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ロッカーと鍵と美女と美少女

 俺が湯屋を買い取ってからも、当面は元気になった茂吉さんが番台をすることになった。

 また、茂吉さんがあまり体調が良くないときは、俺やお梅さんが番台を務め、サポートを桐や玲、ユキが受け持つようになった。


 お梅さんは満年齢で二十二歳。元遊女で、

「男の裸を見るのには慣れている」

 という理由で番台に抜擢された。


 女の子が番台だと、変質者なんかがいたら大変なんじゃないかと思ったが、そんなときは大声を出せば他の客や焚き付け係の人が助けに来てくれるし、そもそも

「変な客なんて、遊女をしているときは大勢いた」

 と妙な自慢をされてしまった。


 適材適所なんだな、と思った。

 おとなしい女の子だったら、男の裸を恥ずかしがって見ることすらできないだろう。

 この分なら、護身用に渡している棒状の百三十万ボルトスタンガンが使われることはまずないと思われる。


 なお、数日前に入浴した、お梅さん、桐、玲の三人には簡単なアンケートを取っていた。


「男の人と混浴になる事に抵抗はないか」

という質問には、

「別に。見たければ見ればいい」

「拓也さんに見られるのは大丈夫ですが、他の男の人にはやっぱりちょっと抵抗あります」

「私も、田舎ではそもそも湯屋が無かったので、見られるのは恥ずかしいです。あ、拓也さんは別ですから」

 との回答。


 ……一応、無記名で書いて貰ったが、たった三人では誰が書いたのか分かってしまう。

 お梅さんはともかく、後の二人は番台である俺に気を使ってくれていたんだな……。

 三人が集まっているときにそのことを謝ると、なぜか「何も分かっていない」と逆に軽く責められてしまったが。


 とにかく、やっぱり混浴っていうのはあまり良くない気がする。

 かといって、時間帯で分けたりすることは難しいし、仕切りを作って狭くしてしまうのも文句が出そうだ。


 拡張工事はやろうと思うが、時間がかかる。

 とりあえず、最低限裸を見られないようにすることはできないか、いろいろ悩んでみた。


 さらに数日が過ぎ、俺はある仕掛けを突貫工事にて一晩で完成させた。

 誰か使う人がいないかと、わくわくしながら朝から番台に座っていると……。


「おはようございます、拓也さん、新しい仕組みが出来たんですってね」

「おはよう、タクっ!」

「おはようございます、ご主人様っ!」

 と、見知った三人の女性が訪れた。


「なっ……凜さん、それにユキ、ハルまで……」

 凜さんは俺が経営する『前田妙薬店』の店長で、俺の二つ年上。ユキは時々番台を手伝ってくれている、満年齢で換算すると十四歳の女の子、そしてハルはユキの双子の妹だ。


 ユキとハルは顔がそっくりで、ぱっと見ただけでは見分けがつかないのだが、ユキがその名の通り雪の中でも走り回るんじゃないかと思うほど元気いっぱいなのに対して、ハルは春の陽気のようにほんわかした雰囲気を醸し出している。ちょっと恥ずかしがり屋で、控えめな性格だ。


 このほかに、俺はユキ、ハルの姉である『ナツ』と、凜さんの妹の『優』を加えた五人と事情があって同居しており、一応全員『嫁』ということになっている。

 もちろん、これはこの時代においても異例の事なのだが……。


「みんな、こんな朝からどうして湯屋なんかに……家に内風呂もあるのに」

「だって、拓也さんがおもしろい仕掛けを湯屋に作ったって言うから……それにこの前、女子寮に住んでいる女の子三人が入りに来たんですってね?」

「そうそう。それでタク、じろじろその女の子達を見てて……」

「い、いや、誤解だって。俺は番台としての努めを果たしただけだよ」

 と、なぜか言い訳っぽく返す。


「いえ、別に構いませんよ、番台なんですから。でも、その後『あんけーと』なるもので、『俺に裸を見られてどう思ったか』っていう質問したんですってね」

 凜さん、なんかジト目でそんな事を聞いてくる。


「なっ……いや、誤解だって。俺は湯屋で男の人と混浴するのって、正直どう思うかって尋ねただけだよ」

 もう俺はしどろもどろだ。


「……うふふ、冗談ですわ。分かっていますよ、拓也さんが未だに純情な心の持ち主なのは。それより、面白い仕掛けっていうのは……」

「あ、そうそう。そこのカーテンとロッカーだよ」


「……かーてん? ろっか?」

「ああ。まず、ロッカーの説明をすると……そのちいさな扉、引っ張ったら開くだろう?」

 と、徹夜で六つだけ用意したロッカーの内の一つを指差した。


「ええ……これは脱衣箱、ですか?」

「その通り。でも、そのままだと誰かに盗られるかもしれない。だから番台が見張っているんだけど、混んでくると完全には防げない。そこで、その扉を閉めて上の出っ張りを押すと……」


