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家族風呂

 その後、俺はさらに湯屋の拡張工事を続けた。


 その結果、わずか三週間後には完全個室タイプの家族風呂が、二棟も完成した。

 懇意にしている大工の棟梁が、『お得意様』である俺のために最大限の作業者を動員してくれたことも大きい。


 しかし何より、湯屋本体で湧かした湯をそのまま分配するような仕組みにしたことが短納期で完成した最大の要因だ。


 つまりこの独立した二棟には、湯を沸かす仕組みはないが、コックをひねるだけでたっぷりのお湯が流れ込む仕組みなのだ。


 それぞれの棟の広さは、脱衣所が二畳ほど、浴室が湯船も入れて六畳ほど。

 むちゃくちゃ広いわけではないが、まあ、家族五人ぐらいなら同時に室内に入れるだろう。


 貸し切り客には鍵を渡すようにする。

 価格は半刻、つまり一時間で八十文程度を考えている。

 現代で考えると二千円程度、一人割りにすると湯屋の料金よりずっと高いが、家族で貸し切りにできるメリットは大きいはずだ。


 小さな窓が付いており、そこからは眼下に小川を眺めることができる。

 夜ならば月を見ることも可能な、風流な作りだ。


 なかなかの出来映え、ここは一番風呂を楽しみたいと思っていたのだが……当然、そんなイベントであれば『嫁』たちが大人しくしているわけがない。


 サウナの時と同様、開店前の朝早い時間帯、凜さん、優、ユキ、ハルという同じメンバーで風呂に入ることになった。

 もちろん、俺も連れて行かれる。


 二畳ほどのスペースで、キャッキャいいながら服を脱ぐ四人の少女。

(江戸時代ではこれが普通、江戸時代ではこれが普通――)

 サウナの時に達観したが、この時代の娘達は、裸=現代の水着姿、ぐらいのイメージなのだろう。


 人によるが、

「少しぐらい見られても平気。でも、いやらしい目でジロジロ見られるのは嫌」

 という程度の認識と思って間違いない。

 なんのことはない、今、彼女たちは水着ではしゃいでいるだけだ。


 ……と、ふと全裸になった優と目が合った。

 彼女は少し恥ずかしそうに赤くなって、

「……拓也さん、一緒に行きましょう」

 と手を差し出してきた。

 やばい、むちゃくちゃかわいい――。

 鼓動が大きく跳ね上がるのを感じながらその手を取って、浴室に入っていった。


 (ひのき)の香りが漂う、真新しい浴室に、少女たちのテンションも上がっている。

 自分達が住む『前田邸』にも内湯があって、みんなで入れないことはないのだが、はやり新しい浴室で、窓から見える新しい景色というのは新鮮だ。

 内湯のある俺達でさえそう思うのだから、風呂なんかない一般家庭ではもっと喜びが大きいだろう。


 家族水入らずで風呂に入る――。

 遠い記憶の中で、そんなこともあったと思い出される。


 小学校に上がるかどうか、ぐらいの時、父親や母親と一緒に風呂に入った記憶が、ぼんやりと思い出される。

 まだよちよち歩きの妹のアキも、一緒に入っていたかな……。

 この時代の庶民にも、そんな思い出をこの家族風呂で作ってもらえればいいな、と物思いにふけっていた。


 その後、交替で湯船に入ったり、俺の背中を流してくれたり。

 家族水入らず、と思えば、どうってこと無い。

 下手に

「美少女四人と混浴するハーレム状態」

 なんて考えなければいいんだ……。


 と、ここでガラガラっと脱衣所の扉が開く音が聞こえた。

 えっ、鍵をかけている筈なのに……。

 ぎょっとしてその方向に目を向ける。少女たちも同じだ。


「……ナツです。料理の仕込み終わったので、私も入りますね」

 との声に、みんな安堵の笑みを浮かべる。

 って、ちょっと俺だけドキっと動揺する。


 また一人、裸の女の子が入ってくる。

 ナツも嫁の一人、これで五人全員揃うことになる。

 しかもナツは、他の子よりも身体を鍛えている分、引き締まった見事なプロポーションなのだ……って、少なからず期待している自分に気付く。

 いけない、家族水入らず、家族水入らず……。


 でも、鍵はどうやって開けたのだろう?

