幕間 監視者達の会話
今回短いです。会話のみなので
「どうかね?」
「スコーンを食べ終わった後は、そのまま横になっています。眠っているかは分かりませんが」
「御苦労さま。しばらく私が変わるから、仮眠を取ってくれていい」
「滅相もない。私一人で大丈夫です」
「しかし、一晩中監視するのは疲れるだろう」
「その程度、問題ありません。一挙手一投足まで見逃さず仔細漏らさず監視を継続します」
「クローディア、君は少々真面目すぎるきらいがあるね。そう気を張ることはない」
「ウィンドグレイス卿、貴方はあの娘が敵のスパイでないと確信しているようですね」
「絶対、とは言い切れないが、やるならもっとスマートな方法があるだろう。わざわざあんな少女を送りつけてくる意味がない」
「だからといって、監視を匂わせることまでするとは。たとえあの娘がスパイであっても、目立つ行動をするはずがありません」
「だったら君の手を煩わせることもなくていい。それとも君はあの子が何か事を起こしてほしいと?」
「まさか。ですが、警戒は厳に行う必要を感じます。あの小娘の語った話も、本当かどうか」
「小娘と言うが、私の見立てでは君と同じくらいじゃないかね。まあ、あの話についてはなんとも言い難い。少なくとも、性的な暴行の跡は見られないわけだしな。だが、そんなことは私にとってはどうでもいい」
「そんなこと――とは」
「出自がどうであろうと、特に関係はないということさ。スパイだとしたら問題だがね。それよりも重要なのは、彼女の容姿と名前だ」
「……それが、なにか?」
「君はどう思う?」
「整っている、とは思いますが。外見だけならば、どこかの大貴族の令嬢と言っても通じるでしょう」
「そうだ。特に輝くブロンドは我々貴族の象徴と言ってもいい。今の技術なら染めることもできるが、あれほどにムラのない輝きは地毛でなければ出せないだろう」
「あの小娘が、どこかの令嬢だとでも仰るのですか?」
「実を言えば、あの顔には見覚えがある」
「……ウィンドグレイス卿の既知の方、なのですか」
「君は真面目だねぇ、クローディア。そう肩肘を張らなくていいよ。どうせ独房には聞こえないんだから。それに、僕だって『その方』に直接お会いしたことはない」
「そのお方とは?」
「前皇帝の第八位皇位継承者、第三皇女――その名をエリシェ姫といったはずだ。うちは大分落ちぶれかかっているが、これでも昔は名の通った貴族でね。一度だけ、今は亡き私の祖父の代に、ちょうどあれくらいの年齢のエリシェ姫と一緒に撮った写真が残っているんだ。私が見覚えがあるといったのは、その写真の顔さ」
「エリシェ姫、ですか。卑賤の身には聞き覚えのないお名前ですが」
「君も一代限りとはいえ騎士身分なんだから、そう謙遜することはない。それに、知っていたのは一部の貴族くらいさ。二十歳になったらその存在が公表されるはずが、二十歳の誕生日を前に、姿をくらませてしまった」
「第三皇女が?」
「当然、存在を知る者は躍起になって探したさ。とてつもないスキャンダルだから極秘裏にだがね。だが、軍の一部まで動員した捜索も空しく、彼女は煙のように消えてしまった。一説には駆け落ちというのもあるが――ともあれ、女性一人の身では皇都どころか宮殿すら抜けられない。何者かの手引きによる誘拐、もしくは脱走と考えられたがその犯人も特定すらされていない」
「その皇女殿下が、彼女だと?」
「面影以上に似ている。だが、彼女本人だとしたら、すでに四十に近いはずだ。エリシェ姫が隠遁し、どこかで娘を生み、彼女に出自を教えない――その可能性はどの程度だろうね」
「まだスパイと言う方が信じられます。それにそう言った場合、何らかの出自を表すものを持たせておくのがセオリーというものでしょう。一通りの身体検査と荷物検査はしましたが、階級章のない制服と壊れたヘッドマイク以外に所持品はありませんでいたが」
「セオリーだからと言って百パーセントではない。それに、エリシェ姫が自身と娘に平民としての生活を望んだなら、そういった出自を隠し通すこともありえる」
「だとしても、それが敵軍にいるという経緯が分かりません。まさか皇女殿下自らが差し出したわけはないでしょう」
「問い詰めたいところではあるが、あまり触って嫌われたくはない。できれば手中に収めておきたいのだよ」
「それほどの価値がありますか? 知られていない第三皇女の娘――それも長男である現皇帝閣下が皇位を継いで五年も経たこの時期に、確証すらない似ているだけの別人の可能性もある人間に」
「手札は多いほうがいい。それに、知られていないというより、一部の人間は知っていると言うべきだ。たとえば、あの失踪劇にどこかの大貴族が関わっていた場合、彼女の存在は十分な武器となりえる。そうでなくとも、存在を匂わせることが出来れば事実を知る相手にはそれなりの効果を発揮してくれるだろうさ」
「ならばせめて、遺伝子検査を行うべきです」
「私は彼女が偽物であってもかまわない。必要なのは、その『皮』だけなのだからね。そして私たちだけで検査を行う技能がない以上、第三者を頼る必要がある。もしその結果が偽であると出た場合、第三者の口から情報が漏れることのほうが、私は怖いと思うがね」
「皇女殿下の娘であると公言せず、それを察する人間だけに影響をとどめた方が、カードを切りやすいということですか」
「ベストではなくベターを選択するだけだ。私自身に影響が制御できないような爆弾は必要ないのだよ。……当然だが、この話は」
「無論、他言無用です。わが命に代えてでも秘密は守り通します、我が主。この身は剣であり盾である。武器に口はありません」
「君は本当に真面目だね。それ故に、私も安心して君を使うことが出来る。では、我が騎士クローディア。命令だ」
「はっ」
「仮眠をとりたまえ。徹夜は美容と健康の敵だ。敵を利するは軍人の恥だろう?」