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シャワー

 営業時間が終了した後の『前田湯屋』で、俺は一人、とある作業を実施していた。


 時刻は、現代で言えば午後九時頃。

 この時代、多くの者がそろそろ寝ようか、と言っている時間だ。


 既に従業員も皆帰っており、俺はTシャツとトランクスだけになって、洗い場でガチャガチャと工作を行っていた。


「……拓也さん、まだ仕事頑張っているんですか?」

 洗い場の入り口辺りから声が聞こえてきて、俺は振り返った。


「ああ、優……ごめんな、今日、君が『嫁』の日なのに……」

「いいえ、今こうやって一緒にいられますから、それで十分嬉しいですよ……でも、こんなに遅くまで大変ですね」


「ああ、けれどその甲斐あって、いい感じに出来たよ。ちょっと見てみなよ」

 俺はそう言って、優を招き入れた。

 彼女は裸足で、着物の裾を少しまくり上げて洗い場に入ってきた。


「この突起を押すと、カランからお湯が出てくるのは知っているよね?」

「はい、一定時間出ると止まりますね。珍しいですし、凄く便利な道具だと思いますよ」


 そう、この洗い場に設置したそれは、現代の日本の銭湯では当たり前だが、この時代には存在しなかったパブリック水栓だ。


「でも、これだと、例えば髪を洗ったりするとき不便なんだ。一旦、手桶に湯を貯めてそれを頭からかぶる必要があったからね。でも、このレバーをこっちに動かして、それでこの突起を押すと……」


 シャアアァ、という音と共に、カラン上部のシャワーヘッドから糸状の湯が噴き出して、優はおもわずビクっと後に飛び退いた。


「ごめん、ちょっとびっくりさせたかな? でも、これだと両手が自由に使えるから、髪を洗ったりするときは今よりずっと便利だと思うよ」


 優は恐る恐る、手を伸ばしてシャワーの湯に触れてみた。


「……暖かい……それに、優しい感じ……うん、確かに気持ちよさそう。使ってみたい……」

「そう思ってくれる? じゃあ、えっと……明日の朝、入る?」


「ええ……いえ、今も一応、着替えとか持ってきてますから、今からでも試すことはできますけど」

「え、そうなのか?」


「はい、ひょっとしたら拓也さん、今日夜通し作業するかもしれないって思ったから……私も手伝うつもりで、二人分の着替えとおにぎりとお茶、持ってきてるんですよ」


「そっか、それは嬉しいなあ……じゃあ、試しに使ってみてくれるかい? えっと、俺は脱衣所で待っているから……」


「あの……そのシャワー、一つしかないんですか?」

「いや、二つ目まで設置が終わっているけど……じゃあ……一緒に入ろうか?」

「……はい……」


 ちょっと顔を赤らめて、でも嬉しそうに答えてくれる優。

 まあ、ちょうど今日は彼女が『嫁』の日だし……一緒に風呂に入るぐらい、普通かな。


 ちなみに、一応俺には形式上、嫁が五人いる。

 くじ引きでその日、一緒に過ごす女の子を決める事になっており、この日は優がそうだった。


 LEDランタンの明かりの下、俺と優は裸になり、隣り合ったカランの前で身体を洗っていた。

 石鹸やシャンプー、タオルなど、入浴に必要な小道具は、一通り気が利く優が持ち込んでくれていた。


 優は結った髪を下ろし、シャンプーで丁寧に洗っている。

 真横にいるし、椅子に腰掛けているのであまり身体は見えない。


 あえて見ないようにもしていたのだが、彼女は全く気にしておらず、ただシャワーの使い勝手について感想を述べてくれる。


「……思っていたよりすっと便利ですね、本当に髪が洗いやすいです。すぐに止まってしまうのでまた押さないといけませんが、節水のためだから仕方ないですね……」


「ああ、一応お湯はポンプで、湯船に送るのと同じ場所からくみ上げて高い場所に貯めているけど、それが少なくなると水圧が弱くなって、湯の勢いも弱くなるんだ。でも、もうちょっと時間、長くてもいいかな……」


「いえ……こまめに押せばいいだけですから」

 と、優はあまり気にしていない様子だった。


 髪と身体を洗い終えたところで、最後に湯船に浸かろうかとも考えたのだが、営業時間終了と共に給湯を停止していたので、もうかなり冷めてしまっていた。


 優はちょっと残念そうな顔をして、もう出ましょうか、と聞いてきた。


「優、最後にもう一つ、試してもらいたい仕掛けがあるんだ」

 俺はそう言って、洗い場の角へ彼女を案内した。


「……これ、さっきの『しゃわー』ですよね? でも、あんなに高いところにある……」

 そのシャワーヘッドは、彼女が頭上に手を伸ばしたぐらいの高さにあった。


「ああ、そうだよ。ボタン……突起はすぐ目の前にあるよね? それを押すと……」


 彼女は頷いて、ちょっと怯えて、それでも期待したようにそのボタンを押した。


 予期したとおり、彼女の頭上から糸状の湯が噴き出す。

 一瞬、目を瞑った優だが、すぐに用途を理解し、髪や身体を洗い始めた。


「最後にそうやって、全身をすすぐんだ。一度に身体全体に湯を浴びられるから便利だと思って」

「本当……気持ちいいです……」


 優は心からそう思っているようで、上機嫌で髪、顔、身体に湯を浴びている。


 ……LEDランタンの明かりは、彼女の綺麗な身体を煌々と照らしていた。

 一糸纏わぬ、数え年で十九歳、満年齢で十七歳の美少女。


 下ろした黒髪は腰まで伸びており、LEDの光を浴びて煌めいている。

 瑞々しい張りのある肌に、水滴が踊る。

 整った美しい顔立ち、細身の身体に綺麗な形の胸……。


 俺はただじっと見ているだけでは我慢が出来なくなってしまい……優をそっと抱き締めてしまった。


 それに対し、彼女は嫌がる様子もなく……彼女の方からも、腕を俺の背中に回して抱きついてきた。

 高鳴る鼓動、そして感じる彼女の柔らかさ、ぬくもり……。


 シャワーは既に、止まっていた。

 そして俺達は、ほんの少しだけ身体を離し、微笑み合い、唇を重ねた。


 この幸せが、永遠に続いてほしい――。

 この時、俺は心から、そう願っていた――。


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