幕間 忠誠者クローディア
真面目な子は気苦労も多いのです
「失礼します」
「クローディア。どうかね、彼女の様子は」
「……主観ですが、今のところ不審な動きは見られません」
「そうかね。それは良かった。とりあえず、彼女の騎士見習いへの推薦と根回しはほとんど完了したよ」
「本当に彼女を軍属とする気ですか? そばに置くだけならば、他に方法もあるとは思いますが」
「私直属の部下とすれば、護衛代わりに会食などにも連れて行けるだろう。推薦の方も、少々強引なねじ込み方をさせてもらったから、それがどんな娘か興味を持つ者もいるだろうね」
「そこまでして切りたいカードになりえますか、彼女が」
「札は多いほうがいい。それに、そこまで、というほどの苦労ではないよ。軍の関係者には友人が多い」
「ウィンドグレイス卿――手札をそろえたあなたの机の先には、いったい誰が座っているというのですか?」
「さぁて、ね。相手が誰にせよ、私が目指すところは変わらないさ。君は、私が言うとおりにハンドルを握ってクラッチを操作してくれていればよい」
「……了解です、我が主」
その後、いくつかの事務報告をしたクローディアは、礼をしてハミルトンの部屋を出た。
とりあえず部屋から持ち出した書類を整理し、終わったら昼食ついでにエリシェの様子を見に行こう――そんなことを思いながら司令部の廊下を歩いていると、前から中年の制服姿の男がやってくる。顔を見て、クローディアは内心で舌打ちしつつ、頭を下げた。
「ご機嫌いかがかな、中尉」
「おかげさまで上々です、マーコリー卿」
大佐の階級を付けた男は、通り過ぎずに足を止める。クローディアは意図して一歩進み、彼に背中を向けてから立ち止まる。
「君が着いていながら、前回の出撃は散々だったな。私も一気に二十近いフレームを補給したのは久しぶりだ」
男は、後方の補給大隊の司令で頭打ち程度の人間だ。つまりは家柄か能力がその程度の人間で――そういう人間に限って、自分よりも能力のある相手を忌々しく思うことを、クローディアは身を持って知っていた。
「おまけに敵の殿は取り逃し、君の乗機も中破したと聞く。ウィンドグレイス卿のご機嫌を取るのは結構だが、ベッドの上で無くフレームに乗って訓練に励むべきではないかね?」
「どういう意味です?」
くだらない挑発には乗らないと、視線だけで返す。ハミルトンの信頼を、身体で取ったと噂されているのはよく知っている。それが偽りだとしても、愚鈍な輩はより自分の興味が沸く方向に話を持っていくものだ。
クローディアの目に居すくめられ、視線をそらしながら、男は歩き出す。
「激励しているのだよ。腕をあげておかないと、敵に撃たれそうになった時、相手が卿のように色気に惑わされるとは限らんからな」
「ウィンドグレイス卿を愚弄なさるおつもりですか?」
「そんなつもりで言ったことではない。それとも、心当たりでも?」
ハミルトンの前では挑発するどころか機嫌を取るだけだろうが、貴族出身ではないクローディアには強気になれる。返事をするのも馬鹿らしくなり、クローディアは口も開かずに歩き出した。
訓練学校時代から、貴族の子弟に軽んじられ揶揄されるのは慣れている。服や教本を台無しにされたり、モノを――固体に限らない――投げつけられるような幼稚な嫌がらせを受けないだけ楽なものだ。
それに、クローディアが問題を起こせば、ハミルトンに類が及ぶ。自分はどうなってでも、それだけは阻止しなければならなかった。
愚者に気を取られている暇などない。心に刺さる微細な棘を払いのけ、クローディアは煩わしさを押しつぶすように歩調を速めた。