
それでもなんとなく、気が合いそうというのはわかるから不思議だ。従順な馬よりは、これくらい個性があったほうが俺に釣り合う。
まったく、イーダは人と馬を見る目がある。
「アレンみたいな馬だな!」
「なんでだよ!」
「同じじゃないか! 私が止めたのに、いつも出過ぎる!」
言われてみればそうかもしれない。
蜘蛛のときも、身を危険にさらすなと言われて、俺は一人で蜘蛛のところに行った。
盗賊のときも、下がって敵を引き付けるはずだったのに、下がらずに魔法を受けてしまった。
「イーダに何か言ったのか?」
「言ってるわけないだろう! アレンがわかりやすすぎるんだ!」
まったく不名誉だ。言うことも聞かずに前に出る。それが顔に書いてあるほどの猪突猛進さ。相手につけこまれたら、すぐに孤立させられそうだ。
「しかし前衛は出過ぎるくらいが丁度いい! 私は頼りにしているぞ!」
頼りにしている。いい響きだ。
「このパーティの最前衛は、俺がいただきだな!」
そう言って、また馬を加速させる。
「なっ! 私は譲らんぞ!」
今度はレイラも食いついてくる。
横に並んで、追い抜かれる。
レイラの馬もやる。あるいは、翼で鎧の重さをなくしているのか。
そのあたりで、二人とも速度を緩めた。モリス村の北門にたどり着いたのだ。
「馬なら、宿のそばに冒険者用の厩舎がある。そこに運ぼう。マイが伝えてくれてたら、親父が用意しといてくれてるはずだ。」
馬の上から見る村の景色は、また一つ違って見えた。