新しい相棒
結局、寝付けたのは随分夜も更けた後だった。
念願のレイラの寝顔も拝んだことだし、抜けない疲労はその代償と思って我慢するしかない。
ようやく空が白んで、太陽も重たい頭を持ち上げようかとしているような頃、俺はレイラに小突かれて目を覚ます。
「おい、そろそろ出るぞアレン」
瞼を開くと、ベッドに腰掛けたレイラが上体を倒して俺を覗き込んでいる。
寝不足で体は重たいけど、幸せな目覚めだ。
レイラは俺が目を開いたのを確認すると、まさに天使のような笑顔を浮かべる。
「おはよう、アレン」
こんなに可愛い人を見たことがなかった。もっと見ていたかったけど、レイラはすぐに立ち上がって金属鎧の装着を始める。
「ちゃんと眠れたか? そのために同じ部屋で寝たんだからな」
「ああ、うん。おかげさまで」
おかげさまで、寝付くのにひどく時間がかかった、とは言わないでおこう。
この部屋に入るのを選んだのは、他の誰でもない俺だ。
「眠る時には眠り、食べる時には食べ、戦う時には戦う。私と一緒に戦うからには、この鉄則は守ってくれよ」
レイラらしい、はっきりした鉄則だ。はっきりしすぎて清々しいほど。
実際、レイラは昨日もすぐに寝付いた。おかげで、同世代の女の子の寝顔を見るという貴重な経験ができた。
そんなことを考えながら、俺も防具をつけ、ハードノッカーをベルトにかける。やはり手間は俺の方が少ない。
「まずはライダーギルドだ。もうすぐ受付が始まるはずだ。ただ念のため、投擲用のナイフを買っておきたい。馬の上からではうまく当たらんだろうが、牽制くらいにはなるからな。それもライダーギルドに置いてあればいいんだが」
言われてみれば、俺は馬上からの攻撃手段がない。相変わらず剣は使えないし、ナイフ投げなんてできるわけがない。地上で使えないものを、馬上で使えるわけもない。
「よし、できた」
レイラがそう言うと、鎧の背面に開けられた二つの穴がわずかに光る。
昨日とは違い、ゆっくりと、蝶が翼を広げるように白い翼が現れる。
「それ…」
思わず口が開く。
「ん?」
「綺麗だな、すごく」
思ったことをそのまま口にだす。翼が広がる瞬間、俺の心の中に風が吹き込むみたいに、頬を柔らかい布で包まれたみたいに、あたたかな気持ちが広がって、それだけで幸せな気持ちが広がる。
「当たり前だ。私のチャームポイントだからな!」
レイラが嬉しそうに返す。その笑顔は、いつも以上に、愛らしく見えた。
カウンターのエックハルトさんは、昨日と同じ調子だ。
「ようアレン。レイラちゃんも。んー、そのぶんだと、結局床で寝たみたいだな」
なんだか二重三重の意味で恥ずかしい。あんなこと言わないで、意地でもここで寝ていればよかった。
「ありがとう、エックハルトさん。村での仕事が終わったら、また世話になる」
レイラが鍵を差し出す。
「おうよ。レイラちゃんとマイちゃんがいると、宿が華やかになるからね。いつでも歓迎さ。いい仕事を仕入れとくから、期待しときなよ」
「いつも世話になる。ありがとう」
「それじゃ。俺も次からは世話になるから」
「おうよ、アレン。お前の親父と思って、気楽になんでも相談しろよ! 女の口説き方とかな!」
「ブッ!」
吹き出してしまう。レイラに聞こえないように、カウンターに身を乗り出して、エックハルトさんに小声で主張する。
「別にそういうんじゃないよ!」
「じゃあどういうのなんだよ?」
いやらしい笑顔。
「別に、ただ、村には、綺麗な女の人なんて、いなかったから…」
「ほーう、そうかぁ? そういうところから、恋心っていうのは始まるんじゃないのかね? アレンくん?」
今度は高笑い。まったくバツが悪い。
「どうした? 楽しそうだな!」
レイラが目を輝かせて、仲間に入れてもらいたがっている。
「いいや、なんでもない! レイラには関係ない! 行くぞ! マイたちを待たせちゃいけない」
俺は毅然とした態度で踵を返して、扉を押し開ける。
「なんだ、秘密にしなくたっていいじゃないか!」
後ろから、レイラの楽しそうな声と、エックハルトさんの笑い声が聞こえてくる。
10日後にはまたここに来ると思うと、今のうちから気が重い。
「ライダーギルドはどっちなんだ?」
レイラはまだ、横から覗き込んでくるように、なんで笑っていたのかを訊いてくる。
俺は話題を変えるために、あえていつものトーンを作ってそう言った。
「気になるぞ。男の秘密というやつか?」
レイラはまだ言う。変なことを言われたせいで、余計に意識してしまって、レイラの顔をよく見ることすらできない。
「ライダーギルドは、ど・こ・に・あ・る・ん・だ?」
一音節ずつ正確に発音する。
「仕方ないな。エックハルトさんに免じて、今回は追及をよしてやる。ギルドは…こっちだ」
渡りきってしまいそうだった交差点で、右に曲がる予定だったらしい。腕を組まれてぐいと引っ張られる。