「……あら、横から何か飛び出して来ました」

「そう、その扉には錠が付いていて、それが鍵だよ。それで開けないと開かない」

「……本当だわ」


「その鍵を押し込んでごらん」

「……開きましたっ!」

 それを見て、双子も面白そうにキャッキャ言いながらその動作を繰り返す。


「……でも、この鍵、洗い場に持って入ると無くしてしまわないかしら」

「いや、そこに白い紐が付いているだろう? それはゴムで出来ていて、伸び縮みするから手首とかにはめておけば落とす心配もないよ」


 と俺が教えて上げると、凜さんは不思議そうにそれを手首にはめ、

「本当……これって、あの『ますく』の紐と同じなのね……ふうん、こういう使い方もあるんですね……」

 と感心していた。


 ちなみに凜さん、現代から俺が持ち込んだ便利な道具を薬屋で販売しているので、ある程度不思議なアイテムには慣れっこだ。

 双子も真似をして、不思議そうに引っ張ったり、元に戻したりして、パチン、と弾いては痛がって遊んでいる。


 なお、江戸時代でも湯屋によっては、鍵付きの脱衣箱は存在した。

 その鍵は長細い棒状になっており、男女とも入浴はそれを頭にかんざしのように刺していたのだ。


 それはそれで工夫されているとは思うのだが、抜け落ちてしまうこともあるだろうし、髪を洗うときはどこかに置かないといけないだろうし、そもそも坊主頭の人には不便だ。

 やはり、輪になったゴムで手首や足首にはめておく方が便利だ。


 それに、ここの湯屋には元々そういう物はなく、棚に脱衣籠が置かれているだけだった。


「それで、これは……」

 と、凜さんはカーテンに興味を示していた。


「そう、そのカーテンは、簡単に言えば布の仕切りだ。ほら、こうやって引っ張れば……」


 それは、病院にあるような水色の薄いカーテンで、引っ張ると弧を描くようにレールに沿って広がり、番台とロッカーで挟まれた角のスペースを隠してくれる。


「ほら、こうすれば周りから見えなくなるだろう? 女性が安心して着替え出来るように、目隠しになるんだ」

「ふうん、上手く考えていますね……でも、これって……番台からは丸見えですよね? こんなに近くですし……まさか、女性のために、と言いながら、拓也さんが見たいだけなんじゃ……」

 なんかまた凜さんがジト目で見つめてくる。


「あ、いや、そうじゃなくて、だって番台から離れた所でカーテン引いたら、全く見えなくなって防犯で無くなるから……それに、俺はなるべく目をそらすようにするし、そう、だいたい番台は、ほとんどお梅さんにやってもらうつもりだし……」


「……まあ、そうですわね。拓也さんがそんな不謹慎な考え、する訳がありませんしね」

 うっ……釘を刺された。


「あと、女性にはこの長いタオルを一人二枚、貸し出すつもりだよ。これで腰と胸元を巻いておけば、少しは恥ずかしさが和らぐと思って」

「でも、それだと洗いにくいんじゃ無いかしら。外してしまうと意味が無いですし……」


「それも考えてあるよ。ほら、洗い場に仕切り板を置いた空間があるだろう?」

「……あ、確かに」

 そこには、壁際に一人の人が体を洗えるスペースを三つ、黒い板で仕切って確保し、占有できるようにしている。


「あの場所なら、まあ、背中は見られるかもしれないけど、体の前面は洗っている最中でも見られないと思うよ。石榴口(ざくろぐち)の向こうは暗いから、あまり恥ずかしくないだろうし」


 江戸時代の銭湯は、石榴口という、板壁の下部が開いているような仕掛けがあって、ここを潜った先に浴槽がある。

 湯船に入るには、ここをかがんで潜る必要がある。


 これは湯船の蒸気が逃げないようにして、冷めるのを防ぐための工夫だ。

 このために洗い場の明かりが届かず、浴槽の中や周囲は本当に暗い。

 女の子なら裸を見られずに済むから、タオルを外して入っても問題ないだろう。


 一通り説明が終わると、彼女たちはカーテンを閉めて、服を脱ぎ始めた。

 当然俺は、カーテンの中を見たりはせずに、周囲を警戒していた。

 何人か男性客、といっても朝早い時間で多くがおじいさんだが、こちらをちらちら見ていたが、残念ながら彼女たちの裸は見えない。


 ところが、凜さんから

「鍵が上手く刺さらないわ。拓也さん、どうすればいいのかしら」

 と質問が来たので、仕方無くそちらを見ると……三人とも全裸だった。


 ちらっとだけ見て、慌てて視線を逸らして、

「あ、鍵を刺して、何回か軽く動かしてみれば良いんじゃないかな……」

 とアドバイスする。


「……あ、本当、開きました。コツがいるんですね」

 と、全く気にしていない様子。


「タクッ、今こっち見たでしょ?」

 と、ユキがイタズラっぽく話しかけてくる。


「ちょ、ちょっとだけだよっ!」

「ふふっ……拓也さん、かわいい」

 凜さんにからかわれてしまった……。


「私、ご主人様にだったら、見られても平気ですから……」

 いや、ハル、『ご主人様』なんて単語、この場面で使わないでくれ……。


 凜さんの完成された色気のある裸、ユキの隠そうとしない、健康的な若い裸も綺麗だとは思うが、ハルのもじもじとした、恥ずかしそうにしていた裸も、一瞬だけとはいえ見えてしまい、それがかえって印象的に頭にこびりついて……って、俺は何を考えているんだっ!


「タク、私もハルも……もう大人の身体だったでしょう?」

 うっ……ユキ、何て答えにくい質問をしてくるんだ。

 この子は、俺に子供扱いされるのが嫌なんだろうか。 

 うーん……ここは思った事を正直に答えるか……。


「ああ……ちらっとしか見ていないけど、とても綺麗だと思ったよ」

「……ありがと……大好きだよっ」

 と、答に満足してもらえたようでほっとする。


 カーテンはそれほどでもなかったが、ロッカーとゴム紐付きの鍵は、この後他の客にも、


「よく考えられて、良くできたカラクリだし、この素材は本当に不思議だっ!」

 とか、


「さすが仙人、こんなきっちりした技の脱衣箱は真似できないっ!」

 など、職人にも称賛される事になる。


 でも、そんなの俺からすれば、何十年も前から存在する技術なんだけどな……。


 しかし、これだけでは女性にとっては、やはり根本的な不安解消にはならなかった。

 それが露呈する、ちょっとした事件が起きてしまったのだ。



 ※次回は三人の入浴編の続きとなりますm(_ _)m。


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