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湯屋、買い取りましたっ!

 江戸時代、阿東藩の城下町に、一軒の湯屋、つまり銭湯が存在していた。


 作りは古いが、この町に存在する唯一の湯屋であったので、一時期利用者が減っていたものの、客足が絶える事はなかった。


 現代と三百年前のこの時代をある程度自由に行き来できる能力(アイテム)を身につけた俺、『前田拓也』は、この湯屋に現代の石鹸を売り込んだ。

 これが大当たりし、香りの良さ、汚れの落ち具合などが大評判。

 客数は増え、『薔薇の香りが立ちこめる湯屋』と口コミで噂が広まり、物珍しさもあって他の藩からもわざわざ入浴に来る者が現れるほどの人気となった。

 そこまでは良かったのだが……。


 その日の午前、俺は自分の直営店である『前田妙薬店』で店長の凜さんと話し込んでいた。

 そこにこの街の湯屋の経営者で、番台をしてる茂吉さんが倒れたと知らせが入った。

 茂吉さんはもう六十五歳を越えており、この時代であればかなりの高齢だ。


 俺と凜さんは、二人して大急ぎでその湯屋に向かった。

 ちなみに凜さんは満年齢で十九歳。多少の医術の心得もある。

 俺は十七歳なので、彼女の方が年上。その分、しっかりした面も持っている。


 湯屋に辿り着くと、茂吉さんは住居の方に運ばれ、敷かれた布団に寝かされていた。

 医者を呼びに行っていると言うが、車なんかないこの時代、辿り着くまではかなり時間がかかるだろう。

 とりあえず、凜さんが簡易的に診断したのだが、意識も比較的しっかりしているし、顔色もそんなに悪くなく、症状も多少めまいがするだけということなので、とりあえず今すぐ命に別状はないだろう、ということだった。


 恐らく、最近ずっと忙しかったので、過労なのではないかということだ。

 ただ、凜さんは本格的な医者ではない。茂吉さんには絶対安静にしてもらう必要がある。

 しかし彼は、番台をする者は自分しかいない、と言って、無理にでも起き上がろうとする。


 ちなみに番台とは、湯屋の入り口付近で入浴料を受け取ったり、見張りをしたりする仕事の事だ。

 この湯屋には、他にも作業員が居ることは居るのだが、風呂の焚き付けを専門に行っており、彼もまた手が離せない、代役のいない職人だ。


「湯屋の番頭は、信用してもらえる者しか務まらん。銭をやりとりする仕事じゃ。その上、盗みを働く輩がおらんとも限らんし、女子(おなご)にいらんことをする不届き者もおるかもしれん。そいつらを一喝してやるのもワシの仕事じゃ!」

 うん、まあ……普段は優しそうだけど、確かに頑固なじいさんだ。


 周りのみんなは、こんな時なんだから誰かに替わってもらうしかない、と言っているのだが……。

「ワシは何十年もこの店で番台をやってきた。町のみんなの顔を知っておるし、みんなもワシの顔を知っておる。そこに信頼が生まれるんじゃ! 替わりなど……」

 と、ここで茂吉じいさん、横になったまましげしげと俺の顔を見つめた。


「……前田拓也殿になら任せられるんじゃがな……」

 ……へっ? 俺?

