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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
悪人の裁きは
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人殺しの罪は

 結局、3人だけで運ぶのは難しいということになった。パートが信号弾を放つと、スタンリー司祭とラマンさんと親父が手伝いに来た。


「しばらくは教会で身柄を預かります。ディザから衛兵が来たら、身柄を引き渡しましょう。」


 命を落とした者も教会に運ばれて、形式的な祈りが捧げられた後、無銘墓地に葬られるそうだ。死者を葬らなければアンデッドが生まれてしまう。それは村にとっても損害だ。


「復讐できて気分爽快って顔はしてねぇな、アレン。」


 盗賊たちを運び終え宿に帰る途中、ラマンさんが酒の匂いをさせながら俺に言う。


「ラマンさんは、人…殺したことがある? 親父は?」


 ラマンさんは頭を掻くと、へっと短く吐き捨てる。


「俺も親父さんも、そのくらいの経験はある。何度もな。旅をしていれば、バカな野盗どもがキャンプを襲撃するんだ。その都度身柄を衛兵に渡そうなんて、面倒な手間はかけていられない。どうするかわかるか?」


 覗き込んだラマンさんの目に、思わず威圧される。


「殺す?」


「いや。殺すのは、戦ってるときだけだ。それ以外は木にくくりつけて、鳥にでも食わせるんだ。自分で殺すより心が痛まない」


 傷ついて身動きが取れないまま木に縛り付けられ、朦朧とした意識の中で目の前に現れる狼や鷹を見たとき、盗賊は何を思うのだろうか。自分のどうしようもなかった人生を呪うのだろうか。


「でもな、それは仕方ねぇことなんだよ。盗賊になっちまった人間は、もう蛮族と同じだ。蛮族だって、ものによっちゃ人間そっくりだからな。ラミアなんて、べっぴんな女そのものなんだぜ? うるっとした瞳で、俺たちと同じ言葉を使って命乞いをする。それを殺さなきゃならない。冒険者をやっていれば、そのくらいのことは日常茶飯事さ」


 人間にそっくりな蛮族。蛮族の王と言われるドレイクも、人間にそっくりな容姿にツノだけが付いていると聞く。しかし、その心は邪悪そのものだ。殺さなければ人類を滅亡に追いやることは、300年前の〈大破局〉が証明している。


「厄介な奴は、全員が蛮族だと思え。蛮族なら殺していい。皇帝様だって否定しない、この世界の法則だ。そんな調子だと、いつか寝首をかかれるぞ」


 ラマンさんは首のところで二本指を揺らしてみせる。

 俺はまだ、そんな風に考えるには経験が浅すぎる。一人目を殺しただけじゃ、とてもそんな風には考えられなかった。今はただ黙って俯くことしかできない。


「まぁなんだ、アレン。お前はよくやったんだ。笑えよ」


 そう言うと、スキットルを差し出す。きっと強い酒が入っているんだろう。


 躊躇せず、俺はスキットルを煽る。苦味のある液体が口に流れ込んできて、吐きそうになる。無理矢理口を閉じ、俺は酒を飲み込んだ。

 喉が熱くなって、腹が焼けるような感じがする。


「ああっ! くそっ! なんだこのクソみたいな飲み物っ!」


 そう吐き捨ててから、もう一口煽る。

 木屑のような香りが鼻の奥に広がって、身体中がバカみたいに熱くなる。


「こんなもん飲んで! 頭おかしいんじゃねぇのか!?」


 隣でラマンさんが大笑いする。俺はさらにもう一口、スキットルを傾ける。


「そうだ! まずいんだよ! 頭おかしいんだよ! それでいい! それでいい!」


 ラマンさんは笑いながら、俺の背中をバンバン叩いて繰り返す。


「むかつくなぁ! ああ! ちくしょう! むかつくなぁ!」


 何もわからなかった。俺が正しいとか、よくやったとか。レイラが正しいとか、おかしいとか。そんなことのすべてが、よくわからなかった。


 頭がぐるぐるし始めて、俺はあてもなく叫んでいた。

 胸が焼けそうなくらいムカついて、叫びたくて、泣きたくて、わめきたくて。


 何も考えたくなかったし、何も考えられなかった。


 身体中が心臓になったみたいに、激しい動悸が聞こえる。


「ああああああああっ!」


 跪いて、俺は地面に向かって叫ぶ。

 まぶたから涙が溢れて、口からはよだれが垂れて、暗がりの土の道に小さく滴る。


 右腕をぐっと引き上げられる。


 親父だった。


「よくやったんだ。いいんだ。お前はよくやったんだ」


 親父はただ前を見ながら、そんなことを何度もなんども言っていた。


 それから、俺の頭はぐるぐるして、気づいたときには俺の部屋で目が覚めた。


 あまりいい目覚めとは言えなかった。

 起き上がろうとして頭が痛んだ。ベッドに腰だけを降ろして、頭をかかえる。


「あったまいてぇ…」


 扉がノックされる。


「母さん? いいよ。」


 俺が応じた後、扉を開けたのはレイラだった。


「朝からすまん。入るぞ」


 頭痛と驚きで言葉が出ない俺を気にせず、レイラは部屋に入ってくる。


「昨日は酒を飲んだそうだな。水を持ってきてやったぞ」


 結局どのくらい飲んだのかよく覚えていなかったけど、喉が焼かれたようにヒリヒリしたし、口に妙な苦味が残っていた。


「ありがとう」


 思わぬ差し入れでも、それはまさに俺が欲しいものだった。一息にコップの水を飲み干す。


「気分はどうだ?」


「最悪だよ。頭がいたくて喉が痛い」


 そういうことを聞いてるんじゃないんだろうけど、俺はそう返した。考える必要のないことは、考えない。


「冒険は…続けられそうか?」


 レイラの昨日の目を思い出す。相手を殺すことだけを考える、鬼神のような目。

 レイラは、どんな思いで人を殺すのだろうか。


「もちろんだ。今すぐだって戦える」


 レイラが一つ息を吐く。


「それならいいんだ。朝食をとったら、村長のところに来い。お前の分の朝食は、食わないでやっておいた。今日は特別だ」


 レイラの分の食事をもらえるのは、最高の栄誉。

 そんなことを言っていたっけ。


 食堂へ行くと、俺の分の朝食だけが残されていた。

 いつもと変わらないパン。

 それでも少しだけ、何かが変わってしまったような、そんな気がした。

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