幕間 残された者たちの会話
味方は名無しモブ扱い。いつか名前が出る時が来るのだろうか
「中佐の捜索を中止するとは、どういうおつもりですか、閣下」
「そのままの意味だよ、少佐。すでに第六混成大隊の指揮権は君に委ねられているのだから、今更コス中佐を探すことに労力を割けない」
「閣下! 中佐あっての第六混成大隊です。たった一個大隊であの地を守ってこれたのは、中佐あってのこと。能力だけではありません、中佐の不在は士気にもかかわります」
「だからこそ、混乱を少しでも収めるために、副官であった君を正式に指揮官として任命したのだよ。自信がないというのなら、他に適任の者を探すだけだ。なぜ階級と言うものがあるのか分かっているのかね? 個人の能力に頼らず、システムとして軍を維持するためだ。一人の人間がいなくなったから大隊が維持できない、では許されないのだよ。少佐、分かったならこんなところに居らず、大隊の掌握に時間を割きたまえ」
「……了解、いたしました。失礼します」
前線から離れた本隊の、連隊長の部屋からあらわれたのは、元・第六混成大隊の副官であった男だ。新品の少佐の階級章の輝きを打ち消すように、顔には焦燥が深く刻まれている。
前の大隊長だったアニス・コス中佐は、友軍の撤退を援護する戦闘中に行方不明となっていた。増援の到着と防衛網の構築によりファイレクシア軍の攻勢は止まり、戦場となった旧市街地から敵の姿は消えた。
同時、中佐の未帰還により捜索隊が結成されたが、十時間の捜索では、彼も、彼の遺体も発見できなかった。がれきの中から発見された彼のドックタグが唯一の遺留品であり、彼の行方を示すものは何もない。
捜索が打ち切られたのは、ファイレクシア軍を目の前に、将官とはいえ人一人を探している余裕などがなかったからだ。さらに、新たに合流した友軍は三個中隊であり、それがそのまま第六混成大隊の指揮下に入ることになったため、男自身にも余裕はなかった。
「少佐殿。大分お疲れのようですね」
一刻も早く前線に戻ろうと足を速める男に、誰かが声をかける。見れば、それは中佐の失踪の原因となった、あの技術少佐だ。
「……」
無言で視線を投げる男に、技術少佐は片手で眼鏡を直して続ける。
「……怒鳴られる程度の覚悟はしてきたのですがね」
「あの時、最終的に判断を下したのは中佐自身だ。貴官に責任がないとは言わないが、自らの責任範囲で行動した以上、その結果の責任を本人が負うのが当然だ」
「私としても、非常に残念に思っております。あの時の私は、少々急き過ぎていた。今更ながら、自分の責任だと拳を震わせています」
「私とて、あの時に首が飛ぶ覚悟で止めるべきだったと後悔している。だが、それで何が変わるわけでもない。今出来るのは中佐の帰還に備え、手際良く指揮権を譲渡できるように部隊を整備するだけだ」
半分は、自分に言い聞かせるために言った言葉だ。ここで慌てても、どうしようもない。目の前には、未だに最前線が広がっているのだ。
「失敗は、失敗のまま終わらせません。コス中佐のデータは、非常に大きな参考になりました。現在、量産体制ではないものの、テストパイロットを集めた試験部隊を編成中です。それを投入するだけでも戦力に絶対的に劣る我が軍の助けとなるはずです」
「あの機体のおかげで、予定よりも多くの兵が命を救われた。そこに関してだけは、感謝している。では」
歩き出した男の背に、声が飛ぶ。
「それが私の仕事です。いつか帰ってくるであろう中佐のために、より改良した機体を開発することも」