 と、周囲を見ると、凜さんや、心配して見に来た湯屋の常連客がみんな俺に注目していた。


「うむっ、何しろ仙人様だしな」

「阿東藩で特権を持つ商人で、三つも店を出しているんだったな」

「最近では、『女子寮』っていうやつを作って、従業員の女子を住まわせているとか」

「遠く離れた江戸にまでその名前が知られる有名人、ですしね……」


 ……というわけで、意地を張る茂吉さんをなだめるためにも、俺が番台に座ることになった。

 この湯屋を訪れる常連客は、俺が番台を勤めていることに最初は驚いたが、茂吉さんがちょっと寝込んでいるから替わりに、と言うと大体納得してくれた。

 あと、ほとんどの人が俺の顔を知っているのに驚いた。結構、有名になってたんだな……。


 それと、ちょっとだけ困った事が一つ。

 この時代、湯屋は混浴だ。

 しかも、脱衣場所から洗い場まで一続きになっていて、番台は全てを見渡せるようになっているので……つまり、女性の裸も見てしまう事になる。

 薄暗いとはいえ、はやりちょっと照れてしまう。


 それはお客も同じはず……なのだが、来店する女性客はお婆ちゃん、たまにおばちゃんぐらいなので、向こうは

「あら、拓也さんじゃない、どうしたの? 湯屋まで始めたの?」

「まあ、そんなに赤くならんでも、私達湯屋で裸見られるの、慣れてますから」

 と、逆にからかわれる始末。

 うーん、こっちは慣れていないから大変だ。


 今はまだ昼過ぎで、時間帯が早いからなんとか捌けているが、これからどんどん増えてくるはず……。

 と、その時。

「拓也さん、私達もお風呂に入りますわよ」

 と、色っぽい声。


「なっ……お梅さん、桐、玲っ!」

 彼女たちは俺が設立した『女子寮』に住み込んで、縫製の仕事をしている従業員なのだが……。

「どうして湯屋に? 女子寮、内風呂あるだろう!?」

「だって、拓也さんが番台してるって聞いて、こんな面白い……いえ、少しでも売り上げに貢献しようと思って。それに風呂焚き、結構大変ですから」


 満年齢で二十二歳、元遊女のお梅さんは混浴ということを全く気にしていないようだ。

 それに比べて、ちょっともじもじしているのがお梅さんの妹の桐、十七歳と、最近田舎から出てきて従業員になった玲、十六歳。

「あの、私達も入りますから……」

「わたすも、がんばりますからっ!」

 ……いや、何を頑張るつもりなのだろうか。


 そのやりとりを聞いて、

「さすが前田拓也だ、あんな可愛い女子三人がこんな湯屋に来るなんて……これは楽しみだ」

「いや、うかつに手を出すと仙術で殺されるぞっ!」

 ……なんか不穏な言葉があちこちでささやかれている。


 そんな心配を余所に、入浴料を払った三人は脱衣所で服を脱ぎ始める……って、番台から一番近い場所じゃないかっ!

「私達、湯屋に慣れていないから、なるべく安心できるようにここに服、入れておきますから。服脱ぐときも、ここの方が安全でしょう?」

 いや、まあそりゃそうだろうけど……。


 元遊女のお梅さんは、俺に見られていることなど全く気にせずに服を脱ぐ。

 それに比べて、桐と玲はもじもじと、タオルで隠しながらゆっくり脱ぐ。

 防犯上、変な客が寄ってこないか、彼女達の方向を見ている必要があるわけで……。


 お梅さんはさすがに大人の体で、胸も大きく、色気もあって、男性客の視線を集めている。

 俺と同い年の桐は、可愛らしい顔立ちながら、姉であるお梅さんに似た体つきになってきており……つまり、結構胸が大きくてスタイルも良さそう。


 そして玲は、言葉使いは訛りがあるが、俺が出会った少女達の中でも一、二を争う美少女。

 三人の中では一番若く、少し胸も小ぶりなようだが、スレンダーで綺麗な体つきだ。

 タオルで隠そうとしているが、全部隠し切れるものではなく……俺と目が合って、真っ赤になっている。

 そういう俺も、相当顔が熱くなっていたのだが……。


 と、ここで足に軽い痛みを覚え、思わず

「うおっ!」

 と声が出てしまう。

 下を向くと、一人の少女がちょっと拗ねたような表情で立っていて、俺の足をつねっていた。


「タクッ、女の子の裸、じろじろ見過ぎっ!」

 彼女の名は(ユキ)、満年齢で十四歳。

 事情があって、この時代では俺と同居する、正式な『嫁』の一人なわけで……。

 まあ、そういう事だから彼女が怒るのはもっともである。


 この子は、普段は俺が経営する飲食店で働いているのだが、この非常事態、俺が一人で番台を勤めるには荷が重すぎるので、緊急で手伝いに来てもらっているのだ。

 彼女は番台の補佐だから、当然服を着ているのだが、

「そんなに女の子の裸見たいのなら、私がいくらでも見せてあげるのに……」

 と文句を言っている。


 最初出会ったときはまだ子供っぽかったが、最近では本当に綺麗になってきた十四歳の美少女、ちょっとドキッとする発言だ。

 だがせめてあと一年ちょっと、満年齢で十六歳、つまり現代の日本の法律で結婚出来る歳になるまでは我慢してほしい。

 いや、まあ、我慢するのは俺なんだけど。


 と、そこに別の男性客から個人用にキープしている『留桶』を要求されたので、その番号をユキに伝えると、

「はーいっ、すぐに持ってきますっ!」

 と元気な声。本気で怒っている訳ではないようだ。


 ふと、脱衣場の方を見ると、三人の少女はみんなもう洗い場に行ってしまっていた。

 ちなみに、彼女たちは女子寮から石鹸やタオルを持ち込んできているようだ。


 それにしても……湯屋全体が、石鹸の良い香りに包まれている。

 以前は体を洗うのは糠袋だったので、糠の匂いしかしなかったのだが。

 まるで花畑の中に居るような感覚、なるほど、これが目当てで客が増えてるのも分かる気がする。


 と、次は七人一度に入店してきた。

「……ユキ、忙しくなりそうだ。よろしく頼むよ」

「うん、頑張るよっ!」

 と、元気な返事をくれたのだが、閉店時間の夜八時頃になると、二人ともクタクタになっていたのだった。


 その夜の遅い時間、俺は茂吉さんの詳しい容態を医者から聞いた。

 やはり、過労が原因だと言うことで、あまり無理をさせては行けない、それどころか年齢を考えると、もう引退した方がいいとの指摘だった。


 しかし彼には、湯屋を引き継げる親族はいなかった。

 親族以外の誰か別の人間が湯屋を引き継ぐとするならば、多額の金銭のやりとりや、火を扱う特別な仕事だから、藩への許可が必要など、いろいろ面倒なのだが……。


 茂吉さんは真剣な表情で、こう話を持ちかけてきた。

「……拓也さん、あんた、この湯屋を買い取ってくれんかの?」


 えっ……俺が!?


 ――数日後、この売買について、地元の商店主達は満場一致で賛成し、藩の役人達も問題なく了承して、この湯屋は俺に買い取られることになった。


 たった一案、現代から石鹸を導入しただけで大幅に客足が伸びたこの湯屋。


 少しずつ改良や改修を施していく内に、この時代ではあり得ない『スーパー銭湯』へと変貌を遂げていくことになるのだった――。


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