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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
冒険者アレンの誕生
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神官戦士レイラ

 それから4日後。

 寂れ切った商店街で、冒険者のための食材を買いこんだ俺と母さんは、親父とおそらくは冒険者たちの待つ宿へと向かう。


「母さん、冒険者って、やっぱり強いのか?」


「さあ、どうなんだろうね。お父さんは、強かったよ」


 久しぶりの客に上機嫌になっているのか、昔日の親父を思い出して悦に浸っているのか、母さんは楽しそうに話す。


「俺よりも?」


「そりゃそうでしょう。だって、アレンは剣の使い方も知らないでしょ?」


 剣の使い方くらいなら、教えてもらえればすぐに覚えられる。親父譲りの鋼の筋肉は伊達じゃない。


「よく考えたら、親父以外に俺より強い奴って、見たことないんだ」


 親父は強い。それは知っている。3年前に親父と喧嘩して、一発も殴れないままこっちがノックダウンさせられた。顔があったはずの場所に拳を伸ばしても全然当たらず、気づいたときには俺は床に倒れて天井を見上げていたんだ。


「冒険者って言うんだから、きっと強いんだよ。見たらすぐに納得するでしょ」


 母さんは満足げに言う。息子からとはいえ、親父が認められたのが嬉しいんだろう。


「どうだか。これで華奢な女とかだったら、きっとニセモノだぜ。田舎者と思って向こうも騙し放題さ」


「女でも強い人は強いんだよ。お父さんのパーティにも、強い女の人がいたなぁ」


 強い女なんて見たことがない。女は喧嘩もふっかけてこないし、睨むだけで尻尾を巻いて逃げ出してしまう。そういう弱い生き物だ。


「あ、でも、どんな人が来ても失礼のないようにしなさいよ!絶対に喧嘩とか仕掛けないように!」


「わかってるよ」


 商店街を抜けた先、宿の前には小さな人だかりができていた。物珍しい冒険者様のご到着を一目見ようと駆けつけた、ご迷惑な田舎の野次馬たちだ。


「皆さん通して!冒険者様のお食事が通りますよー」


 母さんが戯けてそう言うと、人だかりが割れて四方から口々に評が聞こえる。


「えらい美人だったな」

「若すぎないか?」

「羽が生えてる人間ってのがいるもんかね?」


 それだけで、玄関先に到着するまでに俺には一つの推測が立てられた。

 冒険者は、若い女だ。


「ただいま!」


 母さんが元気良く扉を開けると、ロビーには親父と村長、そして見知らぬ3人の顔があった。


「おかえり!皆さん、こちらの美人は俺の妻のガーネット。ここでの生活上の手間は彼女が引き受ける。そしてその横の人相の悪いのが、俺の息子アレンだ。こいつも言ってくれればなんでも手伝うはずだが、ちょっと喧嘩っ早いから冒険者の皆さんで力の使い方ってもんをよく教えてやってください」


 親父が景気良さそうに、不名誉な紹介をはさむ。

「よろしく〜♪」

「どうも。」


 なんだか祭りの日みたいに、みんなが浮ついていた。親父も、母さんも。


「その羽、本物、ですか?」


 使い慣れない丁寧な表現につまづきながら、俺は思わず尋ねてしまう。冒険者のうち金属鎧を着た一人の背中に、大きな白い羽が付いている。こんなものを見せられて、驚かない人間はいないだろう。


「ああもちろん。ヴァルキリーは初めて見たのか?」


 少し鼻に付くような、気の強い言い方で返される。その顔つきから、俺とほとんど年齢が変わらないことがわかる。


「ヴァルキリー?よく、知りません」


「人族に時々生まれる、神様に祝福された種族だ。わたしはレイラ。こっちにいるエルフがマイ。このルーンフォークはわたしの従者で、パルテニオス。私たちはパートって呼んでいる。」


「ちょっと!わたしもちゃんと本名を紹介してよ!」


 横からエルフのマイと紹介された女が口を挟む。

 エルフは、子供の頃に宿泊客に一度だけ見たことがあるくらいだ。ほとんど人間のようだが、耳だけが尖っていて瞳も吸い込まれそうなほど透き通っている。


「ええっとそうだな、なんとかかんとかマイ・なんとか・ほにゃらら。エルフの名前は難しくてな」


「ボトンリナマイ・ペンキリラスタイ・コマナキヲ!名前くらい覚えてよ!」


 後ろから、親父が大笑いする。


「いやいやマイさん、人間にはその名前は覚えられませんよ。わたしの以前の冒険者仲間も、結局本名は覚えられませんでしたからね。とりあえず自己紹介が済んだところで、お部屋にご案内しますよ。アレン、頼んだぞ」


「はいはい」


 買いこんだ食材をカウンターに置いて、階段を上る。

 随分使われなかった部屋を綺麗に掃除して、冒険者のために3部屋もタダで用意した。その部屋を使うのは親父みたいな屈強な戦士だと思っていたが、結局やってきたのは、金属鎧に着られているような羽の生えた女だった。

 こんな曲芸団みたいな連中に、本当に仕事が務まるのだろうか。


「部屋は、個室です。ここと、ここと、あそこです。仕事の上の相談事があるときには、下に広い部屋があって、使えるようになっています。何か不便があったら、俺か母さんか、親父に、いつでも言ってください。鍵は、これです」


 四つの鍵を手渡すと、とってつけたような一礼をして階下に向かう。その背中にレイラの声がかかる。


「アレン!下の部屋で待っておいてくれ。ちょっと聞きたいことがある」


「はあ。いいですよ」


 レイラは満足そうに一つ頷くと、揚々と自室に姿を消した。

 階下では、村長と親父が俺を待っていた。


「アレン、お前、彼女たちのこと弱いと思っただろ?」


 親父がニヤニヤしながら俺に尋ねる。


「でも冒険者なんだろ?」


「そうだ。しかもヴァルキリーときやがった。村長も面白い人を見つけてきたもんだよ。正直、俺もヴァルキリーは初めて見るんだ。あの女、華奢な割にバスタードソードなんて持ってやがったぞ、見たか?」


 言われてみれば、羽に目を奪われていたが、大きな剣を佩いていたような気がする。


「正直、わたしはわからんのですよ。コーディと冒険者の宿のマスターに言われるがままといったところで。あれでよかったんですかね」


 村長の言葉には、不安の色がうかがえる。この村の農民にとって、冒険者という存在は何から何までイレギュラーだ。宿屋や商人ならとにかく、村長は初めて冒険者と会話をしたのかもしれない。


「ああコーディ!元気にやってましたか?」


 村一番の秀才で、ディザの行政書士に合格した7つ上の兄貴分だ。コーディが村にいた頃は、俺を含め、若者たちはわりとうまくやっていたような気がする。


「ええ。忙しそうでしたよ。すっかり役人です」


「そうだ親父。俺、なんか下の部屋で待っとけって言われたから、マスターキー借りるよ」


「ん?おう。それなら、きっと地図だろうな。ラマンが昔作ったやつがあるから、彼女たちに渡してくれ。えっと…これだ」


 カウンターの中から古い羊皮紙を取り出す。かろうじてインクが残っていて、モリス村を中心にした地図だということがわかる。もっとも、俺は地図の見方を知らないのだが。


「了解。それじゃあ俺は行っとくよ」


 カウンターの脇を抜けて、会議室用に改装した部屋を開ける。ボードに地図を広げ、ピンを打って固定した。

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