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入浴剤

 この日、『前田湯屋』に新しい設備がオープンした。


 といっても、そんなに大層な物ではなく、増築した部分に小さな浴槽を、女性専用と混浴の浴場に一つずつ設置しただけ。


 そこに立てる看板は、ずばり薬湯。

 つまり、ここに平成の世の入浴剤を入れ、この時代の人々の健康増進と快適な入浴タイムを満喫してもらおう、という計画だ。


 まだ開店前、早速入浴剤を新しい檜の湯船に投入。

 泡を立てながら溶けていき、わずかにオレンジ色に染まっていく。

 物珍しそうに見物していた優、凜、ナツ、ユキ、ハルの五人は、ほのかに漂ってくる香りにうっとりしているようだった。


「さて、これで準備完了。あとはお客を待つだけだ」

「えっ……恒例の一番風呂、入らないのですか?」

 凜が不思議そうに尋ねてくる。


「え、いや……そんな大げさな物じゃないかなって思って」


「駄目ですよ、やはりここは主人が最初に入って、その心地よさを確認しなければ。もちろん、嫁も同伴ですよ」


「ま、また? でも、この通り湯船は小さいよ。一緒に入れたとしても精々一人だ。そのためにこの砂時計、置いているんだ。これが全部落ちたら他のお客さんに交替するようにってね」


 薬湯である以上、下手に大きくして薄まってしまっては効果が無いのだ。本来であればじっくり入って欲しいのだが、そういう事情で時間制限を設けている。


「そうなんですね……じゃあ、代表して誰か一人、一緒に入るようにしましょうか」

 と、凜が提案を変更。


 くじ引きで誰が一緒に入るか決める事になったのだが、ここでナツは料理の仕込みがあるから、と辞退。


 次に優も、物資の搬送があるという理由で辞退し、こうなると凜も、ずっと年下(彼女が大学生とすると、ユキ、ハルはまだ中学生)と張り合うのは大人げないと辞退。


 こうして双子の姉妹がくじ引きをして、ユキが当選した。


 ハルはいじけていたが、

「薬湯には『ゆずの香り』と『森の香り』があって、今日はゆずの香りだから、森の香りを初めて使うときは一緒に入ろう」と言うと、なんとか納得してくれた。


 そんなこんなで、ユキと混浴することになったのだが……。


「こんなに広い湯屋、貸し切りだよっ!」

 と、大はしゃぎ。


 タオルすら身につけない真っ裸なのだが、まったく隠そうとしない。

 といって見せつけてくるような訳でもなく……なんというか、自然体だ。


 この時代、そもそも混浴が当たり前で、そう言う意味では現在の「水着着用」と同レベルなのかもしれないが、このはしゃぎよう……。


 俺が、

「ここは混浴スペースだから、もう半刻もしたら他のお客さんが来てしまう。その前に薬湯、入ろう」

 と促して、ようやく入浴。


「わあ、いい匂い。それに、なんかしゅわしゅわするよっ!」


 炭酸ガス効果によってわずかに刺激があり、少し身体を動かしても泡が立つ。

 ユキはそれが面白いようで、盛んに手や足を動かしていた。


(……まだ子供なんだな……)


