疑惑
「セシリアさんって、何者なの?」
眉をひそめてマイが尋ねる。
「薬師だよ。ちょっと変わってるけど、いい人だろ?」
マイの反応は芳しくない。
「考えてもみてよ。私だって、真語魔法はラマンさんの馬車で初めて見た。だから、フォルマンさんの家の階段の手すりが魔法で切断されてたなんて、気づけなかったの。でもあの人は、そんなに近くから見ていないのにすぐに気づいた。アレンを止めてくれたのには感謝してるけど…」
あの時は怒りで頭が沸騰していて気付かなかったけど、セシリアさんは誰よりも早く魔法使いの存在を見抜いていた。
「それに…いくら薬師でも、あんな状況に一人で飛び込んでくるのはおかしいと思うの。少しでも戦いの心得、それもたぶん魔法の心得があるから、そんなことができたんじゃないかって…」
「セシリアさんは、たしかこの村の出身じゃないんだ。どこからか移住してきたって聞いた。俺もよくは知らないけど。ひょっとしたら、むかし冒険者だったけど、訳あって素性を隠しているのかもしれない。インビジブルアサシンだっけ? その件も手伝ってもらえるかも」
セシリアさんが冒険者だったなら。美しくてかっこよくて、あんな魔法もすぐに見抜けるほど優れた冒険者だったということだ。そのくせ素性を隠すために、俺にボディーガードを依頼したりして、まったくよくわからない人だ。
「それならそれでもいいんだけど…。ただ、テレジアさんからこんな話を聞いたの。テレジアさんのお父さんが、北森で女蛇の精霊に会ったことがあるって。美しい女の体に下半身が大蛇の姿を見て、驚いて逃げ出そうとしたら、それはすぐに人間の女の姿に変わり自分を精霊と名乗って、こう言ったんだって。襲いはしないから落ち着いて帰りなさい、この森には危険な植物が多いから…。ただし私に会ったことは誰にも言わないでほしいって」
その話とセシリアさんが一体何の関係があるんだ?
マイの真意を掴めない俺は、レイラに助けを求める視線を送る。
「ラミアだな」
レイラが断言する。たしか昨日、記憶が飛ぶ前、ラマンさんが言っていた蛮族だ。
人間の綺麗な女の人にそっくりな蛮族。
「ちょっと待てよ! セシリアさんが蛮族だって言うのかよ!」
「落ち着けアレン。可能性の話だ。セシリアさんはちゃんと歳はとってるのか? 見た目が変わらない、なんてことは?」
「俺が子供の頃から、全然見た目は変わってないよ。でも綺麗な女の人って、たまにいるんだろ? そういう人。エルフだって、全然変わんないじゃないか!」
とても信じられない。あのセシリアさんが蛮族?
マイとレイラは、一体何を言っているんだ?
「残念だが、今ので疑いは強まった。しかしこの話は口外厳禁だ。村の中に蛮族がいると知れたら、パニックもいいところだ。ましてや村中の人がその蛮族に薬をもらっていたんだからな」
いや、嘘だ。何か誤解が含まれているに決まっている。テレジアさんのお父さんが寝ぼけて幻を見たか、作り話をしたに違いない。
「薬師だったら、治療といって眠らせて、血を吸うことだってできたかもしれない。全部、仮定の話なんだけど、ひょっとしたら盗賊の最初の事件、あれにもラミアが関わってるかもしれないの」
「どういうことだ?」
頭がごちゃごちゃして、会話に加わることができない俺を無視して、マイとレイラが話を進める。
「ほら、車輪に矢が貫かれてたって。あれ、捕まえた盗賊に聞いたら、道の真ん中で、商人が自分の荷車にもたれて、寝てたんだって」
「眠らせて血を吸って放置したところに、盗賊か」
「そういうこと。私としては、私たちより前に来た冒険者たちもラミアにやられたんじゃないかって思ってる。インビジブルビーストが現れ始めたのは、アレンも知らなかったくらいだから、ごく最近のはず。それよりずいぶん前に冒険者たちを殺すことができたのは、村に潜んでるラミアくらいしかいないのよ」
「攻めどきが難しいな。ラミアは強いぞ」
「…ちょっと待てよ」
ようやく言葉が出る。
「セシリアさんは、誰も殺してなんかいない! もし殺す気があったら、いつだって、俺も親父も、村のみんなを殺せたはずだ! むしろ俺たちを気遣って、ずっと助けてくれてたんだぞ!? 蛮族なわけがない! 蛮族っていうのは、なりふり構わず俺たちを殺すんだろ!?」
誰も同意しなかった。沈黙だけが流れる。
「アレン。村人たちの命が繋がったのは、事実だろう。しかしそれは、ただ健康な血を吸うために、家畜の状態を管理していたに過ぎん。蛮族とはそういうものだ」
レイラがどこを見るともなく、冷たく言い放つ。
「わかったよ。俺が確かめてくる。セシリアさんに直接言えばいいんだ。こんなの、セシリアさんを侮辱してる…。俺は、耐えられない」
「アレン!」
今度は、レイラがまっすぐに俺を睨みつけた。
「独断で行動して、我々の命までも危険にさらすな。セシリアさんでなくても、この付近にラミアが潜伏している可能性は高い。私たちがそのことに気づいていることが、どういう経路で相手に伝わるか知れたものではない。今はまだ、相手も潜伏を続けている。来週までになんらかの決着はつける必要があるが、それは今ではない」
そこまで言うと、立ち上がって俺の両肩に手を置いた。
「村の仲間を疑うようなことをしてすまない。しかし、私たちもこれが仕事なんだ。もちろん、君もな」
そこまで言うとレイラはそっと手を離し、俺の背中を軽く撫でながら、椅子に座らせた。
「マイ、この話は一旦切ろう。インビジブルアサシンへの対抗策の方が先だ」
腹に響くようなレイラの声が、会議室に響いた。