ディザの城壁は高く
「つまり、移動しながらこの地図を頭に入れろってこと?」
手渡された地図の写しには、ご丁寧に四方に方角と上下左右が一緒に書いてあった。太陽の登り沈み、ディザと村の方向まで書いてある。
「そういうこと…でいいんだよね、レイラ?」
「ありがとう、マイ。そのつもりだった」
レイラはポーチを腰につけている。羽根が収納できるなら、リュックの方が使い勝手がいいだろうに。
そのせいで、俺のリュックに夜間用の松明やナイフ類などしわ寄せがきている。たった1日の行程だからいいものを、この村に来るときはどうしたのだろうか。
なんとなく、パートが二つリュックを背負っている様子が想像出来た。
「よし。では指示通りに頼むぞ」
二人が頷く。
「またインビジブルビーストが出るかもしれないし、見送ろうか?」
「いや、相手にブレインがいるなら、もう一度私たちを襲撃することはないだろう。大丈夫だ。調査を優先してくれ。行くぞ、アレン」
何から何まで急な出発になったけど、俺はレイラと二人、はるか“北”、ディザの街を目指して出発した。
…のはよかったんだけど。
「地図を頭に入れるっていうのはな…ンー…地図の中を歩けるようにだな…モゴモゴ…」
俺の同行者が始終干し肉を咥えて、引っ張ったり噛んだりしている。
まさかあの少ない荷物に食料を忍ばせているとは思わなかった。
呆れた顔でそれを見ていると、レイラはこう応じるわけだ。
「なんだ? この肉はやらんぞ? …モゴモゴ」
誰も欲しいとは思ってねぇよ。
「とにかく、自分がこの地図の中にいたらどこに何が見えるか、イメージできればいいってことだろ?」
口で言うのは容易いが、実際にやるとなると難しい。練習用に村の地図の写しももらってくればよかった。
「それくらいは頭に入れておかないと…ンー…固いな。ンー…森で何かあったときに、対応できないからな…モゴモゴ」
「でも、どこから突入してどう動くかもわかってないんだろ? 漠然と全部を覚えろって言われても、どうすりゃいいのかわかんないよ」
「そうか? なら、自分でいろんな動きを想像してみろ」
手元に残った肉の大きさを確認しながら、レイラは言う。
残りの移動距離と肉の大きさの勘定をして一度諦めかけ、そこで自分の食欲と相談した結果、またひと噛みすることになったみたいだ。
森の中には2箇所、猛毒のコケが生えている場所がある。それ以外にも3箇所、トゲを打ち出す蔦が群生している。
村の側から森に突入したら、右手奥に蔦がある。その側を走り抜けて右に曲がると、正面に毒のコケ。でもこれを左にかわすのは現実的じゃない。そちらにももう一つの蔦地帯がある。だからコケとはじめの蔦の間を縫うように走らないといけない…
そんなことを、繰り返し、想像する。
見たこともない場所、見たこともない危険植物。見たこともない森の中を、馬に乗って駆け抜ける。
「なあ、これってひょっとして、すごく大変じゃないか?」
「ん? ああ、それがわかったなら上出来だ」
そう言うと、レイラが俺の地図を取り上げる。
やっと干し肉を食べるのをやめたみたいだ。まさか地図は食べないだろう。
「はっきり言って馬は乗り慣れん。そんな状態で、3人が連携して不安定な地形を駆け抜ける。危険もいいところだ」
地図を片手で持って、その上を指でなぞる。
「いっそのこと、森ごと焼き払っても良かったかもな」
物騒なことを言う天使様だ。村に近い北森でそんなことをしたら、火の手が村に回ってしまう可能性が高い。
それでも、蛮族どもに好きにされているよりはマシなのかもしれないけど。
「山火事は収拾がつかないぞ」
「そんなことは知っている。だから、馬を取りにディザに向かってるんじゃないか」
ディザほどの都市になれば、ライダーギルドというものが発達しているらしい。そこでは、様々な騎乗用の動物や幻獣、魔動機が管理されていて、冒険者は対価を支払うだけでそれを借りることができるそうだ。