 こんな明るい時間から二人だけで混浴、とちょっとでもどぎまぎしてしまった自分に、苦笑してしまった。


「あー、タクッ、今私の事、子供って思ったでしょ?」


 ずばり言い当てられ、ドキリとしてしまう。

 するとユキは、さっきまでの激しい動きを止めて、俺にピタリと肩を寄せてきた。


「私もう、子供じゃないよ……」

 と、ちょっと甘えたような目で見つめてくる。


「……なんだ、急に。またお蜜さんか、凜になにか吹き込まれたのか?」


「ううん……タクが私の事、ちっとも構ってくれないから、拗ねてるだけ」


 うっ……やばい、かわいい……。


「もう……ハルとは『子作り』しちゃったの?」

「まさか。してないよ」


「じゃあ、ナツ姉とは?」

「……秘密」


「ずるい……」

 そう言って、さらに密着してくる。


「やっぱり、私やハルは……『ついで』なの?」

「ついで? なんの?」


「ユウ姉をお嫁さんにした『ついで』……ユウ姉、自分だけ幸せになんてなれない、ってずっと言ってたから……」


 確かに、そう言っていたのは知っていたが……ユキがそんな風に考えているとは思っていなかった。


「そんなことないさ。だって『嫁の日』だって、きっちりみんな同じだけ取っているだろう?」


「それも、ユウ姉が考えた事でしょ?」


 やばい、今日のユキ、妙に攻めてくる……。


「そうだったかな? でも、ユキもハルも、俺に取っては優同様に大切な『嫁』だよ」

「……じゃあ、どうして私やハルとは、『子供』作ろうとしないの?」


 切なそうな表情で俺に抱きついてくるユキ。

 出会った頃とは違い、もう本当に女性として一番綺麗な次期に差し掛かりつつあるユキ。


 これはさすがにやばい……。


「ねえ、タク……」

 ほんのすぐ目の前に、美形のユキの小顔が存在している。


 その目はトロンとしており、頬には赤みがさして、今まで感じたことがないぐらいの色気だ。


「……なんかタクの顔、ぐるぐるしてる……」


 ……へ?


 と、次の瞬間、ぐでんと俺にもたれかかってきてしまった。

 やばい、のぼせてるっ!


 俺は大急ぎで彼女に肩を貸し、湯船から出した。

 ちょっと熱めの浴槽内で、あんなにはしゃぎ回るからだ……。


 彼女を抱え上げ、とりあえず脱衣所まで運ぶ。

 タイミング良く、俺達二人が出てくるのが遅いことを心配して、優が様子を見に来てくれていたので助かった。


 バスタオルで全裸のユキの身体を拭き、なんとか襦袢だけ着せる。

 意識はしっかりしているようで、ただちょっと目が回っているだけらしかった。


 水を飲ませ、今日はゆっくり休ませようということになり、時空間移動装置『ラプター』を使用して前田邸に運び込んで、そこで床につかせた。


 しばらくするとほぼ回復したようで、布団から起き上がれるぐらいになっていた。


「拓也さん、大事をとって貴方もユキちゃんと一緒にいてあげてください。私は戻って、みんなに報告しますから……今日ぐらい、甘えさせてあげてくださいね」


 と、優は笑顔で『新町通り』に帰ってしまった。

 そういえば、ユキは優の耳元で、なにか言っていたようだが……なんだったんだろう。


「タク、ごめんね……それと……ありがと」

 なんか、ユキはいつになく素直だ。


「いいんだよ、この前俺ものぼせて、みんなに迷惑かけたから……それより、喉渇いてないか? 何か欲しい物あるか?」


「ううん……ただ、添い寝してほしい……」


 うーん、そんな風に懇願されたらそうしてあげるしかない。


 別に今は裸って訳じゃないし、俺は彼女と一緒の布団に入った。

 早速俺の腕に抱きついてくるユキ。


「ユキ……さっきの話だけど、俺がユキやハルに手を出さないのは、そういう掟があるからなんだ」


「掟?」


「ああ。現代……つまり、『仙界』においては、満年齢で十六歳……数え年でいうと十七歳の年の、生まれた日を迎えないと『結婚』できない……そういう掟なんだ。だから、君たち二人は来年の春にならないと手を出す事ができないんだ」


 と、ある意味本当の事を言う。

 まあ、実際は現代ならば、『嫁』は一人しか持てないんだけど……。


「そうなの? じゃあ、タクに嫌われてる訳じゃないんだね……」


「当たり前だ、嫌ったりするもんか。二人とも大切な嫁だよ」


「よかった……」

 と、本当に嬉しそうな、安心したような笑顔を浮かべる。


「暖かい……それに、いい匂い……」


「うん? ああ……そういえば柚の香り、ずっと続いているな。それに、暖かいの、俺に抱きついているからだけじゃないぞ。あの『薬湯』には、温浴効果って言って、薬の成分でずっと暖かさが続くんだ。それに、美肌効果も……」


 と、俺がちょっと難しいことを言っていると、ユキはすやすやと寝息を立て始めた。


「……本当に、綺麗になったな……」


 優にも負けないほどの美少女に成長したユキのおでこに軽くキスをして、俺もまたまどろみ始めたのだった。


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