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クセモノたちの輪舞曲  作者: 早瀬
悪人の裁きは
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行商人ラマンの到着

 一番効果のある音声記録は何か?


 俺たちが一晩考えた結果、二種類の音声を使うことに決まった。


 一つ目は、アンデッドとして復讐にきた死者の声。

 二つ目は、それに襲われた人間の悲鳴。


 これならば、万が一裏手を確認されても、人の姿が見えないことの説明になる。

 むしろ人の姿が見えないことがプラスに働くという算段だ。


 都市に住んだことがない俺の感覚で、誰もいないところから声が聞こえるのは怖いという話をしたら、それを利用することに決まった。


 音声を発信する状態で遺跡の窓から投げ込めば、それだけで人払いの効果は十分だ。


 しかしその代償として、俺とレイラはラマンさんが来るまでの間、ひたすらおどろおどろしい声の練習をすることになってしまった。マイとパートは、仲良く読書に勤しんでいる。


「うあー、この恨み、命で償えー」


「ダメだ! 全然怖くないぞ!」


 当たり前だ。アンデッドの声なんて聞いたことがないんだから、真似ができるはずがない。


「こうだ。死ね! 盗賊ども! 人の命の代償は重いぞ!」


「それは絶対生きてる人の声だ!」


 どうやら、レイラもアンデッドには会ったことがないらしい。盗賊たちも会ったことがないんだろうから、雰囲気さえ出ればそれでいいのだろうけれど。


「そうだ。親父だったらアンデッドに会ったことあるかも」


「おお! それだ! 賢いぞアレン!」


 結果としてわかったことは、人間には真似するのが難しいということだった。

 喉のあたりから空気が漏れるような、シューシューいう音と一緒に、すっかり枯れてしまった喉をガラガラと鳴らすような、聞き取りにくい声で話すらしい。

 そんな声、生きている人間には出せっこない。


「でも、あれはグールメイジだったからなぁ。ゴーストは割と人間に近い声で話すんだ。少しだけ声がか細くなるくらい」


 つまり、人間の声を記録して誰もいないところでその声を鳴らせば、立派なゴーストもどきの出来上がりということだ。


 午前中をまるっと無駄な活動に費やしたことを知った俺とレイラは、記録内容が決まったことを伝えに、マイとパートのいる会議室に向かった。


「…というわけで、案外普通でいいということがわかった」


「情報って大切だね」


 マイが苦笑いを浮かべる。


「それでこっちの方なんだけど、わかったことは二つ」


 マイが地図の前に移動する。


「まず北森のインビジブルビーストなんだけど、やっぱり前例はないみたい。どこかの蛮族がまとまって移動してきたってことで間違いはなさそうね」


 地図上のメモに新たに書き込みが加わる。


「たぶんこの村の交易を断ち切って、消耗させるのが狙いでしょうね。このまま放置していれば、いずれ大部隊がこの村を襲うことになるはずよ。つまりインビジブルビーストの撃退は当然として、そんな作戦を立案している指揮官も叩く必要があるということね」


 この村の消耗は日に日に増していた。あのタイミングで村長が冒険者を雇うことを決断しなければ、村ごと蛮族に飲まれていたかもしれない。首の皮一枚繋がったわけだ。


「もう一つ。遺跡の件だけど、どうやら魔動機文明時代の研究所の跡みたい」


「当たりだな。確かなのか?」


 レイラが問うと、マイは肩をすくめてみせる。


「まだなんとも。少なくとも魔動機文明時代、この地域に研究所があったことはたしかというくらい。もしかしたら、研究員御用達のレストランの遺跡かも」


 この遺跡が一体どんな遺跡なのかによって、この村の存亡が決まってしまう。俺たち…いや、親父たち村民にとっては期待と不安の種だ。


「それで、ラマンさんはいつ、どちらから到着するんだ?」


 ああ、そういえばどうだったか。この間はディザの方に出発したはず。


「たぶんディザの方から来るよ。ディザから朝に出発したとして、馬車なら2時とか3時じゃないかな?」


 部屋の空気が固まる。何かおかしなことを言ったっけ?