「ナツちゃん、他の子はどんな感じかしら?」

「はい、番台のお梅さんとお桐ちゃん、それに玲も来てますよ」


 ……へっ?

 と、がやがやと脱衣所に入ってくる少女達の気配。


「なっ……ちょ、ちょっと待ってくれっ! ナツは家族だからともかく、なんでお梅さんや桐や玲まで……」

「あら、新装開店って、お祭りみたいなものでしょう? だからみんなでお祝いしようって、私が呼んだのですよ」

 と、凜さんがにっこり微笑む。


「えっ……あっ……でも……」

 もはや口をパクパク開け閉めするしかできない俺。

 ここで、この時代では娘達にとって、裸なんて水着姿ぐらいにしか思っていないということを思い出す。


 つまり、彼女たちにとっては『海開き』程度にしか考えていないのだ。

 そんな俺のパニックを余所に、彼女たち、本当に裸で入ってきた。


 ナツは期待通り? 抜群のプロポーション、お梅さんは色気漂う大人の身体。

 その妹の桐は俺と同い年、お姉さんに負けないぐらい大きくて綺麗な胸で、それでいて純情な彼女はちょっともじもじしていて、その後に隠れるようにしている玲は優に匹敵する超美少女でスレンダーで小ぶりながら整った形の胸で――。


 そんなに広いわけではない浴室に、男は俺一人なのに対して、全裸の美少女八人!

 キャアキャアいいながら身体を洗い合ったり、俺の背中を流そうとタオルを奪い合ったり。


「あと、海女のミヨちゃんと『いもや』のヤエちゃんにも声をかけてますから、ひょとしたら来るかもしれませんね」

 と、凜さんが笑顔で続ける。

 ミヨとヤエ!


 ミヨは海女ちゃんなだけあって健康的に日焼けしていて、そういえばまだ若く綺麗な裸だった、最近見てないけど今日見えるのかな、ヤエはこの中でも最年少、彼女だけ裸をみたことないけど、いやいやさすがに犯罪か、そんなことはないこれは海開きだ、俺が変な妄想しすぎているだけだみんな水着着ていると思えばどうってことない、それにしてもみんな本当に綺麗な裸だそれぞれ個性があって、うん、これは芸術なんだ……。


 湯船に入ったままそんな思考にふけっていると、ふっと目の前がホワイトアウトした。


 ――気がつくと、俺は湯屋本体の脱衣所で、全裸で寝かされていた。

 心配そうに顔をのぞき込んでいた八人の少女たちは、目を覚ました俺の様子にほっとため息をついていた。


 何人かは身体にタオルをまいており、優や凜さんなど、まだ裸の少女もいた。

 ぱたぱたとうちわで俺の身体を仰いでいる女の子もいる。

 俺は状況がつかめずにきょとんとしていた。


 そして凜さんから事の次第を聞いて、顔から火が出るほど恥ずかしい思いだった。

 俺は湯船に長時間浸かりすぎていたことと、八人の少女たちの裸を目の当たりにしてのぼせてしまい、気を失ってしまったのだ。

 そして全裸のまま、非常用の担架でここまで運ばれたのだという。

 この担架、俺が現代から運んできたものだったが、まさか適応第一号が俺自身になるとは……。


 俺は真っ赤になりながら起き上がり、タオルで下半身を隠して、もう大丈夫だから、とみんなに話して安心させた。


 ちょっとはしゃぎすぎた、と反省する女の子もいたが、俺が気を使って

「いや、俺も楽しかったよ」

 と言うと、みんな笑顔になって、しまったと思ってしまった。


 またこんなハーレムイベントが起こると、次も気を失ってしまうかもしれない……。

 と、俺の思いを察したのか、凜さんがこんなアドバイスをくれた。


「本当に拓也さん、根が純情なのですね……それでしたら、目を瞑ってあまり娘の裸を見ないようにすればよろしかったのに……」


 ……へっ?


 ――なんだかんだで目を見開いて彼女たちの裸を見てしまっていたことに、また恥ずかしい思いをしたのだった。


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