騎獣の管理費がかからない分、冒険者の側でも費用が浮く。もちろん任務の途中で騎獣が死んでしまったり壊れてしまったりしたら、相応の損害保障が必要らしい。それにだけは気をつけないといけない。
「あんまり実感わかないけど、冒険者ってたくさんいるんだな」
そんな組織が発達するということは、それだけ利用者がいるということだ。子供の頃にはたくさんの冒険者がうちを利用していたけど、それがみんなひとところに集まっている街というのは、あまり実感がわかなかった。
「ルキスラ帝国は冒険者を積極的に保護しているんだ。私たちも、遺跡の調査結果がいいものだったら、何かしら報酬がもらえるはずだ。そういうこともあって、ルキスラ帝国で一番人気の職業は、冒険者というわけだな。あまり私は感心しないがな」
「なんで? 冒険者っていいじゃないか。蛮族を排除して、遺跡から古代に失われた文明の利器を回収して、レイラ達みたいに害獣や盗賊に苦しめられている村を助けて…かっこいいし、人の為になる仕事だろ? 俺の村じゃ、冒険者はいつも英雄さ」
俺も親父のことは誇りに思っていたし、宿に訪れる冒険者達を子供心に憧れの目で見上げていた。
「それは、見方にもよるな」
手に持っていた地図を俺に渡して、レイラは続ける。
「ルキスラ帝国は自分たちで軍隊を持っている。その軍隊は、こういう村のために動きはしない。遺跡探索の為にも決して動かない。今、その矛先は南の自由都市連合を向いているともっぱらの噂だ。新街道だって、行軍のために作ったんじゃないかと言われているほどだ」
ルキスラ帝国蒼鷲騎士団。帝国の国民なら誰でも知っている、世界最強の騎士団だ。この騎士団がいる限り、ルキスラ帝国の栄光は失われない。そう信じられている。
「帝国は、維持費がかからない冒険者達に治安維持や遺跡探索を外注しているんだよ。しかも成功したものにだけ費用を払う。一番安上がりな方法だ。そのうえ貴重な魔動機が発掘されたりすると、すぐに帝国が買い上げて研究を独占する。一方で冒険者の英雄的活躍を盛んに宣伝して、若者達を危険な冒険へと向かわせる。『明日の冒険英雄は君だ!』とね」
冒険者達をそういう目線で見たことはなかった。ディザやルキスラでは、そんな政治の話も飛び交っているんだろうか。片田舎で生まれ育った俺には全く考えられない世界だ。
「でも、レイラだって冒険者になったんだろ? 『冒険英雄』に憧れたんじゃないのかよ」
「いや。私は、もとはフェンディル王国の人間だ。パートと二人で王国を旅立ち、途中でマイに会って、ちょうどディザに逗留していたところで今回の依頼を受けたんだ。フェンディル王国では、そんな物言いはしていなかったからな。それがあの国の弱さでもあるんだが」
フェンディル王国は、100年くらい前に、ルキスラ帝国から分離独立した王国だ。日の沈む方の果て…えっと、西の果てにある国だと、ラマンさんに聞いたことがある。
「それじゃあ、なんで冒険者になったんだ?」
俺が尋ねると、レイラは口元だけ小さく笑う。
「気づいたら、なっていたんだよ。剣術が使えたのが幸いしてね。ちょうどアレンのように、血だらけで失神しそうな始まりだ。聞きたいか?」
「・・・いや、遠慮しとくよ」
本当は聞きたかった。レイラとパート、そしてマイの過去。俺に出会うよりも前に、どんな経験をしてきたのか。でもレイラの表情は、それを話したくはないみたいだった。
「しかしディザは悪くないところだ。こんなことを言っても、帝国の反逆者呼ばわりされなくても済む。城塞都市の割には自由な風土があって、私は気に入っているぞ」
まだ立ち入れない世界。俺はまだ、モリス村しか知らない。
夕日が沈んで、空だけが赤く染まった街道。遥か遠くに、かがり火の灯ったディザの城壁が姿を表す。
俺が初めて立ち入る世界。村以外のはじめての場所。
レイラにも、マイにも、パートにも、それぞれの胸に秘めた過去がある。いつかこうやって、俺は踏み入っていけるんだろうか。
そんなことを思う。




