他を知り、己を知れば
セシリアさんと一緒に遺体を運んでいるところに、レイラとパート、そして二人を連れたスタンリー司祭が現れた。
3人とも息を切らしている。
「間に合いませんでした。私たちが着いたときには、もう」
マイが報告すると、スタンリー司祭は胸のあたりで手を組んで祈りを捧げる。
「私たちが居ながら…これは失態だ!」
レイラが両方の拳を強く握って歯をくいしばる。
「マイ! 相手の足跡は追えんのか!? 私が斬り倒してくれる!」
「冒険者さん。落ち着いて」
俺と全く同じことを言ったレイラを、再びセシリアさんがなだめる。
「相手は魔法を使っています。マナで強力な刃を作れるほどの腕と言えば、冒険者さんには伝わりませんか?」
「だからどうした!」
レイラが叫ぶ。ほとんど悲鳴に近い、心が痛くなるような叫びだった。
「その程度私たちなら!…私たちなら! こんなことになる前に…マイ、パート、アレン! 着いて来い!」
レイラが向きを変え、傾きかけた太陽に向かって歩き始める。
相手のねぐらのあてなどないのだろう。ただ、村から外れる方向に進もうとしているのだ。そうする以外に、この怒りを向ける先を知らないのだ。
俺も、レイラも。
「僭越ながら」
低く落ち着いた、腹の底に重く響くような声。
初めて聞くパートの声だった。
「被害状況から、敵の構成を知るのが先かと思われます。次に、敵の位置を調査。然る後に、攻勢をかけるべきです」
パートが口を開いた。それだけで、レイラは俺たちに背を向けて立ち止まった。
行き先を見失った怒りに、肩を震わせている。
小さな静寂の後レイラは伏せていた顔を上げ、勢いよくこちらを振り返る。
「スタンリー司祭。申し訳ありませんが、私たちは直ちに反撃の用意を開始する必要が有ります。遺体の弔いは、敵の息の根を止めた後に」
一つ礼をして、力強い視線を仲間たちに向ける。
「パート。相手の魔力を検分してくれ。マイは周囲に足跡がないか確認を。アレン、私と来い。室内の刀傷を確かめる」
有無を言わさぬ口ぶりで命令を下すと、住むもののいなくなった家へと勇ましい足取りで進む。俺たちの間を通り抜けて、玄関の中に消えた。
「アレン。たくましい人を見つけたのね」
そう言ったセシリアさんの瞳には、憂のような悲しみのような、読み取れない複雑な感情があった。
「俺もあっちを手伝います。フォルマンさんには悪いけど…あと、お願いします」
スタンリー司祭とセシリアさんに頭を下げて、俺は“たくましい”リーダーの後を追った。
「アレン。着いた時の状況を」
玄関で待っていたレイラが、フォルマンさんの倒れていた場所を見つめながら尋ねる。
「ここで一人やられてた。後はキッチンと階段だ」
「魔法の痕というのは?」
「階段に。バートレイは剣を握ってた。戦っていたところに、一撃だ」
両断された手すりを示す。
「つまり、相手は玄関から村人を装って侵入し、出迎えた旦那さんを殺し、その悲鳴に反応して剣を持って駆け下りてきた息子と階段で交戦。魔法によって排除したのち、奥で怯えていた奥さんを殺して、手早く荒らして帰って行った…と」
「たぶんそうだ。騒ぎを聞いたノーラが表通りに助けを求めに走るのが窓から見えたのかもしれない。人を黙らせるのに一番手取り早いのは…」
殺すことだ。縛り付けるより、脅して見張りをつけるよりも、最も効率がいい。ほとんど時間を消費しないうえ、参加した全員が家の中を物色できる。
「蛮族の仕業かな?」
俺が尋ねると、レイラは首を振る。
「だったらよかったんだがな。蛮族なら、自分たちの力に恃んでもう2・3軒攻撃していただろう。そこに私たちが来て、今頃くたばっているはず」
この家の隣にあるのは、ノーラの家族の家だ。彼女たちまで攻撃されていたかと思うと、ぞっとする。
パートが階段の手すりの破壊痕を計測し始める。
どこから出したのかわからないが、頭に妙な機械を装着していた。
「相手は最低でも4人はいるな。剣の心得のあるものが階段で戦ったということは、数的不利があったはずだ。それにこの痕」
そこには、おそらくは即死したこの家の人間のものではない、滴り落ちた血液の痕があった。
「一人には重傷を負わせたのか」
「それでも打って出なかったということは、武器を持った要員が3人はいたということだ。それに魔法使いが一人。…そうだ、裏口の状況は?」
台所の勝手口は、玄関と同じように開きかけになっていた。
「あと2人は追加だ。階段で息子が戦っている間に、逃げようとした奥さんが勝手口を開いて、そこに待ち伏せがいたと考えるべきだろう。皮肉だが、新しい侵入口をプレゼントしてしまったわけだ」
6人。こちらも4人いるとはいえ、1.5倍の人数がいるというのはいくらか不利と言わざるを得ない。しかも前衛要員だけの比を見れば2対5、つまり倍以上の差がある。
いくら喧嘩が強いとは言っても、俺は得物を手にした人間を相手にしたことはない。ましてや相手は殺しにかかってくる。そこにこんなバカみたいな威力の魔法の刃が襲ってくるとなると…マイの神聖魔法で死ぬことはないかもしれないが、積極的に挑みたいとも思えない。確実に勝つためには何か策がいる。
「レイラ様。相手の魔力は、マイさん以上です」
パートが短く報告する。マイ以上の魔力。それを回復ではなく、攻撃に差し向けてくる。
「正面から挑めば、相手の連携次第ではこちらに死者が出かねんな」
レイラが腕を組んで考え込む。
「レイラ! 飛び飛びだけど、血痕が残ってた! 痕を追えれば相手の拠点もわかるかも!」
マイが飛び込んでくる。
外ではもう日が沈んでしまった。茜色に染まる空が、淡く世界を照らしている。
「暗くなるまでの間、せめて敵の方向だけでも調べよう。暗くなったら、今日の追跡は諦める。相手に先手を取られてしまうわけにはいかない」
冷静を取り戻したレイラの指示に従って、俺たちは血痕の追跡を開始した。