相変わらずの怪力だ。マイの言う通り、俺よりも筋力があるかもしれない。
無自覚な天使様。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
きっとレイラは誰にだって同じ態度だ。もちろん、冒険の仲間になった俺には、それなりの信頼を寄せてくれているんだと思う。でも、だからと言って俺に特別な感情があるわけではない。それは、はっきりとわかる。
レイラに引きずられた先に、ペガサスが飛び出してくるようなデザインのロゴが掲げられた建物があった。まさかあの伝説のペガサスにも乗るっていうんじゃないだろうな。
「たのもう!」
レイラは始終上機嫌な気がする。ディザはレイラにとって今のホームグラウンドだし、はしゃぐのも無理ないのだろうか。
場違いな挨拶にもかかわらず、受付の女性は明るく応じた。
「おはよう! レイラ! 帰ってたの? あら、そちらは?」
「新しくパーティに加わったアレンだ。モリス村で一番の…いや、ルキスラでも一二を争う腕を持った心強い仲間だ」
レイラは自慢げに話す。いくらか盛りすぎじゃないかとは思うが、褒められて悪い気はしない。
「アレン。こちらはイーダ。イーダ・マンテュラだ。見ての通り、ライダーギルドの受付と騎獣の管理をやっている。私の友達だ」
「よろしく」
俺が言うと、イーダは俺の全身を観察して、顎に手を当てる。
「欲しいのは馬? バイク?」
「馬が2頭にバイクがひとつだ。バイクはパートが使う」
「なるほど…難しいわねぇ。レイラには前のあの子を出してあげるわ。相性よかったでしょ? アレンには…ちょっと気性が荒いくらいの方が、気が合いそうね」
そんなことを言いながら、イーダは受付から奥に姿を消す。
しばらくすると「いつものところで待っててー」と大きな声が聞こえた。
「こっちだ」
レイラといっしょにギルドの裏手に回ると、柵で囲まれた放牧地が広がっていた。
軽く家が10軒は立てられそうだ。
「ディザの街の中だろ!? なんだよこれ!?」
「放牧地だ。馬の厩舎があっちにあって、ときどき走らせてやるらしい。ここには、馬だけじゃなくグリフォンなんかも飼われているらしいからな。広い土地が必要なんだ」
「グリフォン!? それって乗れるのか?」
大きな動物にまたがるのは男のロマンだ。思わず反応して、目を輝かせてしまっている自分に気づく。
「落馬しなければな」
俺が興奮していたのに呆れたのか、レイラが落ち着いた声で返す。
そこに白馬にまたがったイーダが現れる。
「この子はレイラの相棒。レイラが乗ったら、レイラの翼でペガサスみたいに見えるの。ちょっとしたものよ」
イーダが馬から降り、手綱をレイラに渡す。
レイラが白馬の頭を撫で、頭に両腕を回して抱きしめる。すでによく懐いているようだ。
「あなたの馬はすぐに持ってくるけど、その前にこれ」
この間パートに見せてもらった、マギスフィアの大きなやつを渡される。
「パートなら使い方がわかるでしょ。魔動バイクに変形するから、渡してあげて」
てっきり俺がバイクとやらに乗って、レイラが馬を連れて行くのかと思っていた。こんな方法で持ち運べるのか。
俺は、その子供のボールあてに使えそうな大きさのマギスフィアを、無理やりリュックに詰める。
「どーどーどー」
ヒヒッ…ブルル…
レイラの時は全く聞こえなかった馬の声が聞こえる。なんだか嫌な予感がする。
「どーどーどー」
イーダが首を撫でながら、灰色の馬を俺の脇に止める。
「あなたにはこの子。多少の無茶には付き合ってくれるわよ」
「俺が無茶するなんて言ってないだろ?」
手綱を受け取って頭を撫でてやると、馬はブルッと首を振って、俺の顔をぐちゃぐちゃに舐める。
「ほら、顔に書いてあるって」
イーダが言うと、横でレイラが笑っている。
「んなっ、なんだよこいつ!」
今度は鼻で小突かれて、俺はバランスを崩す。俺が睨むと「ヒヒッ」と前歯を見せる。憎たらしい顔しやがって。顔を布で拭いて、馬の首を軽く叩く。
「うん、やっぱりこの子でよかったみたい。私の目に狂いはなかったわ。じゃあ二人とも、これにサインをして」
騎獣契約証が差し出される。
「なんか気にくわねぇ馬だけどなぁ」
そう言いながらも俺はサインを書き込む。
「うん、二人とも書いたね。ではここに、騎獣とその乗り手の、分かち難き契約を宣誓します」
イーダがもったいぶったことを言い、契約証に印を結ぶ。
すると、俺たちの馬の首に紋章が現れた。2頭とも違う紋章が刻まれている。
「これで大丈夫。パートについては、レイラが代わりにやってあげて。あなたたちは信頼もあるし、怒られないでしょ」
イーダがレイラにウインクする。
「わかった。融通を利かせてもらってありがとう。必ず返しに来る」
「もちろん。そのつもりで相棒を選んであげてるんだから。それじゃ、いってらっしゃい」
「行くぞ、アレン!」
手を振るイーダを残して、俺たちは馬を走らせた。