「ディザから来るって、警備の人くらい連れてるのか?」


 ああ、忘れていた。

 ラマンさんはこの村の常連だから、当然何事もなく到着するものと思ってしまっていた。


「いつも一人だ」


「現在時刻は?」


「2時」


 一斉に椅子から跳ね上がる。


「急ぐぞ! 村の北だ! インビジブルビーストに注意しろ! 盗賊にもだ!」


 レイラは金属鎧を着ることなく、バスターソードだけを持って走り始める。


 全員で全力疾走してみた結果わかったことは、俺が一番足が速いということだった。

 そして、意外にも、レイラが一番遅い。


 村のディザ方面への出口に着いた頃には、ずいぶんな差ができてしまっていた。

 マイとパートはすぐに追いついたけど、とにかくレイラが遅い。


「おい! また間に合わなかったらどうするんだよ!」


 俺が怒りの剣幕でまくし立てると、マイが二人で先行するよう提案してきた。

 悪くない提案だ。俺はすぐに賛同し、またしてもマイと二人で旧街道を走った。


「ギィェェェェッ」


 すぐに、この世のものとは思えない叫び声が聞こえた。

 また間に合わなかったかと思ったとき、正面からおぞましい生物が姿を現した。


 全身の皮を削がれた人間のような生物が、体から血を滴らせてこちらに走ってくる。


「アレン! あれ! あれがインビジブルビースト!」


「全然見えてるじゃねーか!」


 インビジブルの名折れだ。とにかく、蛮族とわかったからには殴ればいい。

 俺はベルトに装着したセスタスを握って、マイより少し先行する。

 交差する瞬間、その顔面に拳を叩き込む。


 相手は大きく体を反らせて、そのまま仰向けに倒れた。


「ラマンさん! 無事か!」


 大声を上げると、茂みに隠れた道の先から馬車が姿を表す。


「おお、アレン。いい一撃だ。今日はずいぶん元気だな」


 無傷のラマンが姿を表し、俺は胸をなでおろす。


「なんだアレン! エルフの恋人でもできたのか? 隅におけねぇな、まったく」


 マイの方を見て、いやらしい笑みをみせる。


「心配して損した。ラマンさん、こちらは冒険者のマイ。今は俺と同じパーティだ」


 ラマンさんの馬車の荷台に片足をかける。


「なんだ、べっぴんさんだから、てっきり口説いたのかと思ったぜ。お嬢さんも、どうぞお乗りくださいな」


「…はぁ」


 マイは完全に面食らったようだ。元冒険者というだけのことはあって、ラマンさんは破天荒だ。綺麗な人を見ればすぐに口説くし、いつも酔っ払ったみたいな口の利き方をする。


「心配したって、あのインビジブルビーストか? 俺があんなのにやられると思われちゃあしょうがないな。もう村も近いしな、ちょっと見てみろ」


 ラマンさんはどこで拾ったのか知れない杖にもできそうな太い棒切れを、高く前方に放り投げた。


 ヴェス・ザルド・ル・バン ストラル・スルセア・・・エスパドル!


 馬車の正面で“何か”が急激に凝集する。まるで水が渦を作るみたいに、そこの空間だけが捻じ曲がってしまう。

 放物線を描いた棒切れがそこに差し掛かった瞬間、空間のねじれが真横に一文字を描いた。


 何が起こったのか俺にはわからなかったが、結果だけは見ることができた。

 投げられた棒切れは真っ二つに両断されて、地面に転がった。


「リープ・スラッシュだ。そこそこの魔法だが、俺にとっちゃ朝飯前さ。さっきのインビジブルビーストも、これで斬ってやったら尻尾巻いて逃げやがった。」


 転がった棒切れの断面は、切れ味のいい斧で断ち切ったように、わずかな歪みもなかった。


「すごい…私も真語魔法は初めて見ました」


 マイが驚嘆の声を上げる。美女からの賛辞に、ラマンさんは満足げだ。


「お? あちらの天使様もお連れさんかな? アレン、お前ずるいな」


 遅れて駆けてきたレイラたちが、安心した表情でこちらを見る。


「ラマンさん、いくらか買わないといけないものがあるんだ。村に着いたら、すぐに頼むよ」


 俺がそう言うと、ラマンさんは嬉しそうに笑った。


「ノリスの息子が冒険者ねぇ。いいぜ、負けてやるから、なんでも買いな」

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